暇つぶし人生ゲーム。

□暇つぶし人生ゲーム。G
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暇つぶし人生ゲーム。G

彼女の足取りはようとして知れなかった。やれやれ、どんな魔法を使った?まったく面目丸潰れだ。たったひとりの女の居所さえ掴めないとは。もうこの街の周辺にはいないだろう。すでに2ヶ月が経過している。世界のどこへ逃げたか、それすら掴めないまま。

この俺が足取りを掴めない、この街に出入りするもの。恐らくはNPO関係だ。そこになんらかの手を使い潜り込んだ。包囲網はそこをケアしていなかったからな。間抜けもいいところだ。

抜け出したとしたらそこからなんだがNPO関係者を洗うのはなかなか骨が折れる。連中は世界各地を回っている。一度この街から抜け出してしまえば身分を偽りどこへでも逃げて行ける。

俺は仕事の合間にそんな事ばかり考えていた。ふぅとため息をつきタバコを取り出した。あの日、この街から出発したNPO関係者、全てを洗い、その中に飛び入り、または現地で合流した人間を割り出す。その割り出した人間の中に身分証の偽造を依頼した人物がいないか、探し出す。これしか方法がないか。そう思いながらタバコに火をつけた。

煙を吸い込んで、ふっと笑いが込み上げる。なんだこれは。たかがゲームの相手を必死で探している俺は一体なんだ。単にゲームを楽しんでいるのか、負けず嫌いゆえか、それとも、君を愛しているのか。まあもう一度君に会えばわかるだろうさ。なんにせよ見つけ出さなければ始まらん。

あらゆる手段を使って彼女を探したが、依然として有力な手がかりは掴めなかった。やはり追いかけてくるのを期待して、俺の気を引く為に、そんな事で逃げたのではない。本気で俺から逃げ切るつもりだ。

すでに10ヶ月が経とうとしていた。ゲームはまだ終わらない。俺はこのかくれんぼを楽しんでいる。見事に俺から逃げ切りここまで手を焼かせる君を見つけ出して、捕まえたい。

とはいえ流石に手が尽きてきやがった。人探しってのは時間が経過する程に難しくなっていきやがる。君の事だ、全力で逃げるなら、顔も戸籍もどうにかしちまってるだろう。裏でそれらを手に入れる、その時が捕まえ時なんだが、そこを上手く、すり抜けられた。

今頃は別人になりすまし、昼間の世界に紛れ平穏に暮らそうとでもしているのか。俺から逃げ切る、ただそれだけの為に。やはりあの日、ロアナプラから出た全ての人間。その行き先から洗い直すしか方法がない。何度繰り返しただろう。君はどこに紛れ込んだ?そもそも人間としてあの街を出たかさえ怪しい。荷物に紛れた可能性も勿論考えてはいる。全ての積荷の行く先、そしてその先で騒ぎがなかったかどうか、まったく手間のかかる女だ。

まあいいさ、こうして君を探す方法を考えるのもいい暇つぶしだ。君は今、どこでなにを考えている?俺から逃げ切って、君は何を想う?車の中から流れる景色とガラスに反射する自分の姿を眺めながらそんな事を考え続けた。

三合会の幹部会、今回は日本支部の主催だった。俺は面倒だと思いつつ日本の地を踏んだ。彼女の故郷、のはずだ。実際に聞いた事はないが。日本と香港、そしてロアナプラには居ないだろう。あたりがつけやすい場所に暮らすとは考えにくい。ヨーロッパあたりがくさいと思いつつ、俺は幹部会の会場に向かった。最上級の高級クラブ、その一室に幹部が集まり表面的な報告と検討、そして親睦を深めると言う建前で話をする。

くだらん馬鹿馬鹿しい茶番だ。部屋には大きな窓、マジックミラーだが、そこからクラブのホールが見下ろせる。舞台上の隅にひとり、ピアノを弾きながら歌う女がいた。俺はその女をじっと見つめ店員を呼び尋ねる。

「舞台上の女、あれはいつからここに?」「三ヶ月程前からでございます。彼女をご指名なさいますか?」「ああ、俺の部屋に呼ぶ。」「は、しかし、その、そういったご指名は…」「建前はよせ、一晩、指名だと彼女に伝えろ。いくらだ?5倍の値を出そう。文句はあるまい?」「は、はい、かしこまりました。」「ああ、それから」

俺が言った言葉に流石に狼狽した店員だったが、俺は逆らう事を許さない威圧感を放って強引に承諾させた。

部屋にノックの音が響く。扉を開けると女は深々と頭を下げた。「とりあえず、中に入りたまえ。」俺がそう言うと、ゆっくりと顔を上げ、失礼致します、と微笑んで部屋に入ってくる。

「本日はご指名ありがとうございます。あまりこういったご指名は、お受けしておりませんので、不慣れで失礼がありましたらお許し下さい。」

緊張で小さく震えながらも優雅に振舞おうとゆったりと微笑んで女は言う。見事なもんだ。これが演技なら。

「無理を言って悪かったね。どうしても君と話がしたかったんだ。」そう言って女の目を覗き込む。瞳は不安定に揺れ、だが確かにその奥に、あの光が、あのショーで見せた光が灯っていた。

「やはり君か。」
そう言って手首を掴む。

「やっと捕まえた。かくれんぼが上手だな。まんまと裏をかかれた。まさか日本の、闇の側で光があたるような場所に居ようとはな。見逃すところだった。野生の勘か?君は馬鹿だがとびきり頭が切れるようだな。だが、偶然、そう、偶然だ。見つけられちまった。もう逃がさん。」

きつく手首を掴んでそう言った俺を困惑した様子で見上げて彼女は怯えて言った。

「…も、申し訳ございません…お、お客様が、何を仰られておいでなのか…わかりかねます…し、失礼ですが、どなたかと、お人違いをなさっておいでなのでは…」「いや、人違いじゃねぇ。君だ。間違いない。その光、それを宿した女がそうそう何人もいてたまるか。まぁ、もし人違いだったとしても、だ。同じ光を宿した女なら、暇つぶしにもってこいだからな。どちらにしても君はもう俺のものだ。逃がさんよ。」「今夜、一晩の…」「いや、君にはそう言ってここへ来させろと言ったが、一晩じゃねぇ。君を買った。代金も支払い済みだ。一晩じゃなく、君を全て買い取ったんだ。」「そ、そん、な…そんな事、聞いておりません…それに、そ、そんな事、許されるはずは…」「許されるんだよ、俺たちの世界では。なあ、いつまでその女を演じるつもりだ?顔も身体も随分と変えたな。俺は前の方が好みだが、今の姿も悪くない。姿は悪くないが、芝居はもう結構だ。」

女はうつむき、肩を震わせて泣いた。あくまでもシラを切るつもりか。大した度胸だな。

「とにかく、君が俺の探している女ではない事、それがハッキリと証明されるまでは君を拘束する。無駄な抵抗はしない方がいい。俺はすでに君だと確信しているが、あえて君の素性を洗おう。必ず、ほころびがある。他人に成りすますなんぞ、そう簡単に出来る事じゃねぇからな。」

何を言ってもただ震えながら涙を零すだけの女に多少苛立ってくる。

「…お調べになって、私が、その方でないと、ご納得頂けたなら、解放して下さるのですか…?」消え入るような声で女は問う。

「さあな。その時はまた考えるさ。」俺は掴んだ手首を引いてベッドに連れて行き女を押し倒した。「まず、確かめたいことがある。ああ、心配しなくていい。無理には抱かんよ。ただ確認したい事があるんでな。」そう言って胸元をはだけさせる。あの焼印の痕。それを消すために行った皮膚移植。その痕がまったく消えてしまう程の月日は経っていない。一生消えないかもしれん傷痕だ。

だがそこには、その痕は見て取れなかった。大きな火傷の痕。それを隠すようにほどこされた大輪の花のタトゥー。いや、これは入れ墨といった方が相応しいだろう。

「…み、身元を、調べて頂ければ、お分かりになるかと、思います…この火傷は…火事で、家族を失った時に、負ったものです…傷痕が消せないのなら、せめて、と…」女は今だすすり泣きながら切れ切れにそんな事を言う。

「この花は?」入れ墨とその下の火傷の痕を見つめながら女に尋ねた。「…?牡丹、でございます…」牡丹、か。華々しいようで陰鬱な花だ。真っ白な大輪の花。「ふむ。何もなければ君を別人だと信じてやっても良かったんだが、これじゃ判別がつかねぇな。面白くねぇ。いや、面白い、か。」俺は自分の口元が吊りあがり笑みを浮かべている事に気が付いた。そこまでして、俺から逃げたいか。君が君であるならば、その仮面を剥ぎ取り、洗いざらい喋って貰おう。

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