暇つぶし人生ゲーム。

□暇つぶし人生ゲーム。B
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暇つぶし人生ゲーム。B

「何故君は自殺できないんだ?」

ベッドで隣に横になった野郎が私の方にゴロリと向いてそう聞いた。私は少しだけ考えて

「…宗教上の理由で。」

そう答えてみる。野郎はそれはそれは楽しそうに笑った。

そして「なるほど、君だけの信仰か。」私を優しく見つめて言った。

なんだその目は。
あの人の目に似ている。
長くジタンの香りとこの野郎と一緒に居過ぎたなと思った。

「今夜一緒に寝よう。」

電話で奴はそう言った。私は「はあ、どうぞ。」と答える。いい加減飽きないのか?コイツ。

「ああ、ファックはしないがいつもとは違う寝方をしたい。かまわんだろ?」

決め付けた言い方をするくれぇなら聞かなきゃいい。

「なんでもかまわねぇよ。」

私がそう言うとまた電話口で笑っていた。楽しそうだな。羨ましい。

ふと、コイツとの時間だけ、めんどくせぇと思わなくなっている事に気が付いた。私はベッドに横になり、まあ、いい暇つぶしだなと天井を眺めた。

いつものように夜遅く奴はやって来た。私はベッドに座って「んで、どうすりゃいい?いつもとは違うんだろ?」そうシャワーから出て来た奴に聞いた。

「抱き枕が欲しくてな。」
「買えよ。」

思わず即答すると奴は大きな声で笑った。

「君を抱き枕にしたい。」

「はあ、そうかよ。まあかまわねぇよ。好きにしてくれ。」

私はベッドにゴロリと横たわる。奴は電気を消してベッドにやってきて私のすぐ側に横になると私を胸の中におさめた。

ああ、ちくしょう。この香りは卑怯だ。抱きすくめるようにして奴は寝息を立て始めた。いつもより強く香る匂いの中、私はあの人の夢をみた。

久しぶりだ。
夢でも会えて嬉しかった。
こんな夢が見られるならいくらでも抱き枕になってやる。

「君もジタンを吸ったらいいんじゃないか?」

翌朝身支度をしつつくわえタバコで奴はそう言った。それは自分でも考えた事がある。

「試した事はあんだけどなんか違うんだよな。人が吸ってんのがいいんだ。あと、誰でも同じ匂いになるわけじゃねぇし。」

そう答えると奴は満足そうに笑って「なら俺はラッキーだな。同じ匂いがするんだろう?」そう言った。

「そうだな、あんたは同じ匂いがするよ。多分真逆の人間なのにな。」奴は楽しげに笑いをもらし「さぞや善人だったんだろうな。」そう言った。

「ああ、馬鹿みてぇな、善人だった。」

だから死んじまったんだ。
あんたみてぇな悪党ならあの人は死なずに済んだろう。

「なあ、そろそろ俺に惚れてみないか?」

言われて惚れられるのかテメェは。

「そう出来たら楽だと思うぜ。」私の答えにやはり笑った。

彼女は最近やたら素直に話をする。
気を許し始めているのが手に取るようにわかる。彼女は気付いていないが、俺を見る顔つきが変わった。

俺は抱き枕にする以外に彼女にほとんど触れていない。それが効果的だったんだろう。

落としたら飽きるのかとも思う。
楽しみがなくなるのはつまらんな。

だがゲームは続ける限り進めなくてはやはりつまらん。飽きたらその時はその時だ。書類仕事を片付けながらそんなことを思った。

「なあ、いい加減ファックしねぇのか?」

彼女は突然言い出した。

「俺に抱かれたくなったのか?」

そう言うと首をひねり、なにやら考え込んでいる。

「よくわからねぇ。試してみてぇ気はする。つーかこのわけわかんねぇ状況が気持ち悪りぃんだよ。白か黒か、ハッキリさせてぇんだ。」

なるほど、俺の行動に苛立ってきたというわけか。いい傾向だ。

「君が俺に惚れてくれたら喜んで抱くんだがそんな理由では抱けないな。第一つまらんじゃないか。こんな状況でプラトニックなのが面白い。違うか?」

俺の言葉に彼女はますます首をひねる。

「まあ、そう言われりゃそうだわな。けどなんだ、気持ち悪りぃんだよなぁ。こう、おさまりが悪りぃっつーか。それが面白味といやぁそれまでなんだけどよ。うーん。わからねぇなぁ。まあどうでもいいか。旦那、あんたといると楽しいぜ。それは確かだ。つまらねぇ人生の暇つぶしにあんたとファックしてもいいと思った、ってのが正直なところだ。ははっ、くっだらねぇなぁ。つまんねぇ女だろ?さっさと飽きて捨てちまえよ。」

ハマってきてるな。コイツ。
俺は更に楽しくなってきた。

ハマってきたのを察してこれ以上ハマる前に離れたいと思い始めている。そうはいかない。もっとどっぷり泥沼にハメてやる。

勝ちの見えたゲーム。

だがまだどんでん返しも可能性もある。面白い。

「そろそろ俺に惚れてくれそうだな。あの人とやらにはかなわんだろうが暇つぶしにはいい相手だろ。まだまだ飽きる気はせんよ。これからだからな。」

そう言った俺に少しばかり嫌な顔をして「あの人とテメェを比べるな。」そう吐き捨てるように言った。

このゲームはまだまだ楽しめそうだ。

「あの人とやらだと思ってファックすると言うのなら楽しそうだな。」

そう言った俺を見て呆れたように笑い

「テメェはとことん悪趣味だな。他の奴を想ってる女を抱きてぇのかよ。」

「君が相手ならその方が楽しめそうだからな。」

「あーそうかよ。でもまあ、無理な話だ。大体テメェは男じゃねぇか。」

ん?ちょっと待て。どういう事だ。

「あの人、とやらは男じゃないのか?」
「あれ?言ってなかったか?」
彼女はキョトンとした顔で言う。

「聞いてないな。何も。」

「そうか。っは!あっはっはっは!じゃあ旦那はとんだ勘違いをしてる。あの人は女だしファックするような関係じゃねぇ。旦那の暇つぶしがつまらなくなっちまうかな。単なる育ての親さ。遠縁のな。引き取る責任なんざねぇ、お人好しの女だった。」

それはまた、随分と話が違ってきたな。

「私を育てる為に必死こいて働いて、病気になっておっ死んだ。そんな人だよ。」

「そして君はその人の為に必死で治療費を稼いだ、という訳か。」

「ご名答。ありきたりだろ?色々やったが最終的にはあの人を最後に安心させてやりたくてさ、そんであのド阿呆を騙して結婚したんだよ。私は幸せだとあの人に見せてやりたかった。」

ありきたりだ。あまりにもありふれている。

「約束、とは?」
「ああ、今際の際にあの人が言ったんだ。二度と自殺だけはするな、生きてりゃ良いこともある、生きろ、とね。バレてたんだろうなぁ、あのド阿呆との事も。あの人を安心させて、治療費も出せる、一石二鳥だと思ったんだが、馬鹿の浅知恵だったな。」

そう言って彼女は座っていたベッドへ倒れ込んだ。

天井に手をかざし「結局あの人にはなんにもしてやれなかった。幸せなんざどんなもんなのかわからねぇ。ただあの人に笑って欲しかった。それだけだったのにな。なんでこんな事になっちまったんだろう。私を引き取ったりしなけりゃあの人は幸せになれる人だったのに。」

違和感を感じた。
感傷的にこんな事を言う彼女に。
言っている事はおそらく事実だろう。だが。

「つまらない女のフリをして俺の興味を削ごうとしてるな?」そう言うと彼女は大きな声で笑った。

「そう思いたけりゃそう思えよ。旦那はせっかくの暇つぶしがつまんねぇもんになるのが嫌なだけだ。全部本当の事だよ。こんな程度の事で世界の終わりみてぇな顔してなにひとつやる気にならねぇ、くそみてぇな弱いただの女だ。そこらへんにゴロゴロ転がってる。試しに拾ってみろよ。私と同じだから。」

確かにそうだ。
この程度の不幸話、どこにでも転がっている。つまらない女のつまらない人生話だ。なのに。

「わからんな、何故かまだ君に飽きない。」

俺はそう言って彼女の隣に寝転んだ。彼女は笑って、それから少し泣いた。

あの男はいまだ飽きない。
それどころか抱き枕にしにくる回数が増えている。正直私は戸惑っていた。

あの人がいつも私にしていてくれた様に優しくただ抱き締めて眠る。同じ匂いのするあの男に。奴の言う通り私は奴に惚れ始めているのか?

それならそれで楽しそうだな。本当に奴に惚れ込んだならば奴はゲームに飽きて私を捨てる。そして私はまた悲劇のヒロインぶって暇つぶしの人生を送る。何も変わらねぇ。

だからそろそろこのゲームを終わりにしたい。あまりにも居心地が良くなる前に。

私は逃げ出したかった。

なんとも思いがけないどんでん返しだったな。まさかあの人とやらが恋人どころか男でさえなかったとは。

他の男を本気で想い、失い、自暴自棄になる、その最期の輝き、それがあのショーで彼女が見せた輝きだと思ったんだが。そうか、親、か。

俺はククっと笑って「ますます面白くなってきた。」そう呟き彼女への武器に火を付けた。

抱き枕にした時、初めは本当に物のようだった。無造作になんの気遣いもなくただ横たわる、まさに抱き枕そのもの。それはそれで面白かったが、だんだんと変化していくのが更に俺を楽しませた。

物から人へ。しばらくすると彼女は自分の居心地の良い場所を見つける様になりそこにすんなりとおさまってどうでもいいが悪くないといった風になっていった。

それから、だんだんと悪くない、から、心地よい、に変わっていく。

そして、最近では戸惑いを見せ始めた。面白い。楽しいゲーム運びだ。

先にベットに横になっていた俺をベットサイドに立って見下ろし「なあ、いつまでこんなこと続けるつもりだ?」と苛立ちを込めた声で彼女は言った。

俺は「飽きるまでだが?」と答える。彼女は眉をひそめいっそう嫌な顔をして「私はもう飽きた。いい加減にしてくれねぇか。」と言う。逃げようとしているのか。

「まあそう言うな。俺はとても楽しいんだ。こんな最高の暇つぶしはなかなか無い。」

彼女はため息をつき諦めて俺の腕の中におさまる。以前のようにどうでもいいといった身体のあずけ方ではなく、警戒心から身体に力が入っているのがわかった。

自分を守ろうとしている。あれほど自暴自棄になり全てがどうでもいいと言っていた女が、今、俺に奪われまいと警戒心をあらわにしている。俺は楽しくてたまらなくなった。

「なにニヤけてやがんだ。気持ち悪りぃな。」

俺に背を向けチラと横目で見て彼女は言う。

「楽しいんだ。とても。」

そう言って抱き寄せると彼女は身体に更に力をこめる。

俺は笑って「君は俺に惚れてきているんだろ?」耳元で囁いてみた。

一瞬の沈黙の後、彼女は大きな声で笑った。そして俺を向き直る。

「ああ、そうだ。だから逃げてぇ。」開き直って彼女は言った。

「そう言われて逃す男だと思うか?」

「思わねぇな。テメェは悪趣味だ。とことん落として飽きるまで楽しむ。そうだろ?」

その通りだ。よくわかっているな。俺は笑って彼女を見ていた。

「楽しそうでなによりだ。」

彼女は自嘲気味な笑いをもらし俺の胸におさまってため息をつき「…あんたが女だったら良かった。」そう小さく呟いた。

俺は我慢出来なくなり大きな声で笑った。そして彼女を強く抱き締める。

「残念だったな。」

そう言って頭を撫でると「やめてくれ。もう、頼むから。」そう言って腕の中で小さく震えた。

馬鹿な事を言った。さっさと惚れ込んでテメェがいなけりゃ生きていけねぇとでも泣いてすがればいい。そうすりゃ奴の暇つぶしは終わる。飽きて私を捨ててくれる。早くそうすりゃいいんだ。

だが野郎のツボがイマイチ良くわからねぇ。どうすりゃいいのか考えていたが、ふと、私にとってもいい暇つぶしになっている事に気が付く。

なんだ、なんの問題もねぇじゃねぇか。私は笑って「ま、なるようになるだろうさ。」そう独り言を言った。

「おう、待ってる。」

今夜そっちに行くと言った時、彼女は初めてそんな言葉を言った。やけに明るい声だった。

「何かいい事でもあったのか?」
「いや、今あんたがいる、それが私も楽しいのさ。」そう言って笑った。ヤケになっているわけでも演技をしているわけでもなさそうだ。

なかなかわからん展開だな。このゲームはどう転がるのか。勝たなければいけない勝負ではない、そしてどう転がすか考えなければいけないゲームでもない。成り行きに任せ楽しめさえすればいいのだ。

今夜の彼女がどう出迎えどんな顔をするのか、楽しみだった。

「おう、おかえり。」

扉を開け、俺を出迎えると彼女はそう言った。

「なあ、すぐシャワー入んだろ?酒飲んでていいか?」

そんな事は聞かず、まして出迎えなどせず、部屋に入ってきた俺をみやり「よお。」とだけ言いながら酒を飲んでいた、それがどんな心境の変化だ。

「ああ、かまわんよ。俺もシャワーから出たら少し飲むか。」

そう言いながらコートを脱ぐ。

「そうか、ははっ、一緒に飲むのはあのBAR以来だな。」

そう言ってグラスに酒を注いだ。

俺はシャワーを浴びながら首をひねる。なんなんだあれは。どういう事だ。

クッと笑いが込み上げ、いっそう面白くなってきたと思う自分に気が付いた。

シャワーから出て部屋に入る。
彼女は酒を飲み、そしてその向かいにはグラスがひとつ用意してあった。

ソファに座りグラスに氷と酒を注ぐと彼女がグラスをあげ「おつかれさん。」と乾杯を促す。その表情は悪ガキが楽しくてたまらないといった、そんな表情だった。

「ご機嫌だな。」そう言ってグラスを合わせ酒を飲む。彼女は笑って「楽しめる時に楽しまなけりゃー損だからな。めんどくせぇ事ばっかりだと、生きているのがだりぃと、そう思ってばかりいるのがあの人への想いの証明になると思ってた事に気が付いたんだ。馬鹿らしくてよ!私は自分で思ってたよりもっと馬鹿だったんだ。あんたといるとめんどくせぇと思わねぇ。多分私はあんたが好きだ。飽きて捨てられんのが怖ぇ。けど、まあそんなもんだろ生きるってのは。やっぱりめんどくせぇなぁ。」

酒を飲み饒舌になっていく彼女を見ながら俺も笑った。ゲームの行く末がわからなくなった事が愉快でならなかった。

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