張×ロック

□堂々巡りの恋模様。
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堂々巡りの恋模様。

「ロック会いたい。今夜時間はあるか?」最近のMr.張はこんな風に俺を誘う。試しに「今夜は先約があって行けません。」と答えてみた。

「そうか、わかった。ではまた。」あっさりと電話が切られた。会いたいなんぞと言うわりには随分と淡白な誘い方だ。

もちろん先約などありはしない。俺はシャワーを浴びてビールを飲んでいるところだった。あとはもう寝るだけ。そんな時間に電話をかけてきて「会いたい」などとてらいも無く張さんは言う。「先約がある」などと俺はしれっと嘘をつく。

ぼんやりと窓の外を眺め、ビールを飲んでいると、ほんのりとした罪悪感に気が付いた。

嘘をついた事への罪悪感じゃない。

張さんの気持ちを理解しつつあるくせに、それに気が付かないフリをして、自分の気持ちをわからないままにしておいている事への罪悪感だ。

わかりたくない。あんたがどんなつもりで俺を抱くのか。わかりたくないんだ。

そして俺は何故張さんに抱かれるのか。わからなかった時期はとうに過ぎ、わからないフリにも限界がきている。わからないはずがない。一度辿り着いてしまった答えはどう足掻いても否定しきれるもんじゃなかった。

張さんは愛しさをこめて俺を求める。複雑な心境の中で、それでも俺に自分の気持ちをぶつけてきている。俺に、わからせる為に。

張さんは俺を本気で好きなんだ。

そんな事はわかってる。
あんたの気持ちは嘘じゃない。

だけど。

それは今だけなんじゃないか?
それはいつまで続くんだ?
そこにハマって俺に先はあるのか?

張さんの言葉も態度も、今、俺を好きだという事をわかり過ぎるほど、俺に伝えてくれている。

でもそれは、俺が振り向かないからじゃないのか。俺が逃げ続けているからじゃないのか。俺が誤魔化し続けているからじゃないのか。

疑心暗鬼から抜け出せない。
あんたの何を信じればいい。
俺の何を信じればいい。

なにもないんだ。
あんたにも俺にも。

そこには、なにも、ない。

電話を切って、ふぅとため息をついた。こんな時間に先約か。それはそういう仲の先約でなけりゃ、でまかせだろうな。

ロックに遊びで女だろうが男だろうが、そんな仲になる相手なんぞ出来やしない。あいつは妙に潔癖でストイックなところがあるからな。

そもそも恋愛や性欲、恥じらいや焦り、そう言ったもんがちゃんと繋がっていないんだ。

単に俺がフられただけだ。先約がある、あまりによくある決まり文句で。

「最近フられてばかりだな。」

そう呟いて笑った。強引に誘わなければ決してうんと言わない。以前は呼び出せば八割くらいは応じてくれていたんだが。ここのところさっぱりだ。

会いに行けばいい。会いに行けばロックは俺を拒まない。電話で誘えば断られるが、足を運んで断られた事はないからな。まあ、会いに行けば強引に連れ込む事になるわけだから断りようがないとも言えるが。

ロック、電話で応じてくれないか?
会ってもいいと言ってくれないか?

力付くで手に入れて虫の良い事を考えては苦笑する。ロックには言い訳が必要だ。それを与えてやらなければ応じない。わかってはいるんだがなぁ。どうしても欲しいと思っちまうこの気持ちは、多分恋なんだろう。そう思って大きな声で笑った。

電話を手に取り、リダイヤルボタンを押す。2コールでロックの声がした。

「何度もすまんな。あのなロック。俺はお前に恋をしている。好きなんだ。お前が。会いたい。会いに行ってもいいか?顔を見るだけでいい。手は出さん。約束する。出来ればキスくらいはさせて欲しいが、それもお前が嫌だというなら顔を見るだけでいい。先約があるなら一目でいい。会いたいんだロック。」

沈黙が続いて、ロックがため息をついた。

「いいですよ、別に、会いに来るくらい。いつもなんの遠慮もなく突然来るくせになんだって今日はそんなに律儀なんですか?」

何でもない、もう諦めた、という声でロックはそう言った。その声をやめて欲しいと思うのはワガママな話か。お前には諦めて、呆れて、仕方なく受け入れる。そういう言い訳が必要なんだろう。それとも本気でそう思っているのか。

本当に欲しい物に気が付いた時、日頃の行いが仇になるもんだ。俺にはお前を手に入れることが出来ない。本当に欲しい、お前の、気持ちを。

「たまには許可して欲しくなるのさ。では今から会いに行く。ほんの少しでいい、時間を作ってくれ。」

電話を切ってから立ち上がりコートを羽織る。やれやれ、一目会うためにわざわざ出向くとは、俺もヤキがまわったもんだ。

車に乗り込み、ロックのモーテルへ向かう。顔を見て、名前を呼んで、声が聞ければ今夜は上々だ。

クッと笑いが込み上げる。
らしくねぇ。まるで初恋だ。

ロックは逃げてばかりいる。当たり前だ。なのに逃げながらチラと後ろを振り返る。まるで俺が追い掛けて来るのを確認するかの様に。

「ずるい奴だよ、まったく。」

自分の事を棚に上げて俺はそう呟いてまた笑った。

なんなんだ一体。いきなり、いや、いきなりじゃない。張さんはずっとさっきの言葉を少しずつ、態度と言葉で表現していた。わかりやすく全て言葉にしてストレートに伝えてきただけだ。

これ以上、逃げきれない。

俺は新しいシャツに着替え、スラックスを履き、ネクタイを締めてからベッドに座ってビールを飲んだ。

張さんが着くまでの短い間に、5本の缶ビールを飲み干して、苛立ちまじりに握り潰してはゴミ箱に投げ込む。

何が恋だ。大の男が言う事か。恋だなんて。やめてくれ。胸が痛くてたまらなくなる。あんたに恋されたくなんかない。あんたに恋したくなんかないんだ。

いくらそう思ったところで気持ちは勝手に走り出す。やめろ。その先に何があるかわかってるのか。何もない。そこには何もないんだ。

車の音がする。張さんの車の音。そんなもん聞き分けられるわけがないと思いながら窓の外、下の道路を見た。やっぱりそうだ。この場所に不似合いな黒塗りの高級車がモーテルの前に止まった。

俺はベッドから立ち上がり、部屋を後にする。階段を降りて、外に出ると車にもたれかかって闇にまぎれそうな真っ黒な男が立っていた。

「すまんな、こんな遅くに。」

今日の張さんはらしくない。いつもの事じゃないか。夜中だろうがなんだろうが俺の都合などお構いなしに押し掛けて来ては強引に連れて行く。なのに今夜はなんだ。

「いえ、別にいいですよ。というかなんなんですか?今日は紳士の日ですか?あんたらしくない。」

張さんに歩み寄り、顔を見つめながらそう言った。

「そうだな、そんなところだ。」

そうやってはぐらかす。なんだ紳士の日って。ないよそんなの。少なくとも俺には関係ない。

「そんなに俺に会いたかったんですか?」

張さんを見上げてそう言った。
よせばいいのにそう言った。

「ああ、とても会いたかったんだ。」

張さんは柔らかくそう言った。
ああ、ちくしょう。なんだコレは。

「そうですか、じゃあこれで満足なんですか?張さん。」

わかりたくない胸の痛みを知らんぷりして張さんに問う。

「ああ、今日のところはな。なぁロック。たまには電話でOKしてくれないか?お前に、イエスと言って欲しい。」

やめてくれ。なんなんだ、今日のあんたは。あんたが俺に何を求めてるのか、思い当たった日から、俺はずっとあんたから逃げている。その理由がわからないか。怖いんだよ。張さん。

「まあ、暇ならイエスと言いますよ。先約を部屋で待たせているのでもういいですか?」

張さんは苦笑して「頑固だなロック。まあ、いいさ。おやすみのキスをしていいか?」と言った。

「嫌ですよ、こんなところで。」

そう答えるのが精一杯なのがあんたにバレてたまるもんか。

「つれないな。嫌というならしない、と先ほど言ったばかりだ。無理強いはせん。ではまたなロック。」

張さんは軽く右手をあげて別れの挨拶をする。会ってからずっと、俺を見つめたままで。

「サングラス。」
「ん?」
「こんな暗い所でサングラスをかけていて俺が見えるんですか?」
「ああ、言われりゃそうだな。慣れてはいるがせっかくだ。」

俺は張さんのサングラスに手を伸ばし、それをはずした。サングラスの奥に隠されたあんたの真意が知りたい。知りなくない筈だったのにな。

「ロック?」

不思議そうに俺を見る目は、優しくて、少しだけ哀しげだった。俺はサングラスをかけてみる。真っ暗だ。こんな視界で日々を送るあんたが見ている景色はこんなにも暗い。

「よくこんなものかけていられますね。暗い所も多いこの街で。しかも夜に。ハッキリ見たくないもんでもあるんですか?」

張さんの視界で張さんを見つめる。真っ黒だけど、わかるもんだな。あんたは今困った顔で笑ってる。

「似合わないと思ってます?」
「ああ、似合わんな。だが似合う形のものもあるだろう。それは俺のだから似合わんだけだ。後は見慣れないからだろうな。」

俺に似合うサングラス、か。そんなもんあるんだろうか。サングラスを外すと暗い筈の夜が明るく思えた。

「俺はそれが好きなんだ。」

ドキンと胸が強く鼓動する。

「外した時に思っていたよりも世界が明るいとそう感じるのがいい。」

わかっていたのに、その言葉は俺に向けられたものではないと、話の流れからわかっていたのに脈打つ鼓動に腹が立つ。

「お前はやっぱりそのままの方がいい。いつかサングラスが必要になったら、そうだな、プレゼントしてやる。」

俺は顔を背けてあたりを見回す。暗い真夜中だ。なのに明るく感じる。

「いりませんよ、そんなの。俺はこのままでいい。あんたの見ている世界がどれだけ暗いか、少しだけわかりましたよ。」

そう言ってサングラスを返した。受け取ったサングラスを張さんはかけずに俺を見つめている。

「お前を見るにはない方がいいな。特にこんな夜には。長々とすまなかった。じゃあなロック。」

サングラスをかける寸前の隙間から覗く目が、満足そうに笑っていた。

「はあ、じゃあ。」

間抜けな俺の声にククッと八重歯を見せ笑って車に乗り込む。それを見て俺は背を向けモーテルに歩き出した。

部屋に戻って遠ざかる車の音を聞く。ネクタイを外してシャツとスラックスを脱ぎ、またビールを取り出してベッドに腰掛けた。

本当に顔を見に、それだけの為に張さんは来た。言い訳のない状態で俺にイエスと言わせたいと。

「それが出来れば苦労しないよ。」

俺はあんたとは違うんだ。
言い訳だらけで逃げ回る俺をあんたは追い掛ければいい。追いかけたければ。そうでなくなったらやめればいいんだ。

自分の気持ちもあんたの気持ちも、全部無視して逃げ回る。滑稽だな。

けど今の俺にはそれしか出来ない。
それ以上を求めるのはやめてくれ。
いいじゃないか、あんたは強引に勝手に好きなようにすればいいんだから。あんたはそれだけの力と地位を持っている。それで手に入るもんで満足してくれよ。張さん。

車の中で先ほどのロックを想う。少し強引に手を引けば、今隣に座っていたことだろう。几帳面にいつもの姿で俺の前にやってくるお前がどうしようもなく面白くて愛しい。

手を引かなくても来て欲しいと、言い訳をやめてこたえて欲しいと、それを望んでいる限り、お前はひとつも手に入らない。

「結局、それしかない、か。」

俺は笑っていた。仕方がないことだからだ。頑ななところも気に入っている。ひとつも手に入らないより、手に入れられる部分だけでも俺のものにしよう。言い訳もたっぷり用意してやる。

今更、心が欲しいだなんぞと望むべくもない。

辿り着かない欲しいもの。
辿り着きたくなかった想い。
辿り着ついてしまった答え。

今はまだ、ぐるぐると同じところを回りながらふたりはすれ違い続ける。

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