短編

□キョリ
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「つ、綱波さん…こ、こここれって、じじ事故ですよねっっ!?」
「あー…半分事故で半分ちがう」
「どっちなんですか!!」

顔から火を噴きそうなほどえらく動揺しているわけは、

どアップの綱波さんの顔。
頭の横の大きい日焼けした二本の腕。
がっしりした大きい体。

近い。全てが近すぎる。
こうなったのも、足元のボールを不注意で踏んで体勢が崩れた私を助けようとした綱波さんが何かに引っ掛かり床に手をついたところ、押し倒しのような形になってしまったのである。
あぁ、説明しずらい…

他人から見れば間違いなく誤解されてしまうこの体勢。
幸い、みんな帰った後の部室なので誰かが忘れ物でもして戻ってこない限り見られたりはしないけれどそういう問題でもないと思う。
密室。男女二人きり。押し倒し。
危ないワードが勢ぞろい。
しかし、綱波さんは多分あんなことこんなことはしないはず…だよね?
というか、いろいろ考えすぎて頭と気持ちの整理がつかなくなってきていた。

「あ、あの、ちょっと、離れたほうがいいかと…」
「…無理。」
「なっっ!?どういうことなんですかっ!」
「顔を真っ赤にして動揺してる名無しさんが面白くてかわいい」

ぐはっ…!!
私の心にハートの矢がグサグサと刺さる。
年上ってだけでももうダメなのに…!!

「ちょ、本当に、誰か戻ってきたら面倒なのd」
「わりぃ」

言葉を遮られたと思ったとたん。
唇にふんわりと柔らかい感触。
近かった顔がさらに近くなって…
キ…スされた…?


「!?!?!?」
「俺……名無しさんが好きだ」

どこか辛そうで、それでも真剣でまっすぐな目。
それを見たとき気付いた。
心の隅っこにいた綱波さんへの密かな気持ち。
綱波さんは本当にカッコよくていつもまぶしい笑顔でみんなを励ます姿が憧れだった。
私から見たらとても頼りになる先輩を尊敬していた。
でも、その憧れや尊敬の裏に隠れていた「好き」の気持ちに気付いていなかったのだ。
…ははっ、自分のことなのに全然分からなかったな。
顔が熱くなる。

「…ずるいですよ、綱波さん」
「そんなふてくされるなって。」
「私が先輩とか年上に弱いの知っていましたよね?」
「まあな。」
「私をキュン死させるつもりですか」
「名無しさんを落とすつもりはあったけどな」

もう綱波さんの優しい笑顔に耐え切れず、真っ赤な顔を両手で覆った。

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