人馬

□誰がために〈序〉
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それは誰に叛く行為だろうか



デスマスクは寝室で涙する男の顔を眺めた。

今の聖域にアテナが居ないこと。
アテナを日本人に託したこと。
今の教皇がサガであり、彼がアテナを殺そうとしたこと…―

これらのことを全て男の口から聞いた。
その男の名はアイオロス。次期教皇に命じられ、つい先程まで生きていた射手座の男。

アイオロスは…今はただ涙している。
シュラに自分を討たせてしまったと…
サガの心に生じた闇に気付かず彼を止められなかったと…
後悔に涙している。



これは何に叛く行為だろうか…



自分はその男を…この世に、巨蟹宮に縛りつけたのだ。
その命の小宇宙が燃え尽きんとした時、死を迎えるより先に自分が積尸気より迎えに行き、この第4の宮にくくりつけたのだ。無我夢中で…必ず訪れる死という生命の理に反して、死者は冥府に落ちると云う神の意思に反してその魂をこの場所に。


「泣くなよアイオロス。アテナは無事なんだろ?」
アテナを守りぬいた。それは聖闘士として当然のこと。そして教皇に従いアイオロスを討ったシュラの行為もまた順当といえる。
デスマスクは寝室の柱に浮かび上がったアイオロスの顔を掌で優しく包んだ。
ただ、アイオロスをここに留まらせた自分が愚かであり、アテナを殺めんとした黒髪のサガ同様悪なのだ。
―デスマスク…―
微かに届く魂の声。それに僅かな唇の動きが、声なき声をデスマスクに伝えてくる。
「なぁ?アイオロス…俺はどうしたらいい?今すぐサガを殺してこようか。シュラをここに呼んで真実を伝えて、アフロディーテに教皇の間を薔薇で囲ませて…それともこれ以上仲間同士が血を流さないように、俺が瞬時に消してやろうか?」
デスマスクの提案にアイオロスは目を伏せた。
―サガを倒せたとしても、それでは聖域が滅茶苦茶になる。それに…―
「俺じゃ無理だと言うのかアイオロス…俺たちだけじゃ返り討ちにあうとでも?嘗められたもんだな!シュラは強かっただろ?慕ってたあんたを斬れたんだ」
デスマスクは射抜くような鋭い眼をアイオロスに向けている。
手はいまだ優しく頬に触れているのにだ。
「アテナを無事に逃がすために、シュラを傷付けぬため反撃をせずに逃げただけだとしても、次期教皇に指命された射手座の黄金聖闘士を死に至らしめるほどにシュラは強かっただろう!」
掌に指先にアイオロスの温もりを感じられず、また、シュラを止めることもアイオロスを助ける
ことも出来なかった自分。
サガは今日のために準備を進めていたのだろう。アフロディーテとデスマスクはそれぞれ聖域から離れた地で数日の任務に出ており、聖域には幼い黄金聖闘士とシュラ、それにアイオロスだけであった。もっともアイオロスは予定より早く任務を片付けて聖域に戻り、律義に報告にあがったところでサガと出くわしたのだ…
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