荒川アンダーザブリッジ

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ーーいいか、行、歩。他人に決してカリを作るな。これが家の家訓だ。分かっているな。

ーー《はい。》

ーーお前達は市ノ宮の人間だ。それを肝に命じて、これから生きていくんだ。
そして行、お前は市ノ宮を次ぐ男だ。それを忘れるな。

ーーはい。

ーー歩お前は、市ノ宮の人間として自覚をもって生きていればいい。会社のために、次期社長の行のサポートができるような人間になるんだ。


待ってよ父さん。俺だって、父さんの役に立ちたいんだ。

ーー行くぞ行、今日から会議に参加しなさい。歩。今日は英語、ドイツ語の先生を呼んでいる。しっかり励みなさい。


行かないで、何で何時も何時も行ばっかり。
産まれてきた時間が少し早かっただけなのに。
行かないでよ………俺を見てよ。








「………ょ………社長。社長を起きてください。」

「……あ。………すまない。何だ?」

歩は、目を擦りながら秘書の方に目を向けた。

「御疲れのところ、申し訳ありません。…只今東京に到着しました。」


自家用ジェットの小窓に目を向ける。
そこには、1年ぶりの東京の景色が広がっていた。


「……ああ、帰ってきたのか。」

「1年ぶりですね。改めて、ドイツへの出張お疲れ様です。」

「この後の予定は。」

小さく延びをしながら秘書に問いかける。
秘書は、既に出していたらしい手帳をパラパラと確認していた。

「この後、午後8時から市ノ宮社長と、レストランでお食事です。」

市ノ宮社長という言葉に反応する。

(…1年ぶりに父さんと食事。)

緩みそうになった顔を手で隠し、秘書に悟られぬように顔を反らす。
そして、顔を見ぬまま秘書に話しかけた。

「…行も、来るのか?」

秘書は、ちらりと歩を見て直ぐに手帳に目線を戻した。

「…行様がいらっしゃるとは伺っておりません。それに、社長は行様に帰ってくる事を言っていないじゃないですか。」

「………………。」

そっぽを向いたままなにも言わない歩を見て、秘書は溜め息を吐いた。

「…いい加減。行様を避けるのは止めてはどうですか。たった一人の双子のお兄様なんですから。大変だったそうですよ、社長が長期出張の事をなにも言わずに出発してしまうから。」

「…別にいいだろう。あれは、社長の命令だったんだし。行に言う義理はないだろ。」

「………まったく。まるで拗ねた子供ですね。」

「………うるさいよ坂本。」


そんな会話をしながら二人は自家用ジェットを降りる。
此処までの会話中、二人はずっと無表情だ。
端から見れば、とても奇妙な光景だろう。


外に出れば、辺りはすっかり夜になっていた。
腕時計を見れば、時刻は午後7時12分
すると、向こうから会社の者が駆け寄ってくるのが見えた。



「社長お帰りなさいませ。長旅お疲れ様です。」

「………君は?」

「社長、最近入社した新人です。貴方の上司はどうしたの。」

坂本がすかさず耳打ちする。

(…どうりで見たことの無い顔だと思った。)


新人の若い男は困ったように目を泳がせながら、建物の方を見た。

「も、申し訳ありません。上司は、今取引先と連絡しておりまして…。ジェットが入ってくるのが見えたのでお出迎えをと思い………。」

うつ向き、しどろもどろ言葉を並べながら男は言った。
そんな男に、歩は近づき肩に手をのせる。

「………っ!!も、申し訳………。」

「とても素晴らしい心構えだ。君のような新人が入社してくれて、家の会社も安泰だ。これからも頑張ってくれ。」

さっきまでの無表情が嘘かのように、爽やかな笑顔で歩は言った。

「……///あ、ありがとうございます!!」

「そうだ、直ぐに車を廻してきてくれないか。この後の予定に遅れたくないんだ。」

「は、はい。只今!!!」

そう言うと、男は走っていった。
すると後ろから、クスクスと笑い声が聞こえた。

「………何か面白いことでもあったのか坂本?」

「フフフ。申し訳ありません。いえ、何時見ても社長の表情の変わりようには感服いたしますわ。」

「………馬鹿にしてるのか?」

ジロリと睨んでみれば、まさか、と手をヒラヒラと振って見せた。

「…あの人の時間を、俺が1秒でも無駄にしていいわけないだろう。」

そう言うと、坂本は少し困ったように眉を下げ、そうですね、と言った。

(…俺が父さんの時間を無駄にするなんて、許されるわけがない。)


そう思うと、足早に駐車場に向かった。
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