暇つぶし人生ゲーム。

□暇つぶし人生ゲーム。H
1ページ/1ページ

暇つぶし人生ゲーム。H

女の身元を洗ったが見事なまでにほころびは見つけられなかった。彼女の言う通り、火事で家族を失い、火傷を負った、ただひとりの生き残り。そんな結果が報告される。

だがわずかな空白。女の素性は本人が語った通りだったが数週間の空白があった。ここだ。ここで戸籍の譲渡があった。必ず。本人が生きているのか死んでいるのかはわからん、どうやってこの素性を手に入れたか。そこさえ掴めれば彼女を追い込める。

ロアナプラに連れ帰り持ちビルの一室に軟禁した女は毎日ただ静かに泣いて暮らしていた。確信が揺らぎそうな程、別人になりきっている。君はそうやってあのド阿呆を騙したのか?そりゃ騙されるはずだ。馬鹿の特権だな。君自身、自分を騙し思い込んでいる。相手を騙す前に自分を騙す。それが出来なければ馬鹿に人を騙し切ることなど出来やしない。

「その入れ墨、そこを調べようと思う。その下に何があるのか、何を隠しているのか、調べればわかる。」

部屋に呼び付けそう言った俺を見もしないでうつむいて震える女。

「…どうぞ、お調べになって下さい…それで、私が、その方でないと、証明出来るのなら…」

やれやれだ。いい加減鬱陶しくなってきた。

「すでに糸口は掴んでいる。念の為、その入れ墨の下も調べる。言い逃れは出来ん材料が揃うのは時間の問題だ。君はいつまでそうやって俺を欺くつもりだ?ここまで来て、疑いを晴らし逃げるおおせる事なんぞ本当に出来ると思っているのか?」

俺は苛立ちを隠さずにそう言った。女は肩を震わせうつむいたまま、膝に揃えておいた手をギュッと握り締める。そこにポタポタと落ちる雫が、今日は、ない。

ふっと女の雰囲気が変わった。俺は胸が熱くなるような感触を覚える。

「…っく、ふっ…くくっ、あははっ!」女は高らかに笑った。ああ、やはり君だった。やっと君を捕まえたんだ。驚くほど高揚する気分の中で君を眺める。

「あっはっはっはっ!あー、まいった。まいったまいった。降参だよ、旦那。あんたしつけぇなぁ。ぜってぇ見付かんねぇ、見付かってもシラを切り通せるように全力でやったのによ!あははっ!!駄目だった!あんたの執念深さには恐れ入ったぜ!確かに、傷跡の下を調べられちゃあお終いだ。皮膚移植の痕跡はどうしたって残るからな。焼印のままならなんとでもしようがあったのによ。あー、ちくしょう。また私の負けかよ。あははっ!!」

全く違う姿の女が、彼女に変わった。戦慄を覚える。ゆっくりとスローモーションのように見える君が君に変化する姿。

うつむいていた顔をあげ、君でしかない表情を浮かべ、あの光を濃く宿らせた瞳で俺を見つめる。諦めたように、楽しそうに、いたずらっぽく、俺を見やる。やはり君だった。俺は気付くと大きな声をあげて笑っていた。

楽しくて嬉しくて愉快でたまらなかった。笑いが抑えられない。やっと、やっと君を捕まえた。達成感と、それだけではない想いが俺の中を満たす。

「やっと会えたな。まったく手間ばかりかけさせやがって。面倒な女だよ君は。」抑えきれない笑いを含みながら彼女にそう言った。

「こんな面倒な女を手間かけて探し出す、旦那が物好きなだけだろ。私なんざ放っておきゃあ良かったんだ。ゲームはあんたの勝ちだった。負けて逃げた女の事なんざ捨てちまえば良かっただけだ。」彼女は苦笑してそう言った。

「あんたが、どっかで生きてる。それだけでもう、私には十分だった。怖かったんだ。飽きて捨てられんのが。怖くて怖くてたまらなかった。置き去りにされるのは二度とごめんだ。だから先に逃げた。旦那、クラブで私が歌った曲、聞いてたか?」突然そんな事を聞いた。

「いいや、耳には入っていたが、君かどうかを見極めるのに必死でな。」

俺が肩をすくめてそう言うと彼女は楽しそう笑って「ああ、旦那だ!その仕草、その表情、本当にあんたなんだなぁ。あははっ!!やべぇ!会えて滅茶苦茶嬉しい!!」そう言った。

「俺もだ。」そう答えた俺の声を聞いて、ピタっと笑い声が止まる。

「俺も君に会えて本当に嬉しいんだ。君を見つけた時には背筋が震えたよ。やっと、やっと見つけた、とね。何故逃げた?置き去りにされると勝手に決め付けて、俺を置き去りにしたな?酷い女だ。」試すように彼女を見つめる。

「自分でもどうしようもなかったんだよ。止められなかった。ただただ怖かったんだ。怖くて怖くてたまらなかった。遠くにある限り失わねぇ、そう思った。あんたは死なねぇ。どっかで必ず生きてる。ただ生きてさえいてくれりゃいい。遠くから想う分にはな。なあ、旦那、さっきの話の続きだ。あんたが来てるのを知って私はこう歌ったんだよ。

永遠を願うなら一度だけ抱き締めてその手から離せばいい。

そう言う事だ。それが私が旦那から逃げ切ろうとした全てだ。他になんもありゃしねぇ。ただただそれだけだ。旦那の事なんざ考えちゃいなかった。自分の事だけだ。自分だけがこれ以上傷付くのが嫌で、あんたから逃げた。そんだけだ。」

そう言って彼女は遠い目をして俺を見る。そんな目で見るのはやめろ。どこを見ている。俺はここにいる。

「ふざけた話だ。まだ捨てて貰えると思っているのか。胸糞悪い目で俺を見るのはやめろ。永遠か。確かに、俺はそんなもの信じちゃいねぇ。そんなもんを信じられるのは底抜けの間抜けだけだ。そう、君みたいな馬鹿でどうしようもない間抜けだけだ。遠くからずっと貴方を想っています、というわけか。では君は逃げ切ろうとしている間もずっと俺を想っていたんだな。何の意味がある?逃げる事なんぞ出来ちゃいねぇ。どこまで逃げても君は俺に捕まったままだ。違うか?」

不快感も苛立ちも、隠す気にさえならない。この馬鹿女が言う事は予測の範囲内だ。それなのに俺は感情を抑えたくなくなる。俺の態度に少しも怯まず彼女は言った。

「違うさ。旦那。あんたにはわからねぇよ。捕まったまま、逃げて、どこにもいけなくても、それでも良かったんだ。あの人はもうどこにもいない。けど、旦那、あんたはこの世界のどこかに生きている。それがどれだけ馬鹿な私にとって重要な事か、頭の良い旦那にはわかんねぇよ。馬鹿にしかわからねぇ価値ってもんがあるんだ。さて、ゲームを放り出して逃げた私にはどんなペナルティが課せられるんだ?おっかなくてちびりそうだぜ。」

ギリギリの駆け引きの中、彼女は不敵に笑う。馬鹿の考える事は単純でそれゆえ思い至らない。いや、ただの馬鹿の考える事などすぐにわかる。君の考える事、わかるがわかりたくねぇ。そんな理屈で納得できやしない。

「わかるがな、馬鹿の価値など俺には関係がない。だろ?ペナルティか、そうだな、取り敢えずは毎晩抱かせてもらおうか。それが一番、君の仮面を剥ぎ取れる手段だろ。抱きながら質問に答えてもらう。嘘などつけんと思うが、念の為だ、本当の事だけ言え、それがペナルティだ。」

彼女は目を丸くして、それから顔を赤く染めながら笑った。

「えげつねぇなぁ。そのペナルティ、きつすぎねぇか?もうちっと慈悲ってもんがねぇのかよ。旦那には。」「ねぇよ。慈悲なんざ、仏にでも祈れ。」

そう言うと彼女はますます嬉しそうに笑った。やっぱり旦那だ、と。怖くてたまらないが、追いかけてきてくれて嬉しいと、馬鹿は笑って泣いた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ