宵闇と明番の古書
□春の樹木
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―頭が、痛い。
―体が、冷たい。
―視界がかすむ。
―あれは、何処だ?
春の匂いが遠のく中、彼の割れた頭蓋骨の中に一粒の種が舞い降りた。
もうすぐ夏だ。
まだ春の花が咲いているのに、この暑さに夏の幻影を見つける。通りがかった民家の前で打ち水しているのまで見ると、誰もが夏だと認めるだろう。
信じられないほど暑い日、お母さんから一通のメールが届いた。
【春くんが事故にあった】
夏は、幻を見せるのだという。
これも、幻なんだ。
2時間目の授業始まる前、担任に具合が悪いと言って走って家に帰った。
途中、何度も眩暈を起こして吐きそうになった。でも酷く現実味がなく、自分の体から抜け出して自分を見つめているよう。
日向総合病院と書かれた小さな島の病院は、いつもより慌ただしく、皆なにか焦っていた。
人口が少ないことから大きな事故も少なく、救急も都会のようにに入ることはなかった。
でも今は違う。
私は病院の裏口から家に入り、緊急手術室の前に行く。そこには春のおかあさんと、私のお母さんがいた。
「葵…!」
お母さんは私に気づくやいなや、私に駆け足で寄ってくる。そしての手を握った。
「お母さん、春は?!」
「あのね、春くんが…春くんが…!!」
お母さんは顔を真っ青にして震えている。今にも泣き出しそうで、崩れそうで。
ライトはまだ赤く光っている。春は今、一生懸命生きようとしているんだ。
春のお母さんを見ると、ほろほろと涙を流し、身を丸くしている。
絶望が空気を支配する。まだ、諦めちゃいけないんだ。春が、頑張っているのに。私たちがそれを信じてあげないでどうするんだ。
「お母さん、春は、どんな状況で運ばれてきたの?」
私の首元で震えているお母さんに問う。お母さんは喉から唸り声を上げて、ついに泣き出してしまった。
しゃくりあげながらも、お母さんは言葉を紡ぐ。
「春くんのっ…頭に」
ぽっかり…あなが空いてたの。
何かが切れる音と共に、赤いランプは光ることをやめた。