短い夢。
□強欲なワルツ。
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目の前に立つ女は確かに彼女だった。
風貌も仕草もなにもかもあの頃の彼女とは別人だ。最も変わったのは瞳の色。なにひとつうつしてはいない灰色の瞳。
君なのか?
それとも別人なのか。
流れるような仕草で俺に銃口を向ける君。変わり果てた姿。君であって欲しい。それでも君であって欲しいと願う愚かな男。
「張維新、私は貴方を殺す為にここにいる。」
抑揚のない声で彼女は言った。
「驚いたよ。君が、俺の前にいる事に。」
銃口を向けたままの彼女には俺の言葉は届いてはいない。
引き金が引かれ渇いた銃声が響いた。
「ここにいるのは、ただ貴方を殺す為だけ。私の手で貴方を殺す為にここに来たの。」
灰色の瞳。
そんな色ではなかった遠い遠い昔、君は笑って言っていた事がある。
「貴方を私だけのものにしたいと願ってしまうから。だから私は貴方に相応しくないの。」
屈託無く笑う君が好きだった。
俺の為に命を落とした君が好きだった。
だが今は違う。
君は生きていた。
そしてどういう経緯でかはわからんが、今、君は俺の敵として目の前に現れた。
「言葉は無粋か。それもいい。」
そう呟き愛銃を抜いた。
彼女の放つ弾丸はまるで愛の叫びだ。
ならば俺もそれに応えよう。
銃口を向ける。
愛しかった君に。
かつて愛した女に。
今も、愛している君に。
撃ち合いでしか語れぬ愛ならば、それに応えるのが俺の流儀だ。
命のやり取り。
それが君との睦み合い。
これが最期の君との営み。
血と硝煙の香りの中でセックスよりも激しく君と混ざり合う。
何が君を変えたのか。
どうやってあの状況から生き延びたのか。
そんなものの全てを込めて俺は君を、君は俺を見据え、そして引き金を引き続ける。
何故だろうな。
わかってしまう。
それだけで君を。
君にもわかるのだろう。ギリギリの命のやり取りの中で、俺が君を失ってからどう生きてきたのか。
誰にも邪魔はさせない。
君と俺だけの愛と生と性、そして死のワルツ。そう思って君だけを見て踊る。
出来ることならば、終わる事なく、いつまでも君と踊り続けたい。
叶わぬ願いに苦笑して君を、愛して、この手で奪おう。
その全て。
その命。
君の全てを。
愛している。
君を。
今も。
全てを欲しがる君と全てを奪い合う。最高のセックスだ。
貫くのは俺だがな。
君の全てを俺の放つ弾丸で貫き、君を永遠にしよう。
結局は似た者同士だった。
この成り行きは当然の帰結だ。
本気で俺をその手にかけ永遠にしようとする君を、永遠に手に入れるのは俺の方だ。
君を愛している。
君だけの永遠にはなれないが、君を愛している。
長く短い死のダンス。
覚悟を決めた君は一層美しく踊る。
赤い花が咲いて、真紅に染まった彼女は満足そうに笑った。
永遠を手に入れたのは、君だった。
してやられた。完敗だ。
美しく微笑んで君は永遠を手に入れた。俺は君を永遠に失った。
愛した女を、二度、自身の為に失った。残された者には喪失しかない。
こんな簡単な事を忘れていた自分に呆れ果て、彼女の身体を抱き寄せた。
狡い女だ。
だが俺は非道な男だ。
永遠を手に入れた君。
その君を、俺はきっとすぐに忘れてしまうだろう。失ったものは生きる為に忘れ去る。それが俺という男だ。
最期の口づけを。
まだあたたかい唇に、別れのキスを永遠を手にした君に捧げた。
了。