宵闇と明番の古書
□春の樹木
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夏の日差しが私の肌を刺す。暑い、その一言しか出てこない。何処からか聞こえる蝉の鳴き声が脳を茹で上げようとしているのでは、と考え始めた。
手の中の水がちゃぽちゃぽと揺れる。青々とした雑草を踏みしめて、彼の元へ。
とある廃病院の中庭に、一本の樹木が育っていた。まだあまり大きくない、桜の木に似た樹木だ。
幹に手をあてる。彼の温かい温度が伝わってくる。
「春、久しぶり」
大きくなったね、体調は良い?
そう語りかけると葉が靡いた。
「はいお水」
ペットボトルに入れていた水を根元にかける。きらきらと水が光を反射して土に染みこんで行く。日差しを避けるために反対方向に周り、根元に座り幹に寄りかかった。
「私ね、来月結婚式あげるんだ」
左手をひらひら振る。薬指には小さな石をあしらったシンプルな指輪が嵌められている。
「ねえ、春」
私はね、貴方にいってないことがあるの。