龍如長編(壱)

□伝説 -謝罪-
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シンジと麗奈の遺体を花屋の元に一時、保管させてもらう。
彼の部下によって運ばれていく様子を見ながら、凛生と桐生は花屋と共に彼の部屋を後にする。

シンジからもらった情報を彼らと共有すべく、花屋に提供してもらった部屋へと移った。

「アケミ?」
「そうだ、・・・シンジは確かにそう言っていた」
「しかし、そんな名前の女、幾らでもいるぞ」
「・・・せめて本名なのか、もしくはキャバクラのような店で使う源氏名なのか分かればよかったのですが・・・」

確かに、この名前の情報だけでは特定などほぼ不可能だ。
仮に神室町のみに絞っても、狭そうで広いこの街にいったい何人、その名前の女がいる事だろうか。

「いや、そうでもねぇ」
「「え?」」
「錦山組の田中の頭は・・・、実は風俗好きでなぁ。 知ってたか?桐生」
「まあなぁ」

飛び出してきた意外な事実に、凛生は目を丸くする。
到底、彼の見た目からして風俗好きには見えなかったからだ。
人間とはやはり、見た目で判断してはいけないようである。

「ここ何年か奴が通ってる店がある、"桃源郷"ってソープだ。 そこのナンバーワンが確か・・・、"アケミ"」
「なるほどな」
「・・・よりにもよってソープかよ」

なんともまあ、マニアックな店に何年も通っていたものだ。
キャバクラとかであればまだしも、ソープとはこれはまた入りにくい。

「ただしだ、そこは普通の店じゃぁない」

花屋は続ける、ビル一軒が丸々ソープになっている。
だが看板もない上に、パッと見では分からない建物のようだ。

加えて、たった一回遊ぶだけで100万円はかかると言う。
その理由が現役のタレントやモデルが働いているから、だそうだ。

「選ばれた人間の遊び場さ」
「・・・つまり懐が厚い奴だけが遊べる場所だと」
「まあ・・・、言っちまえばそうだな」

呆れた様子で言う凛生に、花屋が苦笑いして答えた。
どうやらシンジという男は見た目は普通よりのくせして、かなりのマニアックだったらしい。

別に風俗好きを批判するわけではないし、否定する気もない。
健全である証であるし、男とはそうしなければならない時もあるだろう。

凛生はそれを理解しているつもりだが、言われた場所が場所なだけに呆れたのだ。

「おじさん、凛生おねえちゃん・・・、ソープってなに?」
「ん!?」
「え!?」

遥の質問に、ベッドに並んで座っていた桐生と凛生が狼狽える。
まだ齢(よわい)10にも満たない少女に、教えていい言葉ではないからだ。

「・・・うぅん〜、その〜まぁ・・・風呂屋だ。 いや、・・・サウナか?」
「わ、私にふらないでください・・・!」
「銭湯、ってこと?」
「いやぁ、それとも少し違って、・・・その〜」
「なんというか、大人の男の人限定の銭湯って感じかな? ね、桐生さん?」
「あ、ああ。 そんな感じだ・・・」
「おじさんは行ったことあるの?」
「ん? あ、あぁ・・・。 ま、いやぁ、ん〜」

その様子では、過去に行った事があるようだ。
狼狽えながら答える桐生の様子がおかしくて、凛生は小さく吹いてしまった。

「わ、笑うな榊・・・!」
「いった・・・!」

ゴツン、と桐生が少し怒ったように凛生の頭に拳骨を下した。
すると、遥のおかしそうな笑い声が耳に入る。

「ウソ、私どんなとこか知ってるよ。 何日も歩いてたんだから」

まさかの衝撃的な事実に、一同は黙った。
それからすぐに花屋の大きな笑いが響き、これは一本取られたなと続けた。

(わ、私なんてソープの意味知ったの・・・二十歳超えてからなのに・・・!!)

凛生は凛生で、別の意味でショックを受けていた。
純粋に見えた遥が意外と下世話な単語を知っていた事や、何故か変に負けた気がしたのだ。
果てしなく下らないと、分かっていても・・・。



とりあえず遥は賽の河原へと預け、桐生と凛生は『桃源郷』を探す事にした。
花屋が言うには『桃源郷』は会員制になっているらしく、会員証が必要であるという事。

昔、『桃源郷』で働いていた、シンメイという女性が会員証を持っているらしい。
彼女は今、ピンク通りにある『シャイン』というキャバクラで働いているという。
彼女に会えば早く手に入るかも知れない、との事だった。

というわけで、早速その店に向かう。
しかしキャバクラなので、とりあえず桐生だけ中に入って、行ってきてもらう事にする。
いくら凛生が男に見られる可能性が高くとも、下手に入ってバレれば、変に怪しまれてしまうからだ。

「あ、桐生さん。 どうでしたか?」
「シンメイには会えた。 だが・・・」

聞けば、彼女は密航者。
この前、警察に捕まりそうになったらしく、この店から外に出れないと言う。
捕まって中国に返されれば、日本人との間に生まれた愛人の子である弟が一人になってしまうらしい。

「なるほど、・・・それで?」
「『ニンベン師』って奴に会って、シンメイの偽造パスポートを手に入れて欲しいと言っていた。 これからそいつと繋がってるアヤカって女に会いに行く」
「ニンベン師・・・」
「・・・?」

『ニンベン師』という単語を聞くと、凛生は顔に暗い影を落とした。
悲しそうに瞳を細め、辛そうな顔をしているかのように、桐生は見えたのだ。

「・・・どうした?」
「え、あ・・・別になんでもありません。 七福通りの『ジュエル』でしたよね、行きましょう」
「あ、ああ。 ・・・?」

凛生は目的地を告げると、歩き出す。
桐生はそれに返事をしてから、彼女について行こうとした。

だが、そこでふと立ち止まって疑問に思う。
自分は彼女に、行き先を告げただろうか、と。

「そちらこそどうかしたのですか?」
「え? いや、なんでもない・・・」

あとを追ってこない桐生を不審に思ったのか、凛生が立ち止まり、振り返って声をかけた。
桐生はそれに生返事に近い返事をして、軽く頭を振るう。

もしかしたら、話している間に無意識に言ってしまったのだろう。
桐生はそう思い、返事をしてから凛生のあとを追った。



ジュエルへと移動し、凛生はまた外で待っている事にした。
どれくらいかかるかと思っていたが、ものの十分もしないうちに桐生が出てきた。

「随分とお早いですね・・・」
「ああ。 ・・・アヤカという女はいたが、おそらく何も知らない。 だから一度、シンメイの所にもどるぞ」
「そんなはず・・・、・・・?」
「どうした?」
「あれを」

凛生が指をさした先、そこには武器を所持している男たちがいた。
彼らは言葉を交えると、そのまま店へと入っていく。

「あいつら何者だ・・・?」
「行きましょう、きっとアヤカさんが危ない」
「あ、ああ・・・」

険しい顔つきをした凛生に桐生は戸惑いつつ、返事をする。
先を行く彼女を追って、桐生はまた店の中へと戻っていった。

「いい加減、白状したらどうだ?
 アノ日、お前が公園でパスポート渡してるとこ目撃されてんだよ」
「その時はたまたま彼氏と待ち合わせしてただけって言ってるでしょ!」
「ガタガタぬかすんじゃねぇ!!」
「正直に言え・・・、"ニンベン師"って野郎はどこにいる?」

刃を喉に突きつけられながらも、アヤカは表情を変えない。

そして後ろからこの店のママであろう女性が、一人を酒瓶で殴りつけた。
アヤカに刃を向けていた男がその剣を彼女に向けたが、今度はアヤカが酒瓶でその男を殴った。

その隙に、二人は奥へと逃げ出した。

「・・・ようやく本性現しやがったか」
「第三公園がいつもの取引場所だ・・・。 おそらく、そこに逃げ込んだな」

影から様子を窺っていた二人は、その会話を聞くと外へと出る。
おそらく彼らの仲間が、彼女たちを襲おうとしているのは明白だったからだ。


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