Present 小説
□痛面白い
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ふと部屋で鏡を見ていたら、玄関から母さんの姦しい声が聞こえてきた。他の兄弟は気付いていない様だ。珍しい。誰か客でも来たのかと玄関を覗きに行き、俺は息を飲んだ。
美しい女性がそこに居て母さんと親しげに話している。時折髪を直す様な仕草もまた絵になる彼女はまるでミロのヴィーナスの再来の様だ。
何故あんな美しい女性が母さんと親しいのか。母さんと親しげに話すと言う事は俺達とも面識はあるのか。それは分からないが気付いたのは俺だ。
運命と言う名の糸で結ばれたカラ松ガールがやっと俺の前に舞い降りたのだ。
「はぁ…」
「どうした?カラ松。飯食わねえの?」
「おそ松兄さん、放っといたら?」
「カラ松兄さんいらないならおかずちょーだい!!」
「クソ松の分まで食え十四松」
「カラ松、カッコ付けはいつもの事だけどさ、せめて飯ぐらいちゃんと食べなよ。母さんが作ってくれたんだし」
兄弟の声等もはや馬耳東風。何故なら俺の体は既に恋の病に侵されているから。
恋の病は食欲を減退させるとは、真逆本当の事だと誰が思うだろう。俺が証明だ。
「俺は…とうとう本当のカラ松ガールに出会ってしまった…」
「そう言えば今日の夕飯やけに豪華だねー。何かあったのかな?」
「ああ、トド松覚えてる?小さい頃引っ越しちゃったりなちゃんがさ、最近また戻ってきたんだって。さっき母さんに聞いたら昨日の昼頃家に挨拶に来てたみたいで、その時もらったらしいよ」
「は!?」
「カラ松うるさい」
俺は、ガキだった頃まで記憶を遡らせた。
まだ六人でやんちゃしていた頃。小ちゃな頃から悪ガキだった俺達は別に十五で不良と呼ばれちゃいないが、トト子ちゃんとは別に仲良くしていた少女がいた事を思い出した。
名前はりな。良い名だろ?俺はまず名前に惚れたのさ。そんな幼い頃からこんなにも愛していた、つまりマイ・リトル・カラ松ガール。
しかし、残酷にも親の仕事の都合で引き裂かれた俺達。そりゃあ盗んだバイクがあるなら走り出したい気分だったぜ。親の支配からも卒業したかったさ。だが俺は無力だった。引っ越しの前日、二人して黄昏に肩を寄せて離れられずにいた事は今でも昨日の事のように思い出せる。
そうか。あの時玄関で見た女神はりなだったか…。
「カラ松兄さんうるさい」
「いや、オザキとフミヤ混ぜるなよ…カラ松」
「あり?って…玄関で見たって…カラ松もしかしてりなに会ったの!?」
「っ!!」
し、しまった…!俺だけの秘密の女神が…!シークレットゴッデスが…!
おそ松の事だ…近くに越して来たと聞いて「会いに行こう」と言い出すはずだ…!
「俺見てない!会いに行こうよ!」
「イイネ!野球に誘おうよ!」
「りな…?ああ…トト子ちゃんと一緒だった子か…」
「新しい服、おろしちゃおっかなー」
「あの当時から可愛かったもんね。きっと美人になってるんだろうなー」
当たりだ…それは当たりだ…。だが、せっかく俺が、俺だけが彼女と母さんが話す姿を拝んでいたのに…。
「皆久しぶりー!六人とも変わんないね!」
「りな!?本当にりな!?」
「りなちゃん、美人になったねー!僕見違えちゃった!」
「す、凄い…何か、アイドルみたいな可愛さもあって…!」
「りなちゃん野球しよ!野球!」
「りなって…猫、好き?」
結局六人で家に行く事になり案の定おそ松を筆頭に次々と話が始まる。俺が話を切り出そうとするとトド松が邪魔をする様な、十四松がそれよりも凄い早さで流れの読めない話をするのは多分気のせいでは無い。絶対に。
せっかくりりなに会うからと一張羅のズボンに革ジャンとサングラスで来たのに…。
「カラ松君、雰囲気変わった?」
「フッ…別に普つ──」
「──カラ松兄さんはこんな調子だから。それよりりなちゃん、小さい頃から可愛いと思ってたけど、より美人になっちゃって僕驚いたよ」
トド松…。こんな調子だからで俺を遮るとは…。いや、大丈夫だ。りなはトド松みたいな可愛い要素を取り入れたお洒落より俺の美学を理解してくれる筈だ。
「もうっ、上手なんだからトド松君てば。でも皆変わらないなって思ったけど、前より個性的になったよね!」
「フッ…だろう?特に六人の中でもとりわけ俺はワイルドに──」
「──でしょ?十四松なんかヤバイよ?俺この間ドブ川でバタフライしてんの見たもん」
「十四松君がドブ川で!?」
「朝は俺の事バッドに括って素振りしてるし…」
「一松君を!?十四松君、いつもそんなハードな特訓してるの?」
「野球楽しいからね!」
「筋肉凄いのかな?触ってみても良い?」
「イイヨー!!マッスルマッスル!!」
「凄ーい!筋肉質だ!」
俺は何で輪に入れないんだ?確かにそれはそう、さながら自由になれた夜の様だが今はそんな自由はいらない。りなと話すタイミングをくれ。
このままだと…このままだと…!!
「あ、もうこんな時間か。皆ー帰るよー」
「えー?俺まだりなと話したーい!りな、泊ってって良い?」
「ぅおい!!何サラッと爆弾発言してんだよ!!」
「りなちゃん、連絡先ありがとう。今度ゆっくりお茶しようねー」
「今度一緒に野球やろ!野球!」
「猫…見に来る?」
何も話せぬまま夕方になってしまった…。
俺はがっくり肩を落とすが、帰る前にする事がある。
「りな…」
「何?カラ松君」
「…トイレ、借りていいか?」
流石に漏らす訳には行かない。絶対にだ。
兄弟が先に外に出て待っていると言うのでとりあえず用を済まし手を洗う。トイレから出るとそこにはりなが立っていた。
「カラ松君」
「な、何だ?」
「皆には悪いけどちょっとだけお話しようか!カラ松君とは何だか全然喋れなかったし」
これは奇跡か…?ミラクルが起きたのか?いや、ここでリード出来ねば俺はいつまでもスプラウトマン、つまりもやし野郎のままだ。
本当に些細な時間だったがりなは俺との話を楽しんでくれた。
その革ジャンどこで買ったの?だとか、そのタンクトップ売ってるの?だとか、カラコン入れてるのにサングラスしてるの?だとか、何だか大笑いしていた様な気がするが多分気のせいだろう。
その内おそ松が遅いだなんだと騒ぎ始める。
名残惜しいが仕方が無い。帰り支度をして外に出ようとしたその時だった。
「またな…マイ・リトル・カラ松ガール…!」
「ふふっ!カラ松君面白い…!」
「お、面白い?」
「何か…格好良いんだけどどっか空回りしてて…!ねえ、今度行き着けのお店教えてよ。一緒に行こう?」
デートに誘われた。
後日、混沌の中の一筋の光をテーマにコーディネートを決め込み待ち合わせ場所でりなに会うなり爆笑された。そして言う通り行き着けの店に行き服を選び会計したら爆笑された。喫茶店に入り休憩しながら話をすれば何か言う度爆笑された。
何故だ?俺に笑える要素があるのか?こんなにも愛する天使の為にキメて来たというのに。
アレか…天使と堕天使の思慮の差って奴か…。
「あはははは!あー笑い疲れた」
「え…!?そんなに!?」
「だって、カラ松君痛面白いんだもん!」
「い、痛い…?」
痛い…俺は知らず知らず彼女を傷付けていたのか…!?だとしたら面白いって何だ。
言葉に矛盾を感じる。彼女を傷付けてしまった罪深い俺…しかし彼女は笑っている。先日遊びに行った時、他の兄弟と話してる時には見せなかったくらいの笑顔で。
「やっぱり、小さい頃から思ってたんだよね」
「な、何を…?お、俺が痛いって事か…!?痛み…つまりペインか…それでりなを傷付けていると──!!」
「ぷふっ…!違う違う!カラ松君と話すのが一番楽しいって。一緒にいて安心するって。不思議だね。皆同じ顔して同じ様な事してるのにね」
俺の頭の中は真っ白になった。
今までは俺を見つめるカラ松ガールズの誘いを待っていた俺だが、りながそう言ってくれているのにいつまでも待つだけの俺でいてはならない。この目の前にいるりなにはただ待っているだけでは失礼だと思った。
「りな…」
「何?」
「俺といると…楽しいか?」
「勿論だよ!」
「!…じゃあ──」
また今日みたいにデートしてくれるか?
直球ど真ん中。ストレートなエスコート。
りなは一瞬目を丸くしたが少しだけ頬を赤く染めながら快く承諾してくれた。
「…カラ松君」
「何だ…?」
「私、引越しの時カラ松君と離れたくなくて、ずっと二人で並んで、無言で夕陽見てたの覚えてるよ」
この瞬間恋の歯車は再び動き出し、時を刻み始めた。俺達二人だけの思い出を彼女も覚えていてくれたのだ。
次はスパンコールのパンツで来よう。痛面白いの感覚が分からないが、とりあえず俺が一張羅で行けば彼女は喜ぶのだから。
夕飯前には解散した。母さんが家で飯を作って待ってるからな。だから次デートする時、俺は彼女に伝えねばならない。
昔から好きだったと。俺も別れるのが寂しくて思い出を抱き締める様に生きて来たと。
勿論、カラコンもサングラスも革ジャンも忘れてはいけない。流石に兄弟揃いのパーカーでデートは無いだろう。
りなの笑う顔を思い出し、ふっと笑みが溢れた。痛面白いって、何だ?
とりあえず、どんな理由でも笑ってくれるならそれが一番良い。