小説

□★その口づけに溺れさせて
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 街中のポスターやビルの大きな液晶画面に映し出されるCM、雑誌の中の広告、家で見るテレビのCM・・・どうしたって目に入ってしまう。見ないようにしていても、嫌でも目に入る広告達は、どうしようもない。それが仕事だっていうことは百も承知のつもりだった。仕方がないことは、わかりきっていたのに。だからと言って、良い気分はしない。目に入る、自分の恋人が自分以外の人とキスするところを。

 ―― その魅惑の唇 誰もが虜に・・・

    「君が誘ったんだろ」

    艶めく唇 触れたくなる・・・

    「キスしても良いよね・・・」

    大胆 大人ルージュ 新発売 ――

 「はぁ・・・。最近、このCM多すぎじゃないですかねぇ。」

 思わず呟いてしまう。無理もない。このCMには人気の若手女優さんと一緒に、売出し中のモデル・・・黄瀬くんが共演しているのだから。

 「ねぇ、さっきのCM見たぁ?」
 「見た見た!超イケメン!」
 「最近、CMでもよく見かけるようになったよね。」
 「ドラマとかは出ないのかなぁ。」

 信号待ちの目の前にいる女子高生達も黄瀬くんに注目している。芸能人として人気が出るのは嬉しいことだけれど、恋人である自分としては、少し複雑で寂しく思ってしまう。



 高校卒業後、僕達は再び恋人になった。中学時代にも、そういう関係になったこともあったが、色々あって一度その関係は壊れてしまった。
 高校入学後、ちょこちょこ黄瀬くんは僕の前に現れ、バスケのプレイヤーとしても、そして恋人としても、やり直したいと言いに来ていたが、その時、僕はバスケのプレイヤーとしても、恋人としても、やり直すつもりは無かった。
 でも次第に昔のような関係に戻りつつあった、帝光時代の皆が笑っていた頃のような関係に。そんな皆と過ごすうちに、黄瀬くんへの感情も変わりつつあった。最後は黄瀬くんの、しつこい押しに負けた感じもあったが、高校の卒業の日に改めて告白された。
 その後、僕は大学へ進学、黄瀬くんはモデルの仕事を本格的にし始めた。徐々にモデル以外にも活躍の場を広げ、CMやタレント業にも見かけるようになった。恋人なら喜ぶべきなのだろうけど、素直に喜べない自分がいた。僕は自分が思ってるよりも黄瀬くんのことを好きなのだろう。黄瀬くんが活躍の場を広げる度に、僕の心は醜くなっていく。
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