銀魂

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光が一切入ることのない部屋に兄虎麗 はいた。
幼い頃から病に侵された兄は、この光の届かない部屋に一人でいた。
幾つもの本を読み、ただただ一日一日を過ごすだけ。
こんな部屋では居るだけで病が悪化してしまうだろう。
だが、日の光が天敵な我らにとって日の光の方がもっと有害だ。



……光に嫌われた一族。
………夜を生きる者達。
血に従い戦い、血を誇って殺す。
それが絶滅するまで戦い続けるケモノ
ただ戦だけを嗜好する戦闘民族。
それが我ら夜兎族。



そんなケモノ達の中にも、虎麗 のような人は生まれる。

「………兄様。」

「…やあ、龍麗。おかえり、今回は随分早い帰りだったんだね。」


虎麗は、優しい夜兎だった。
病弱だったからではなく、戦いを好まない珍しい夜兎だった。
自分がどんなに血の匂いを漂わせ帰っても、表情一つ崩さず笑顔で出迎えてくれた。


「…今日もたくさん倒しました。兄様は心配しないでください。僕が兄様の分まで“お勤め"を果たしますから。」

「………龍麗。無理をしなくていいんだ。お前はまだ幼い、戦わなくてもいいんだ。」

だが、そんな虎麗でも悲しそうな顔をすることがある。
それは、自分が戦ったことを誉めてもらおうとしたときだ。

「…お前は、優しい子なんだ。だから、どうか母様のようにはなってはいけないよ。」

そうやって何時も虎麗は頭を撫でてくれた。
唯一自分が子供らしく甘えることのできる場所。

「…龍麗孤独な戦士と、仲間や恋人がいる戦士どちらが強いと思う?」

「…え?………孤独な戦士…かな。だって、母様が“孤独こそが最強になるために必要なモノだ"って言ってたよ。」

そう言ったとき虎麗は今までで一番悲しそうな顔をして自分を抱き締めた。

「…それは違う…孤独になってはいけないんだ。……ヒトは誰かを、何か守るものがある方が強いんだ。孤独は本当の強さではないんだ。」

「……本当の強さ………?」

「……龍麗にも、いつか分かるときがくる。誰かを守れる強い戦士に、父様のような夜兎になるんだ。」

「…守る…もの……。なら、僕は兄さんの為に戦うよ。兄さんを守れるようになれるくらい強くなってみせるよ。」

すると兄は、微笑みまた僕を抱き締めた。
心地好い暖かさに身を委ねる。
父様の事は正直何も覚えていない。
それでも、自分が父のように、兄様の言うような強さを手に入れたならきっと兄様は喜んでくれるのだろう。
そう思うと、嬉しくて仕方がなかった。




その時、普段は自分くらいしか開けることのない兄の部屋の扉が開け放たれた。
そして、恐ろしく美しい母が立っていた。


「………龍麗次の戦場が決まった。仕度してきなさい、1時間後に出発する。」

「…は、はい。」

そう言って母の横を走り去り、部屋を出たとき母の声が聞こえた。

「……つまらん戯れ言で 龍麗を惑わせるな。あの子が弱くなったらどうする‼」

「…あの子は強い、それは貴女が一番分かっているはずです。」

「…分かっている。龍麗は私に似ている。この蝶麗の息子なのだ戦うことがあの子の宿命だ。あの子も血に従い生きる私のように。」

「…龍麗をいくつだと思っているのですか!…まだ6歳ですよ。こんなのあんまりだ。あの子にだって自由に生きる権利はあるんだ。」

「………貴様は、貴様の父親にそっくりだ。あの愚かなこの世で最も弱い男に……。」

「…父様は弱くなどない!あの人は強かった最後まで………。」

蝶麗は、虎麗を睨み付けると背を向け歩き始めた。

「……戦うことを、夜兎の血を汚す貴様らを私は軽蔑する。……それに、最初から戦いもしない貴様の言葉に耳をかすきはない。」

「………っ。」


母が廊下を進み通り過ぎるのを片隅で見送り、兄の部屋に戻る。
そこには拳を握りしめブルブルと震える兄の姿があった。


「………あ、兄様。」

「…龍麗。こっちにおいで。」

「………兄様、父様は弱かったの?」

「…違う!………父様は死んでしまったけど決して弱い人などではなかった。本当に身体も魂も強い人だった。俺もあの人のように生きたい。」

震える兄の手にそっと手をのせ、背中を擦った。

「……龍麗、もし旅に出ようって言ったらついてきてくれるかい。」

「………旅?」

「…宇宙は広い、たくさんの星があって其処にはたくさんの文明があるんだ。それをできるだけたくさん見てまわるんだ。一族も血も全て捨てて、自由に生きるんだ……二人で。」

「………そんなことができるの?きっと母様が許してくれないよ。」

「…かもしれない。いや、絶対に説得してみせるから、その時は二人で旅をしよう。」

「うん!じゃあ、次のお勤めもしっかり頑張るから約束だよ兄様。」

「………あぁ、約束だ。必ず自由を手に入れような 龍麗。」

ーーーー










それが、俺が兄様と交わした最後の会話だった。
何時ものように戦場から帰還し見たものは、大量の血を流し倒れる兄様と血塗れの手を拭う母の姿だった。

兄様が行おうとした我が一族の廃れた風習[親殺し]。
しかし、夜兎最強と言われる、星海坊主、鳳仙と方を並べる鬼蝶蝶麗に敵うはずもなく。
兄様は、腹を引き裂かれ絶命していた。

「………兄………様。」

「………見ておくがいい龍麗。これが偽善に酔いしれた、血を汚した者の末路だ。」










あの日、俺の中で何かが崩壊した。
その壊れかけていた何かを止めていてくれたのはきっと兄様の存在だったのだろう。
しかし、それが無くなってしまった以上俺の崩壊は早いものだった。



壊れきった夜兎は今宵も死に場所を探しさ迷う。
己の血に逆らおうとしながら、血に踊らされる滑稽な姿を晒しながら。
何時か己の心の臓が止まり朽ちるまで。

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