夢小説

□あと、もう少し。
1ページ/1ページ


あと、もう少し。



「兵長、お茶です。」
兵長の止まらない手の横に、そっとティーカップを置く。
兵長の広い部屋に、ペンの規則正しい音だけが響く。
「ああ。」
兵長は短く呟いた。
兵長の書類に向けられる、この視線はなんと表現したらいいのだろう。
巨人に対して? 部下に対して?
とにかく、兵長は真剣な面持ちで書類と睨めっこをしている。
『恋人』と呼べるのか、時々、不安になるときがある。
恋人らしいこと、なんてしたこともないし。
何より、兵長が私のことを好き、なんて感じたことがない。
だって、兵長は私にそんな素振り、一回だって見せたことがないから。
「はあ。」
兵長に気づかれないように、背を向けて、小さなため息をついた。
「ルーナ、終わったぞ。」
別に、兵長が仕事を終えるのを待っていな訳ではないけれど、兵長は毎日のように、私にそう言う。
「はい。ご苦労様でした。」
私も毎日のように言葉を返す。
毎日、変わらないこの風景に変化が来ることなんてあるのかな。
いや、今日、来たかもしれない。
私はいつも、そうするように、兵長の部屋を出ようと、ドアノブに手をかけた。
「ルーナ、来い。」
兵長の言葉に振り返る。
兵長……?
ソファーに座って手招きをしている。
私は促されるように、ソファーに腰を下ろした。
「何、離れて座ってんだ。」
兵長の感情の読めない声が私を呼ぶ。
「で、でも……」
私は兵長と自分との距離を見つめる。
ソファーの端と端に座る、私と兵長。
私は傍に寄ろうか躊躇った。
私は近いとも遠いともいえない距離をただ、じっと見つめる。
「来たいなら、こっち来い。」
兵長は私とは反対にある窓を眺めている。
行きたいです。兵長の傍に。
でも……
兵長は私の傍にいたいのかな?
「嘘だ……」
「へっ⁉ 」
噓? 何が?
今、兵長、噓つきましたか?
「俺が……ルーナの傍に居てぇんだよ。早く、こっち来い。」
兵長は私を真っ直ぐ見て言った。
さっきの書類への視線と負けない位、真剣な目に見えた。
でも、少し、目じりが下がっているかもしれない。
「はいっ! 」
私と兵長の距離はだんだん縮まる。
兵長の肩に触れるまで、あと、もう少し。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ