ツキウタ。

□甘く咲く、
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「新」
「んー…?」

肩に顔を埋めたまま、新はあからさまに答える気がない様子で答えた。

「やっぱり怒ってる…?」
「…別に」
「絶対怒ってるよね?」
「怒ってないって」

目も合わせないでそう言われても説得力がまるでない。

「もう…せめて何で怒ってるのか教えてよ」

こうなってしまえば新の性格上意地を張ってひかないことなどわかってはいたけれど、さすがにずっとこのままだというのはできたらご遠慮願いたいし、何より今日は数少ない寮に二人きりの日なのだ。

「…、」
「?」

確実にわかりやすく目を逸らされているのは伝わるが、肝心の言ったセリフ自体がきこえなければ意味がない。
ちゃんと自分のどういう行動が新を傷付けてしまったのかを理解して謝りたいのに。

「だから、お前からキスしてくれたら…話す」
「っちょ、ちょっと何言ってるの新!?」

今この場面で選ぶべき言葉ではないだろと叱咤しようとした途端、新の整った綺麗な顔が近付く。
慌てて離れると、その距離だけ詰め寄ってくる。
また少し離れて近付いてを繰り返している内に、背中に壁がぶつかった音がして振り返った。

「あら、た」
「何で逃げる、葵」
「それは…その、新、」
「…俺?」

俯いたままだった顔を持ち上げると、新の黒く透き通った瞳とかち合う。

「…あ、新のさっき言ってたことが、恥ずかしくて…て、新?」

結構勇気を振り絞って口にしたというのに、当の本人は全く照れている様子もなく、本当に驚いたとでも言うような表情をしている。

「…ごめん」
「え、いやそんな怒ってないよ?」

いつも通りの新だったらそれこそこの程度のことは全く気にしないのに、今日は一体どうしたんだろうと思う。

「葵、最近俺のこと避けてただろ?…だから何か嫌がられるようなことしたのかと思って少し試した…から、悪かった」

避けてた?
俺が、新を?
正直、全然心当たりがない。

「えーっと…状況が見えないんだけど…」
「?お前がどういう反応するか見たかった、って言った」
「ううん。そっちじゃなくて俺が新を避けてた、って方」
「違った…のか?」
「いや、俺としてはむしろ何で新が避けられてると思ったかってことのが気になるよ」
「多分三週間前くらいからだと思うが、俺が近付く度に言い訳並べてその場から逃げるように立ち去るようになったから」

まるで至極当然のように語られて、暫く呆然とした。

「…ねえ新」
「何だ、葵」
「それって丁度付き合い始めるようになった頃だよね?」
「言われてみれば、確かにそうだな」

リズムよく交わされる会話に沈黙が佇む。

「…」
「葵?」

言葉を濁した先に、新がそれを急かすように距離を詰める。
ついに意を決してその腕を掴んで、そのまま頬にキスを落とした。

「…〜っ新に触られると何にも考えられなくなっちゃうから、それで、」

一世一代のセリフを言い切るか言い切らないか、体ごと強く引き寄せられる。
唇が重なった瞬間、その全てを忘れてしまいそうになるほど。

「っんぅ…ふ、あら、た…っ!」
「…っ、あお…い、」

何度も何度も角度を変えて交わる唇に、二人の吐息が混ざり合う。
壊れそうなほどに苦しくなって舌を遠ざけ息を吸い込むが、その上をまた熱い温度と共に絡め取られる。
そのまま思考が溶けてしまいそうで、視線を上にしていくと新は唇が離れたとき瞳に熱を灯して艶めかしく微笑んだ。

「…あ、らた、っいきなりなにして、」
「葵がかわいいこと言うからだ」
「…そこで開き直らないでよ。どや顔で言うとこじゃないからね。ほんと新は…」

その笑顔が瞼の裏を焼き付けて離れなくなるのも充分わかっていることなのに。
俯いたまま何も口にしなくなった俺を不審に思ったのか新は窺うように顔を覗き込む。

「…そういうの、反則」
「?」
「何でもないよ。それより新、お願いがあるんだけど…いい?」
「お願い?」
「そう。あのね…」



「で、お願いってこれか?」
俺達以外誰一人として居ない、昔二人で見つけた静かで綺麗な場所。
咲いたばかりの桜の花が臆することもなく咲き誇っていた。

「うん。あの頃から全然行ってなかったでしょ?久しぶりに行きたいなあって思ったんだ」

桜が風に揺れたと同時に人差し指を唇にあてて微笑む。

「――それに、二人の特等席みたいじゃない?」

新の笑ったような気配を感じ、少し歩み寄りあたたかい手を取る。
この手がどうかずっと大好きな優しいままの手でいてほしいと、心の奥が震えるほど切に願った。

「…そうだな」

その言葉に笑みだけ返すと、新もまた頬を緩め笑んだ。

「大好きだよ、新」
「俺も大好きだ、葵」
永遠に、などという誓いはできないけれど。
それでも俺が「今ここにいる皐月葵」でいられる限り新だけを愛していたい。

――きっと、ずっと。

「…かわいい女の子に好きって言われても?」
「俺としては葵よりもかわいい奴なんて居ないと思うけどな」
「かわ…っ!」

気付かずに顔を赤く染め上げた俺に、新はまた優しく笑った。
その表情を見せるのが俺の前だけだと思うと自然と顔が綻ぶ。

「ほんとにもう…」

そういうところが反則なんだってば、と心の中で悪態を吐く。

「――俺はお前の方が反則だと思うけどな」
「そうやって相手を…ってえ、え、待ってなにそれエスパー!?」

自分の考えていたことをそのまま声にされたみたいで頬がその一瞬に熱くなる。

「寮から出る前、俺が反則だって言ってただろ?それを今返しただけだ…葵?」
「…新、もしかしてあのとききこえてたのに言わなかったの?」
「いや、別にわざと言わなかったとか隠してたとかってつもりはないぞ」

自信満々に告げた新に呆れたような気持ちを覚えるが、その姿を見てやっぱり好きだなあと思ってしまう自分は相当重症なのかもしれない。

「…すきだよ。」
「葵」
「なに、あら、」

新の唇が触れたその時間だけ、時が動かないで欲しいとすら思う。

「愛してる」

「…ほんとにずるいなぁ、そういうの」
「そのまま返す」

思わず口元を緩めると、開きかけていた蕾が花を開いたのが映る。
二人で同じ景色を見つめていたことが嬉しくて額を突き合わせるように笑った。

また来年もその次も、ずっとずっとこの場所で綺麗に咲きますように。
 

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