黒サガニ
□手の色の相〜大手拓次の詩より
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手の相は暴風雨のきざはしのまへに、
しづかに物語りをはじめる。
赤はうれひごと、
黄はよろけびごと、
紫は知らぬ運動の転回、
青は希望のはなれるかたち、
さうして銀と黒との手の色は、
いつはりのない狂気の道すぢを語る。
「力が正義なんだよ。俺はあんたに従うぜサガ」
漆黒にたゆたう長髪が、鍛えぬかれた胸板におどる。
零れるような睫毛に首筋をたどられてデスマスクは呼吸を忘れた。
空にかけのぼるのは銀とひわ色のまざつた色、
あぢさゐ色のぼやけた手は扉にたつ黄金の王者、
正義とは屍の上にほのひかる鬼火より残酷に狂える血と燐気を孕み数多の犠牲にかたちを成すのだと、俺にまたがり、うっすら上気しているサガを見て確信する。
「お前は自ら進んで俺に従うと言うのか」
心の底から愉しそうに、また腹のうちから嘲るようにサガの声と冷ややかな熱がはらわたを通じて染み込む快楽。
ふかくくぼんだ手のひらに、
星かげのやうなまだらを持つのは死の予言、
13年のうつくしく穢れた日常はもう別の弓に狙い定められた的でしかないと言うのに。どちらのサガもその心のままに苦しんでいる。
栗色の馬の毛のやう
な艶つぽい手は、
あたらしい偽善に耽る人である。
導きの矢は番えられ、聖域は色めき立っている。
ああ、
どこからともなくわたしをおびやかす
ふるへをののく青銅の鐘のこゑ。
依然として女神は女神のまま。
放たれた呪わしい矢は女神を射るが、刻々と進む時に蝕むだけで、敗北という呪いが俺たちを悪にするための仕上げに入ったようだ。
それでも俺たちは正義であったと声を大にして。俺はサガに溺れて死ぬ道を選ぶ。力が正義と築き上げた13年で生きる。
おわり