05/02の日記

11:46
お花な恋人(キーアド)
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アドニスの頭の中はお花畑だ。

「あ」

街道を歩いているとふと声を上げ、アドニスは路肩に向けてしゃがみ込んだ。マントが地面に着くのも構わず、両手を膝の上に乗せて何かをじっと見つめている。
視界は共有出来るものの、そこに映る何に対し心を留めているのかわからなかった吾輩は、それをアドニスが口にするのを待った。

「花が咲いてる」
『それが何だ』
「かわいい」

ふふ、と嬉しそうに笑いながらアドニスは呟いた。吾輩は思わず身震いした。背筋がぞわぞわする。
確かに、アドニスの視線の先には小さな白い花が咲いている。確かに、その姿形は可愛らしいと言えるものだろう。
だがわざわざ足を止めてそれを見つめて嬉しそうに微笑むなど…!乙女か!!誰だ貴様!

「もう春なんだね」
『…』
「どうしたの、黙っちゃって」
『貴様こそどうした』
「何が?」
『花など珍しくもなんともなかろう』

そうだ。もう、季節は春。放っておいてもこんな花はそこらじゅうに咲いていく。感動を覚える程のものとは到底思えない。
吾輩がそう言うと、アドニスは不思議そうに首を傾げた。

「だって、嬉しいじゃないか」
『花が咲くのがか?どんだけ花好きだ貴様。初耳だぞ』
「そうだなぁ。多分、最近好きになったんじゃないかな」
『最近…?』
「花だけじゃなくて、空も木も風も草も海もみんな好き」

ふふ、と。博愛な台詞を吐いてまた先程と同じように笑う。
不気味極まりないからやめろ、と。吾輩が言おうとした時だ。

「これって僕が恋をしているからだよね」

そんなことを、この阿呆は真顔で宣ったのだ。

『はい?』
「昔読んだ本にそんなことが書いてあった。恋をすると世界が変わるって。正確には変わるのは世界じゃなくてそれを見る自分自身なんだけど」
『…はい?』

もはや違う言語で話されているような気分であった。恋?世界?ちょっと話について行けてないんですが吾輩。
困惑する吾輩をよそに、アドニスはくるりと振り返りこちらに顔を向けると、にこりと笑みを浮かべた。

「キーファを好きになってから世界がキラキラして見えるんだ」

そう言ったアドニスの顔は、それこそキラキラしていた。眩しいくらいに。
吾輩は一瞬頭が真っ白になり、それから全身が熱くなった。此奴は、馬鹿だ。いや、馬鹿なのは知っていたけれども。
お前、いつも無表情でぼーっとしてるくせに、何をそんな花のような笑顔を浮かべとるんだ。何だ?素か?素でやっているのか貴様。ギャップ萌え狙ってんのかこの野郎。あざとすぎるだろう、いくらなんでも。吾輩がそういうのに弱いと知っての狼藉か!ていうかいつまでこっち見てんだ!?じっと見つめるんじゃねぇ!恥ずかしいだろうが!

『信じられん…』
「何が?」
『わけわからん…』
「あ、見て見てキーファ。蟻の巣あった」
『知るか!』

吾輩が怒鳴ると、アドニスは理不尽な叱責を受けた子供のような顔をした。拗ねたように指先で蟻の巣をつついている。そんな顔をしたって可愛くもなんともないわボケ!

「なに怒ってるの」
『やかましい!怒っとらんわボケ!』
「そう、ならいいや」
『いいわけあるか!ボケ!』
「声が大きいよ」

窘めるような声音で言って、アドニスは立ち上がる。そして何事もなかったかのように再び街道を歩み始めた。
しかし、その後も途中で何度も足を止めてはやれ花が咲いただ雲の形が面白いだのと言っては足を止めて微笑んでいた。吾輩が渋い顔をしても、アドニスは終始上機嫌であった。
もう、本当になんなのこのお花畑男。一体どうしてくれようか。







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デキてるような、そうでないような。

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