小説

□★なくした心 なくした言葉 前編
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 「だぁぁぁぁっ!言ってくれなきゃ、わかんねぇことだってあるだろ。エスパーじゃねぇんだから全部悟ってくれって感じじゃ、わかんねぇよ。」
 「別に全部わかってほしいとは思ってないのだよ。俺一人でモヤモヤしてるだけで、お前には関係ない。」
 「あー、そうかよ。勝手にしろっ。」

 お互い気持ちに余裕が無くなっていた。こんな言い合いなんてしたくないのに。あてもなく部屋を飛び出した。
 
 社会人になって、お互いの生活リズムはバラバラになった。俺は、しがないサラリーマン。かたや大学病院のお医者様。どうしたって釣り合っていない。生活リズムも合わない。わかってたことだけど、思ったより堪えるもんだ。いっそのこと俺が専業主夫になってしまえば時間ができ、相手と触れ合う時間も増えて、気持ちに余裕ができると思ったこともある。だけど俺の変なプライドが邪魔をする。俺が女ならとか思ったけど、俺と緑間の関係でいくと緑間が女の役だ(こんな言い方をすると緑間に怒られそうだが)。だから俺が働かず主夫になったら、美人医師に養ってもらうヒモ男でしかない。そんな風に見られては、男としてのプライドが許さなかった。俺は変に意地を張って仕事をしている。それでも緑間の足下にも及ばないことぐらい、わかっているつもりだ。

 「前に黒子に相談受けて偉そうに答えてたのに、こんな姿見られたら笑われちまうな。」

 相手のことが好きなのに、愛しているのに、お互いの気持ちは、すれ違うばかり。こんなはずではなかったと天を仰ぐ。どんなことがあっても二人で乗り越えていけると思ったのに。今は心が痛かった。



‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐◇‐



 高尾は、どこかに出て行った。
 今、住んでいるところは、お互いの生活リズムが違うから、それぞれ寝る部屋は別の方が気を遣わなくて良いだろうということで部屋数の多い、このマンションを選んだ。確かに、お互いの睡眠を邪魔する心配は少なくなったが、必然的に触れ合う時間が減り、顔を合わせる時間すら少なくなって恋人どころか、ただの同居人になっていた。好きなのに触れ合えない。それは思ったよりもストレスが溜まるものだった。

 『一緒に住んじゃえば、例え生活リズムがバラバラでも寂しくないだろ。』

 そう言って、二人で生活を始めたのに。こんなに近くにいるのに遠くに感じる。手を伸ばせば届く距離にいたはずなのに、届かなくなっていた。

 「何で、こんなに苦しいのだよ。お前と一緒にいるだけで幸せだと思ったのに・・・」

 この苦しみの靄は、いつ晴れるだろうか。

 このモヤモヤは俺の女々しい感情のせいだ。高尾は仕事の付き合いで飲みに行くことがある。俺だって時々ある。でも、そこに女がいると苛立ちを覚える。俺は、こんなにも女々しいのかと自分で呆れた。
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