R12→R18 km
□涎た夏 (1)
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その人が我が家にやって来たのは、俺が高校入学後、初の夏休みに入ってから三日たったよく晴れた蒸し暑い午後だった。
親からは父方親戚の大学生を夏休みの間預かる、としか聞いていなかった。
何故、大学生をわざわざ預かるんだと疑問にも思ったが、高校初めての夏休みという事もあり、俺は俺で色々したい事もあったので、さして気にも留めていなかった。
「きみが恭一郎くんだね、よろしくね!
私は梅原朱里。
きみが幼稚園児くらいの時に一回会ってるんだけど、覚えてるかな?」
ふわりと優しく微笑むその姿に、俺は釘付けになった。
…何なんだ。この、心臓を鷲掴みにされたような感覚は。
「あー。覚えて…ないですね。」
眼鏡のブリッジを人差し指で上げながら、動揺を悟られないように努めて冷静に話す。
父親同士が従兄弟で、俺が幼稚園児の時に会ったようだが、全く覚えていない。
「私は覚えているよ。
すごくかわいかったもん。」
ふふ、と朱里さんがまた微笑む。
今度は息ができなくなりそうだ。
「そうですか…。
残念ながら、今の俺の年齢では可愛くも何ともないですね。」
煩いくらいに鳴っている心臓の音がバレないように、と嫌味のような発言をしてしまう。
「んー、そうだね。
今は "かわいい" じゃなくて "かっこいい" だね。」
たぶん、この瞬間に俺は朱里さんに落ちてしまっていたのだろう。
(だが、この気持ちを自覚する迄にはもう少し時間がかかりそうだ。)
・・・・・・・・・・
弟の面倒を見てもらったり、母の手伝いをしてもらったりして、瞬く間に一週間が過ぎていった。
この一週間を共に過ごして思った事が、俺より5歳も年上なのに全く頼りない。
しかも、あまり要領もよくない。
まぁ、俺が何でもソツなくこなす方なので、そう見えてしまうのかもしれないが。
母に言わせれば普通だそうだ。
「恭一郎くんは頭がいいんだねぇ。」
事ある毎に朱里さんに言われる。
そこでふと、大学では何を学んでいるのか聞いてみた。
「私? 私は小学校の教員志望なの。」
小学校の教員…?
本当に大丈夫なのだろうか。
「あなたに受け持たれる児童は少し可哀想ですね。」
ひっどーい!と言いながら、俺の背中を叩いてくる。
こんな他愛のないやり取りがとても嬉しい。
(俺が俺の気持ちに気付くまで、あと少し。)