企画部屋
□Beautiful World
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ことの始まりを思い出す
明智を刺してしまった後ろめたさも大いにあり
金田一は明智の自宅マンションを訪れた
以前からも明智に勉強を教わったり、宿題を手伝ってもらったりと
金田一は結構な頻度で重ねているので、今日のそれは明智にとっても慣れた日常と化していて、特に変わったことはないはずだった
「傷、もう大丈夫なの?」
「ええ、おかげ様で。日常生活を送るのにも全く支障をきたしません」
目の前に座っている刺した張本人が引け目を感じないように答える
二人はこれまでの事件を振り返ったり、金田一の高校生活を話したりしてたわいのない時間をすごす
一通りの話しを終えたところで、二人は書斎の本棚に身を寄せていた
法律、医学、音楽、ノンフィクション、科学etc
性格を表すように綺麗に整頓された本棚は半分が日本語以外で書かれている
「この本なんていかがですか?」
と、読書感想文になんとか使えそうな一冊を明智が金田一に選んでやる
首を回してこの本の持ち主に薦めようとすると、思いのほか近くに金田一が立っていた
「これなら君の脳みそでも何とか理解できますかね。いや、高校生ならこれくらいの本理解していただきたいものですね」
明智の問いかけに対し、金田一は答える替わりに一気に彼へと踏み込む
普段とは違う金田一の雰囲気に明智は動くことを忘れた
明智は眼鏡を掛けていれば人並みの視力を得られる
それなのに、金田一の顔の輪郭がぼやけているのは、近すぎる距離のせいだ
ちくちくした髪の毛が自分の肌に当たっているとか、眉毛が太い――なんてことを取りとめもなく考えるのは――
唇に触れる熱から必死に意識をそらそうとする悪あがきだ
控えめながらしっかりと合わせられた唇はしっとりとしていて柔らかい
埒外の感触を前にして、明智は思考を全く別の方向に向けていた
自分の両肩にあるのは、金田一の手だ
遠慮がちに添えられた手は震えており、身長差があるため彼は少し背伸びをしていた
そして、唇の熱が去っていく
開いた距離に、触れ合わせていた場所がすっと冷えていくのを感じた
ぼやけた輪郭も、瞳も、肌も、明智の見慣れた金田一の姿に戻っていく
肩の感触がなくなって、それでも二人の距離は腕の長さ以上には離れない
やはり近すぎる距離に金田一の顔がある
推理時以外はヘラヘラしている顔が今は真っ赤に染まって歪んでいた
ひどくバツの悪そうな表情、弱り切った瞳に明智は思った
あ、泣きそうだ・・・・と
金田一が泣く理由がわからない
原因は自分とのキスなのか
けれど仕掛けたのは彼のほうだ
そもそも彼はなぜこんなことをしたのか
真っ先に思いついたのは罰ゲームだ
高校生同士の他愛無い賭けごとに、つい売り言葉に買い言葉で乗ってしまったのだろう
お調子者の彼のことだ、きっと佐木君あたりと
賭けたのであろう
現に彼は、無理やりやらされたような苦悶の表情をしている
多分、普段の様子からして七瀬君とも済ませていないであろう
もしかしたら、明智がファーストキスの相手かもしれないと思うと目の前の少年がなんだか気の毒になってきた
明智はふぅとため息をつく
「何も嫌々することないじゃないですか。私を学生の罰ゲームに付き合わせないでほしいですね。そもそも君、キスしたことあります? せっかくの初めてを棒に振って・・・・・・。調子に乗ってなんでも安請け合いするものではありませんよ。また、事情を話してくれればいくらでも口裏あわせしますし、経験からお教えもできますよ。キスというのはどういうもので、唇の感触とはどういものか・・・・・・」
暗に明智がさも経験豊富なのを自慢しようとしたので(本人曰く、ただ事実を述べているだけ)、金田一は
「違う。そうじゃねーよ」
と、彼が続きの言葉を発するのを遮った
「違う? ならいったい、何なのですか? 君にキスをされる覚えは私にはありませんが。それともただ単に私への嫌がらせのためだけにこのような愚弄な行為をしたとでも?」
「……違う」
先ほどの‘違う’とは違い、今度はやけにか細い声だった
吹けば消えるような声は鼻にかかりながら湿っぽく続いた
「明智さん・・・アンタが好きだ」
そう言い終えると、どんぐり眼からは涙が溢れ
上向きのゲジ眉は垂れ下がった
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