短い夢。
□キリリク!張ロク。
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「こういうのは趣味じゃなかったか?」
飯でもどうかと誘い連れてきた店でロックは黙々と出された料理を食べている。つまらなそうに。
「まあ、趣味かどうかと言われればそうでもないですね。料理は美味いですよ。」
フォークに突き刺したフォアグラを口に運びながらそう答える。
「ま、それで良しとしておくか。だがそれならもう少し美味そうに食って欲しいもんだ。」
そう言った俺をチラと見て相変わらず食事を口に運びながら「美味しそうに食べてる顔でもみたいってんですか?」とロックは言った。
「まあ、な。」
少し笑ってそう答えるとロックはクッと笑い何も言わずに食事を口に運び続けた。
食事を取り終え、2件目に誘うと、美味い酒があるなら、と承諾する。楽しくねぇわけじゃないらしい。2件目に付き合っていいと思う程度には。
俺は時折訪れるBARへロックを連れて行った。そこでも相変わらずロックはつまらなそうに酒を飲んで「ああ、流石に美味いですね。」とだけ言っては酒を飲む。
まあ、いいさ。ここにいる、それが全てだ。行動は何よりも正直だからな。ここにいるという事はまんざらでもなくそれなりに楽しんでるという事なんだろう。
おかしな話だ。ロックに喜んで欲しい、ロックに笑いかけて欲しい、そんな事を願っちまっている。
惚れた弱みってやつなんだろうか。まったく。やれやれだ。
あくまで無感情を装って俺の隣で酒を飲むロックが愛しい。
なあロック。ここにいるという行動が何を意味するか、お前にはわかっているのが?
…わかっていたとしてもそれを認めやしないのがお前か。
散々連れ回したロックをモーテルまで送っている時、ロックは真面目な顔をして手のひら見つめていた。
「何をしてるんだ?」
そう尋ねた俺を見向きもせず、相変わらず真剣に手のひらを見つめたまま「いえ、なんでもないです。」とだけ答える。
なんでもないという様子ではない。俺が知らねぇ間に傷でもおったのだろうか。それとも手相でもみているのか?
見つめる手のひらを覗き込む様にロックの頭の近くに顔を寄せた。特に何にもありゃしねぇ。
おかしな奴だな、と手のひらからロックの横顔に視線向けるとふいに俺を振り向いてキスをしてきた。
そしてまた手のひらに視線を戻す。何事もなかったかのように自然な仕草で。
不意を突かれそのまま手のひらを眺めるロックを見つめていた。
しばらく経ってロックは吹き出し肩を震わせてから大きな声で笑った。
「アンタがこんな単純な手に引っかかるとは思いませんでしたよ!」
はじめてアンタから一本とれた!そう言いながら楽しそうに大きな口を開けてロックは笑う。
こんな笑顔を時折俺に見せてくれる様になったのはいつからだろうか。まるで無邪気な少年がひっかけクイズに勝った時の様な笑顔。
嬉しい反面、ほのかなさみしさを抱いた。あの頃のお前はもういないんだな。ほんの少し残っていたお前の中の岡島緑郎、奴はもう本当に消えてしまった。だからお前はそんな風に笑える様になったんだ。
感傷的な一抹の喪失感なんぞ、俺には必要ない。今ここで笑っているロック。お前こそが本物だ。それでいい。そのお前が俺といる事を受け入れ楽しそうに笑ってくれるならそれ以上などありはしない。
笑いをおさめるとロックは目尻をぬぐいながら俺に視線を向けた。そしてうって変わって妖艶な闇色の目で微笑む。
「アンタが馬鹿なロマンチストなのは知ってる。けどさ、それは思い違いだ。俺はロックだよ。紛れもなく。でもかつての俺だって消えちまったわけじゃない。アンタと同じじゃないかな?俺と岡島緑郎は、どう頑張ったって同一人物だからね。」
そうか、そうだったな。
俺が過去の俺を捨て去る事も消し去る事もせず、今の俺と同化したのと同じ様に、お前も過去の自分を今の自分に溶かし融合させたのか。葛藤を残しながら。
最高の選択だよロック。
日向で産まれ、夕闇に佇み、黄昏に包まれ、闇の深淵に立つ。
その全てがお前の中に。
この街で生まれ、育まれた、ロック、お前という存在。
「お前の全ての顔が見てみてぇな。」
何の気なしにこぼれ落ちた俺の言葉を聞いてロックは目を丸くした。
そして顔を背け窓の外を眺める。
「口説いてるんですか?」
そういう意味じゃなかったんだがな。なんだ、照れてるのか?まあ今のセリフは聞き様によっちゃ口説き文句だったか。
「いつだって口説いてるさ。わかってるだろう。」
タバコを取り出し火を付ける。ロックはまだ顔を背け窓の外を眺め続けているが、耳がほんのりと色付いていた。
最高だよロック。
お前ほど俺を楽しませてくれる奴なんぞ他にはいない。
これから、お前と俺はどうなっていくんだろうか。
色付いたロックの耳元で「お前が好きだ。」とそっと囁いた。
「知ってますよ。」
ロックは苦笑してただ窓の外を眺め続けていた。
今は、そう、今はそれだけでいい。そんな俺の気持ちをお前は見て見ぬ振りをしつつ理解している。
さあ、ここからますます楽しくなるのさロック。
覚悟しろよ、と心の中で囁いた。