暇つぶし人生ゲーム。

□暇つぶし人生ゲーム。D
1ページ/1ページ

暇つぶし人生ゲーム。D

無言で野郎は私を病院に連れて行った。酷い有様の私の姿にもここの医者はまったく動じる様子はなく淡々と手当をし、治るまでの間の注意事項を事務的にのべた。治療が終わり戻った時にはすでに野郎はいなかった。仕事だろう。野郎の部下に車椅子に乗せられ車へと運ばれる。

「入院はさせず、部屋に医者を呼ぶとの事です。負担のかからない程度に身体をきたえておけ、とチャン大公からの伝言です。」

私はいまだ実感が持てず曖昧な返事かえした。野郎の部下は上の空で気力の無い返事を返した私を少しも気に留めていない。

「えー、と、流石になんて言ったらいいかわからねぇな。これで3度目だ。あんたに助けられたのは。手間を取らせて悪かった。」

部屋にやって来た野郎にそう言うと私の姿を眺めて「カフェで最初に会った時よりも酷い格好だな。」と苦笑した。

あの時は打撲と裂傷、捻挫程度だったが今回は骨折に火傷、打撲、裂傷、爪は全部なく、指も全て折られている。

私は笑って「そうだな。あん時よりずっといてぇ。」そう答えた。野郎はふっと笑いをおさめ、私をじっと見つめた。

「何故、奴を煽った?」抑揚の無い声でそう聞いた。「暇つぶしだよ。私にとっちゃ理想の女を演じされられる方がよっぽど拷問みてぇなもんなんだ。アレをやるよりこうされる方がなんぼかマシだ。旦那にもわかるんじゃねぇか?一見平穏で穏やかな偽物の日々を暮らす、あの胸糞の悪さ。アレが何より嫌いでね。」そう言うと野郎は頭を掻いた。

「そんなに嫌な事をしてまであの人とやらを安心させたかったのか?」私は少し考えて「いや、あの人が生きてる時は別に嫌でもなんでもなかったんだ。仕事だと思っていたからな。あの人が死んで、目的を失った時、はじめて気が付いた。胸糞悪くて反吐が出るってな。」こう答えカラカラと笑った。野郎はコート脱いでソファの背にかけると私のベッドに座った。

「なるほどな。あとはそう、罪滅ぼしのつもりかね。」人の心の奥を見透かすサングラス越しの鋭い瞳。かなわねぇな。

「ああ、それもある。私があいつを壊しちまったからなぁ。多少痛い目みんのも悪くねぇと思った。」「違うな。君は自分自身の罪から逃れたかった。だからわざと奴を煽り罰を求めたんだ。罪と罰、これは平等ではない。わかっているだろう。君は奴を、暗い闇に堕とした。その罪はどんな拷問をうけようともあがなえない。」

私の目の奥の真意を射抜きながら野郎はそう言った。その通りだ。私はあまりにも愚かで救いようがない。

「わかってる。ああ、わかってたさ。けどな旦那、そうでもしなけりゃ生きていられねぇ時もあるんだぜ。死なねぇ以上は生きなきゃならねぇ。あがなえない罪に罰を求めるような愚かな真似をしてでもな、私は生きなきゃならねぇんだ。」

サングラスの奥の瞳を見つめ返してそう言った。野郎はふうと息を吐き、ドサッとベッドに横たわる。

「まあそれもそうだ。俺が悔しいのはな、君が最小限の被害で時間を稼ぎ、俺の助けを待たなかった事だ。あてにされなかった事に拗ねているのさ。」そう言って笑った。

「旦那をあてになんざ出来るわけねぇだろ?あんたは忙しい。暇つぶしのゲームの相手にそこまで求めてどうすんだ。誰かをあてにして生きたことなんざ、あの人以外にない。ただ。」私は言葉を選び考えていた。

「ただ、なんだ?」ゴロリと私の方を向き腕で頭を支えて野郎は私を見て次の言葉を促す。「なんつーのかな、精神的なもんと、物理的なもんとの違いはあるんだが…」「妙に慎重だな、君らしくもない。」

私は苦笑して「そうだな、らしくねぇ。ずっと暗い場所で死ぬまで何一ついいことなんざねぇと、そう思っていた場所から、光がある場所へ連れ出してくれたのはあの人と、旦那だ。あんたはもうゲームをクリアしちまった。あの暗闇から私を外へ連れ出した瞬間にな。」そう言うと野郎は私に手を伸ばし腕を掴んだ。

「それは、俺に惚れたという事か?」

私は笑って奴の鼻先が触れそうな距離で言った。「ああ、そうだよ。あんたが好きだ。あの人と同じ様に、光を与えてくれたあんたが、好きだ。」野郎は私の真意を覗き見る。

「嘘じゃねぇ。今だって信じられねぇくれぇ緊張してんだぜ?旦那にはわかんねぇか?惚れた相手に惚れたっつーのはこんなに怖い事なんだな。ましてやそれがゲームの相手なら、なおさら。」

天井を見上げながら私はそう言った。
野郎は掴んだ腕を離さない。

「なあ、それ、やめてくんねぇか?そっからビリビリすんだよ。旦那に触られんのはもうこえぇ。本気になっちまったからな。だから離してくれよ。このゲームは旦那の勝ちだ。」

いつまでも黙ったまま腕を掴んで離さない野郎に私は諦め勝手に喋る。

「あの人に引き取られた時、私は初めて光を認識した。あー、世界って明るかったんだなぁって、そんな事を思ったよ。あんたにあの場所から連れ出された時、同じ感覚を味わった。違うのはあの人は私にとって親で、旦那は男だったって事だけだ。それからあの人を嘘つきにしたくねぇから生きてりゃ良いこともあるといいなぁ、なんて考えてた時に旦那は来たんだ。あったんだよ、生きてりゃ良い事が。すげぇなぁ、今私は楽しい。生きてて良かったと思ってるんだ。旦那、あんたに会えたからだ。クリアしたゲームをあんたがどうするつもりなのかはわかんねぇが、私にはもうこれで十分すぎる。飽きたゲームを辞める前に1回くらいは抱いてくれよ。ファックじゃねぇ。あんたとセックスがしてぇんだ。惚れた男に抱かれてみてぇ。ま、それも旦那次第だな。」

私は言いたい事を全て言ってスッキリした。悪くねぇな。生きるのもそう悪い事ばっかりじゃねぇ。なあ、そうなんだなぁ。あんたは嘘つきじゃなかった。

不意に腕を掴んでいた手が離される。私は終わりなんだと思った。クリアしたゲームになんの面白味があるだろう。野郎は私の前から姿を消す。そしてきっと二度と現れない。

私は最後の野郎の姿を目に焼き付けようと視線を向けた。野郎は起き上がりベッドに座ってタバコに火を付けた。最後の香り。最後の姿。振り返りもせず立ち上がりコートを羽織る。目に焼き付けようとしていた視界が滲む。さよなら。ありがとう。そんな言葉をかける隙もない。陳腐すぎるセリフだ。

すっかり出掛ける準備を整えた野郎はドアに向かって足を進め「また来るよ。俺はまだこのゲームを楽しんでいる。クリアはまだ先だ。」そう言い残し、ドアを開けて出て行った。ポカンとして私はしばらくの間、野郎が出て行ったドアを眺める。残されたジタンの、いや、あの男の香り。まだ飽きない?まだゲームのクリアは先?野郎の言っている事が理解できなかった。

ゲームは一旦終了だ。だが一面クリア、それだけの事だ。まだまだ楽しめる。この先どんなゲームが待っているのか、俺は楽しみでならなかった。彼女の言葉、あの視線。最後を覚悟した別れの瞳。見なくともわかる。彼女を捕らえた。

二面はどんなゲーム運びになるだろう。俺も彼女に惚れている。多分そうなんだ。だがそれはまだ教えてはやらない。ゲームは楽しまなけりゃ損だからな。

どこまでも暇つぶしの人生ゲーム。

だがそれがもしも最期の瞬間まで続くなら。それはゲームだけではなくなるだろう。ガラにもなくそんな事を考えて、俺は笑った。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ