暇つぶし人生ゲーム。

□暇つぶし人生ゲーム。A
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暇つぶし人生ゲーム。A

部屋にノックの音が響く。ああ、もうそんな時間か。私は適当に身支度をしてドアを開ける。マフラー野郎の部下らしい男がチャン大公がお待ちです、と言った。

チャンというのか。
そーいやお互い名前も知らねぇ。
どーでもいいか。私は歩き出しマフラー野郎の車に乗り込んだ。

「すんません、寝てました。」

私がそう言うと「デートだというのになんの気遣いもない姿だな。」笑ってそう言った。はあ、これデートだったんすか。あー、そーっすか。なんでもいいっすけどね。

「ああ、すんません。どーでもよくて。」

私がそう言うとまた笑った。なにやら私はこの男の笑いのツボに入ったようだ。そりゃ暇つぶしにはもってこいだな。

車は騒がしいBARに着き、マフラー野郎が中に入ると静まり返った。オイオイ、お前が来るような店じゃねぇんじゃねぇのか?迷惑だぜ。

「ああ、ただ飲みに来ただけだ、すまんが気にしないでくれ。仕事じゃねぇ。」

マフラー野郎がそう言うと店にざわめきがおこりそして騒がしさが戻った。

「チャンの旦那、めずらしい事もあるもんだ。あんたがこんな店で飲むとはな。」

カウンターに歩いて行くとそこにいた黒人の男がマフラー野郎にそう言った。その隣にはあのいい女が座っている。

こいつらがマフラー野郎の言う面白い連中か?あとはネクタイのビジネスマンと金髪の白人、マフラー野郎とはそれなりに親しい様子だ。

「今日は連れがいてな。飲みに誘ったんだがここくらいが今後も行きつけにしやすいかと思ってね。」

そう言って私を席に着くよう促す。紳士か。気持ち悪りぃな。

「あー、ども。」

促されるまま黒人の隣に座りその反対側にマフラー野郎が座る。

「Mr.チャン、彼女は?」

ビジネスマンが私をみて尋ねる。

「例の花嫁だよロック。」

そう言った時、あのいい女がガバッと私を見た。やっぱりいい女だなぁ。

「あー、あん時はどーもすんませんでした。逃げんのに必死で。」

睨み付けてもいい女だ。というか睨み付けるその目がいい。

「あー、すげぇいい女っすね。めちゃタイプっす。良かったら今後ともよろしく頼んます。」

私がそう言うとその女はうげぇと言う顔をして顔を背けて酒を飲んだ。うん、なにもしてもいい女はいい女だな。

「君はそっちの趣味なのか?」

マフラー野郎が言う。

「あー、どっすかねぇ、必要なら女ともヤリましたけど、どっちももう見るだけでいいっす。いい女はいい男より見てて楽しい。そういう意味じゃそっちの趣味なんでしょーね。酒頼んでいいっすか?なんか今日おごってくれるんすよね?」

車でマフラー野郎は今夜はおごるよ、そう言っていた。

「ああ、なんでもおごるさ。好きなのを頼め。」
「んじゃ遠慮なく。あー、どーすっかなー、あ、ズブロッカ。ボトルで。氷とグラスくれ。」

そうマスターらしき男に言った。

「あいよ、ねーちゃん。」

軽く返事をしてすぐにそれらが出された。

「旦那は何飲むんすか?」

私がマフラー野郎に聞くと「同じでいい。グラスをもうひとつくれ。というか、先に聞いてグラスくらい頼んでくれてもいいだろう。」

「ああ、そういやそうですね。気遣いとかマナーとかもーどっかいっちまって忘れてました。」

「まあそうだろうな。」

そう言うとマフラー野郎はグラスに氷と酒を注ぐ。私の分も。

「さて、ラグーンの諸君、憩いの場に邪魔してすまんが今日は俺に奢らせてくれ。少しばかり大勢で飲みたい気分なんだ。」

そう言ってグラスを傾けた。カウンターの連中は笑ってなんだかんだと言いながら私を交えワイワイと酒を飲む。

なるほど面白い連中だ。ここなら確かに通いやすい。暇つぶしがひとつ増えたな。そんな事を考えつつ空っぽの盛り上がりに私ものっかりその場を楽しんだ。

身体は思っていたより衰えていてすぐに酔いが回り無意味にはしゃいでは飲み続け、歩くのがままならなくなった頃、飲み会はお開きになった。

「大丈夫か?いきなりあんなに飲むからだ。」

マフラー野郎が私の身体を支えて歩き出す。私は奴から離れフラフラしながら「車までくらいひとりで歩ける。」と危なっかしい足取りで車に乗り込んだ。

「酔わせてお持ち帰り、ってのは無しで頼んます。まあそれはそれで仕方がねぇか。こんなんなっちまったら自業自得だ。」

私はシートに身体をあずけ笑って言った。

「そんなつもりはない。ちゃんと君の部屋まで送る。そこに上がりこむつもりもない。安心しろ。」

変な野郎だ。

「あ、チャン。」

いまのちゃんと、という野郎の言葉で思い出した。

「旦那、チャンって言うんすね。今日はじめて知りました。私には名前がないんで好きに呼んで下さい。」

「名前がない?」

「偽名の使い過ぎでどれが本当かわかんなくなっちまったんですよ。あの人は私を君と呼んでいたし。だから私の名前は、君、なのかもしれねぇ。それしか確かなもんがねぇ。」
酔った私はいらぬことを口走る。

「では君と呼ぼう。それが一度しっくりくるなら。」

「はっ、あの人の匂いであの人と同じ呼び方をする。あんたは本当に嫌な野郎だ。」

その後の記憶はない。

モーテルで目を覚ます。
二日酔いは大したことはない。
ふとジタンの香りがした。
あいつ、部下じゃなくテメェでここまで送って来たのか。よくやるぜ。

他人の暇つぶしになれてそれなりに気分がいいのはなんだろうな。生きてるからには意味が欲しいからだろうか。

その数ヶ月後、いつものカフェでマフラー野郎と喋っていた最中に私は目眩に襲われそのまま倒れた。気がつくと自分の部屋ではないホテルらしきところで点滴をうたれていた。

「栄養失調だそうだ。それはただの栄養剤。君はそのまま死にたかったか?また邪魔しちまったな。」

部屋に入ってきたマフラー野郎がそう言った。栄養失調。そういやまともなもんを食ったのはいつだったか。

「いや、助かりました。これじゃ自殺と同じっすからね。2度目です、あんたに助けられるのは。礼をしたいが私には何もない。ファックでも良けりゃ礼に一発どうっすか?」

私がそう言うとマフラー野郎は苦笑して「いや、礼はいらん。それよりしばらくここに泊まれ。点滴も必要だし、食事も用意させる。無理に食えとは言わんがあれば少しは食う気になるだろう。」

私は相当この野郎に気に入られたようだ。

「じゃあそれに従うってのが礼って事にさしてもらいます。」

そう言うとマフラー野郎はまた笑った。

点滴と食事、それだけでみるみる体調は回復した。なんて丈夫な身体なんだ。必要な奴にやれるならくれてやりたいぜ。体力の衰えがなんとなく気になり筋トレを始めた。暇つぶしだ。

「ずいぶん回復したようだな。」

ノックもなしにマフラー野郎が部屋に入ってきた。

「旦那、いくらあんたが囲ってる女の部屋とはいえノックくらいして下さいよ。あんたのオーラがいきなり入ってくるとビビるんで。」

私は腕立て伏せをしながらそう言った。

「とてもそうは見えんが。」

また笑ってやがる。
何がそんなに面白ぇんだか。

「途中でやめると気持ち悪りぃんですよ。あと3回なんでやめたくないんで。」

そう言ってあと3回の腕立て伏せをした。マフラー野郎はベッドに腰掛けタバコを吸っている。私は起き上がり汗を拭いながら奴に近づき言った。

「この通り身体は完全に回復しました。しばらくってのはあとどんくらいっすかね?いつまで私はここにいていいんすか?」

私がそう言うと「君が居たいだけいていい。帰りたくなったら帰ればいいさ。ところでひとつ提案があるんだが、今夜は一緒に寝ないか?」

「ファックっすか?」即座に聞いた私に奴は苦笑して「違う、ただ一緒に寝るだけだ。」そんなことを言ってヤラなかった男など今までいない。

まあ別にそれならそれで礼だと思えばいい話だ。それにそうしてくれればコイツもただの男だと切り捨てやすい。

ジタンの香りとわけのわからねぇ行動で私はコイツを自分の中でどうすえていいのかわからなくなっていた。それがハッキリするならファックくらい屁でもねぇ。

「いいっすよ。今からっすか?」

奴は苦笑し「無理に丁寧っぽく喋らなくていい。普通にしてくれ。今夜と言ったろう。まだ昼間だ。仕事を終えて、そうだな12時前にはここへまた来る。その時だ。」

「はあ、いいけどよ、わけのわからねぇ野郎だなあんた。ま、命の恩人だ。なんでもいいさ。んじゃまた夜に。」

そう言った私を見て奴は微笑んだ。少しだけあの人に似た笑顔だった。嫌な野郎だ。

マフラー野郎はベッドから立ち上がり「ああ、ではまた夜に。」そう言って部屋から出て行った。

「チャン大哥。お聞きしてよろしいですか?」運転席から部下が言った。「なんだ?」「何故あの女にあそこまで目をかけるのですか?失礼ですが私にはそこまでの女には見えません。」当然の疑問だな。俺はタバコを深く吸い吐き出しながら答えた。

「理由はない。単に気に入ったんだ。お前は心を動かされる女に何度出会った事がある?俺は今回が2度目だ。今の立場になってからは初めての事でな。楽しいんだ。理由はない。ただそれだけだ。面倒をかけて悪いが俺にも楽しみが必要なんでな。」

「愚問でした。申し訳ありません。」「いや、かまわん。あんな女のどこが良いのか、自分でもわからんからな。お前が疑問に思うのも当然だ。」

そう言ってタバコをふかす。
この香り、これが彼女を落とす武器になる。偶然が重なり、俺は彼女にますます興味をひかれていく。

楽しいんだ。それだけだ。
つまらない人生の中で久々に見つけた楽しみだ。いつ飽きるともわからんがな。

そんな事を考え今夜を楽しみにしている。仕事が楽しくないわけではない。面倒だがそれなりの面白味もある。

だがそれ以外の楽しみ、そんなものが今の俺にはある。それが愉快だった。

シャワーを浴びて歯を磨き眠る準備を整えてベッドに横たわる。そろそろ奴が来る時間だ。まあお手並み拝見と言った展開になるだろうがジタンの香りでファックするのはなかなか悪くないかもしれないと思って少しだけ笑った。

予告どおりに奴はやって来てシャワーを浴びると「疲れた。もう寝よう。」とベッドにやってきた。

私はベッドを半分あけ「どーぞー。」と言った。奴は笑ってそこに横になる。「じゃあおやすみ。」そう言って目を閉じた。

「はあ、おやすみ。」

そのままふたりでベッドに横たわり、しばらくすると寝息が聞こえてきた。オイオイ、マジで寝てやがる。何しに来たんだコイツ。ファックどころか触りもしねぇ。ただ並んで寝てるだけじゃねぇか。

私はため息をついて起き上がり睡眠薬を飲んでまたベッドに潜り込んだ。

ジタンの香り。あの人はいない。代わりにいるのはわけのわからねぇ野郎。はあ、意味がわからねぇ。そう思いながらいつもより早く眠気がやってきて私は深く心地いい眠りに落ちた。

それ以降時々奴はそうやって一緒に寝ようと行ってやってきては本当にただ寝るだけという行動を繰り返した。私は奴がいる時の良質な眠りが心地良かったのでわけがわからねぇがどうでもいいなと思った。

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