龍如長編(壱)

□伝説 -勝手-
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花屋の部屋から出ると、すぐに電話がかかってきた。
桐生は電話に出て、どうしたという言葉とすぐに行くと言って、通話を切る。

「どうかしたのですか?」
「伊達さんがセレナで酔い潰れているらしい」
「え? 伊達さんが?」

凛生が酒が飲めないという事もあり、居酒屋やバーなどには連れて行かれた事はなかった。
だが、彼が酔い潰れるほど酒を飲むような人物に見えないため、凛生は驚いた顔をする。

「とにかく行くぞ」
「はい」

桐生の言葉に凛生は頷き、セレナへと足を動かす。
いったい何が理由で、彼はそうなってしまっているのか。

セレナへと急ぐ中、凛生は険しい顔をしながら、考えていた。


セレナへ到着し、中に入るとカウンターで潰れている伊達が目に入った。
桐生はそっと近づき、彼の傍に置いてあるボトルの成分を見る。

「こんなに強い酒を・・・、どうしたんだ?」
「さあねぇ、色々あるみたい」

酒に慣れている桐生でさえも強いと言ってしまうほどの酒を、彼は飲んでいたらしい。
麗奈に理由を訊くも、彼女も分からないようだ。

すると、傍に置いてあった伊達の携帯が鳴る。
ディスプレイには『沙耶』という、女の名前が映し出されたいた。

(『沙耶』って、確か・・・)

何度か彼から聞いた事がある、彼女の娘の名前だ。
彼が四課に成り下がってからというもの、妻と一緒に出て行ってしまったと聞いた事がある。

桐生は麗奈と目を合わせる、麗奈は頷いて電話に出るようにと仕草をした。
それに従い出てみると、『なんでいっつも来てくれないのよ、バカ!』と凛生にも聞こえる声が聞こえたあと、切れた。

「なになに?」
「"沙耶"って女からだが・・・。 伊達さん、約束すっぽかしたようだなぁ」
「それ、伊達さんの娘さんよ。 さっき、酔っ払いながら言ってた・・・」
「私も何度か聞いたことがあるので、間違いないと思います」
「この辺で会う約束してたみたいだけど、・・・しょうがないわねぇ」
「この辺?」
「ここの向かいに裏路地あるでしょ? そこに"第三公園"って小さな公園があるの」

麗奈から場所を聞くと、桐生は頭を掻いた。
その様子だと、伊達の娘である沙耶の所に行く気なのだろう。

「榊、お前も来い」
「え?」
「若い女の気持ち分かるのは、若い女だけだろ?」
「あら、私は分からないとでも言いたいの?」

からかいのような言葉で麗奈が口を挟むと、桐生はまた頭を掻いた。
凛生は凛生で、桐生の言う事はあながち間違ってもいないと思ったので、伊達は麗奈に任せて、桐生について行く事にした。


第三公園まで向かい、誰もいない公園を入る。
すると、後ろからこちらに近づいてくる足音が二つ聞こえた。

「ねぇ〜。 オジサンとお兄さん、暇?」
「これからワタシ達と遊ばない?」
「どっちがいいか、そっちが選んでいいよ。 条件は特に無いけど、ムチャなのは勘弁ね」
「どういう意味だ?」

桐生が静かに問うと、声をかけてきた女子高生の二人は顔を見合わせる。
このような返答が来るとは思っていなかったのだろう、困惑した顔で何でもないと言って、立ち去ろうとした。

「でも、どうすんの? 沙耶ぁ」
「すぐに見つかるって、行こ!」

背を向けた時、二人が会話を交わす。
出てきた名前に、桐生と凛生は顔を見合わせて、振り返った。

「"サヤ"?」
「ちょっと・・・!」
「あなた、伊達さんの娘さんか・・・?」

桐生が去っていこうとする、沙耶と呼ばれた女子高生の腕を掴む。
狼狽える彼女たちに、伊達の名前を出すと、沙耶は顔を険しくさせた。

「・・・で、伊達さんは知ってるのか?」

とりあえず二人をベンチに座らせ、話を聞く。
相変わらず、沙耶の表情は怒ったような、険しい顔のままだ。

「はぁ? 知ってるわけないじゃん、アタマおかしいんじゃないの!?」
「少なくともあなた達よりはまともだと思いますがね」
「俺等は自分を安売りしたりはしねぇ」
「か、関係ないでしょ!
 チクリたきゃ、チクりゃいいじゃん。 とにかくお金が必要なの、・・・放っておいてよ!!」

沙耶はそう険しい顔のまま言い放つと、友達を置いて走って行ってしまった。
なにか訳ありのような言い草に、凛生も桐生も難しい顔をした。

「・・・オジサンとお兄さん、沙耶の味方?」
「たぶんな」

すると一緒にいた沙耶の友達が、事情を話してくれた。

正太郎という名前の、変な男にハマってしまっているそうだ。
彼はチャンピオン街のシェラックというバーで働いているという、何かと金がかかる男らしい。

それが理由で、あんな事まで遊ぶお金を稼ごうとしているとの事だった。
なにか危険な感じがすると言い、沙耶の父親の友達なら、なんとかできないかと告げた。

「・・・チャンピオン街のシェラックか」
「行きましょう」
「ああ」
「・・・ありがと、オジサンにお兄さん」
「君は友達の身を案じられる優しい子だな」
「な、なに急に・・・!?」
「思ったことを言っただけだ。
 ・・・あと言っておくとしたら、私は"お姉さん"だから訂正を頼むっていうところかな」
「えっ!?」

小さく笑いながら訂正を入れると、チャンピオン街に向かう。
空き地の路地を抜け、チャンピオン街に入り、シェラックと英語で書かれたバーを発見した。

中には入り、店長に話を聞く。
店で一番高い酒を桐生が見事に当て、彼は今『翔太』という名前でスターダストというホストクラブに勤務しているらしい。

今度はスターダストに向かい、中に入る。
すると、ワインレッドのスーツを着たホストが出迎えた。

「あ、桐生さん。 いらっしゃいませ、お二人ですか?」
「いや・・・、翔太ってのは、来てるか?」
(知り合い?)
「ええ、翔太なら・・・。
 あそこにいるのが、そうです・・・」

やけに親しそうに話す二人を見て、どうやら二人は知り合いのようだ。
ワインレッドのスーツを着ている彼は、ひとつのテーブルで客の相手をしている男を指さした。

「あれって・・・」

そして、その客には見覚えがあった。
制服から少し高そうな大人っぽい服に着替えた、沙耶だ。

「えっ・・・、あっ、ちょっと・・・!」

カッコ、カッコ。
という足音が聞こえたと思えば、ワインレッドの彼が押しのけられる。

狼狽えながら声をかけるも、押しのけた男はただ1つのテーブルに向かった。

「伊達さん・・・?」
「みたいだな・・・」

セレナで酔い潰れていたはずの、伊達だった。
彼は沙耶がいるテーブルに近づくと、彼女に声をかける。

彼女も突然の父の登場に、瞳を開いた。
二人は少し言い争ったあと、沙耶が荷物を持って飛び出した。

伊達は彼女に言われた事が深く胸に刺さったのか、項垂れるように座り込む。
しかし、外から聞こえた沙耶の声によって、すぐに立ち上がって向かった。

桐生と凛生も向かい、すぐには飛び出さず、スターダストの扉に隠れながら様子を伺う。

どうやら沙耶は翔太に貢ぐため、借金にまで手を出してしまったようだ。
それも、あまりいいところではない者に。

返せないから、体で支払ってもらうしかない。
どうやら彼らは卑猥なビデオの材料に、彼女を使う気だ。

伊達はついに我慢できなくなり、沙耶の腕を掴んでいた男を殴った。
そんな伊達をすぐ後ろから、そこにあったのだろう瓶ビールのカゴで殴ろうとした男を、桐生が蹴り飛ばした。
さらに男を蹴り飛ばした桐生を殴ろうとした男を、凛生が殴り返す。

「桐生、榊・・・! お前等、何でここに・・・」
「テメェ等・・・、覚悟はできてんだろうなぁ!」
「伊達さん・・・、話は後にしようぜ」
「ゆっくりできる雰囲気ではないですからね」

すぐにでも襲ってきそうな雰囲気を感じ取り、とりあえず彼らを倒す事にした。
人数は少し多かったものの、大した強さもなかったので、すぐに倒し終えた。

「俺は、あの子の父親だ・・・。 お前等のボスと話をさせろ」

伊達はリーダーらしき男の頭を掴むと、自分たちのボスの所へ案内しろと言う。
それから沙耶や桐生たちをスターダストに残し、たった一人で行ってしまった。

だが、かなりの時間が過ぎたというのに、伊達が帰ってくる様子はない。

「遅いっすねぇ・・・、伊達さん。
 一人で行っちゃったけど・・・、大丈夫ですかね?」
「そんなヤワな人ではありませんよ、伊達さんは」
「榊さん・・・」

ワインレッドのスーツを着た彼は、ユウヤという名前らしい。
そしてこの店のオーナーをしている白いスーツを着た彼は、一輝。

伊達が帰ってくるまでの間、軽く自己紹介を済ませて、凛生は名前を知った。

「でも、いくらなんでも遅すぎる・・・」
「そうだな・・・」
「それに、気になっていることが一つ」
「なんだ」
「先程から沙耶さんの相手をしていた翔太とかいう男の姿が見えないんです・・・」

凛生の言葉に、桐生は席を立って下をキョロキョロと見渡す。
彼女の言うように、翔太の姿が見えない。

「嫌な予感がします」
「ああ・・・」

凛生の言葉に桐生は頷き、二人して階段を降りる。
外に行こうとした時、後ろから足音が聞こえた。

「桐生さん、榊さん・・・」

その声に足を止めて振り返ると、沙耶がいた。

彼女は話す、翔太が街金から借りた店のツケをすぐに返さないと殺されるかもしれないと言っていた。
そんな事を言ったのは初めてで、何とかして金を作ろうとしたと。

「てめぇの命惜しくて・・・、自分の女に何とかしろってのか?」
「男としての品性を疑うな・・・」
「本当にお前を大事にしてるなら、そんな事、言える訳がねぇ」
「でも、ワタシには翔太しかいないから」
「本当に? 私は違うとしか思えない。
 伊達さんなら、あなたのお父さんなら、きっとあなたを守ろうとする」
「自分がどんな目に、あわされようともなぁ。
 お前の事を一番大事に思ってるのは・・・翔太じゃない、伊達さんだ」

桐生と凛生の言葉に、沙耶は俯く。
彼女もきっと、心のどこかで分かっていたのだ。

誰が自分を一番、大事に思ってくれているかを。

「ねぇ、桐生さん、榊さん・・・。 ワタシ、お父さんが心配」
「その街金の場所・・・、分かるか?」
「"ピンク通り"の"花形ビル"・・・」

沙耶は決意を固めたような顔をして、場所を告げる。
二人はそれに頷くと、沙耶を引き連れてその場所へと向かった。

三人はビルに入ると、中の様子を伺う。
そこには複数の男から暴行を受けている、伊達の姿があった。
さらに、店にいなかった翔太の姿も。

(20が400だと? ・・・冗談にしても笑えないな)

さらに伊達の警察手帳を見て、彼がマル暴に属しているを知ると、押収した拳銃をよこせと言ってきた。
そうすれば金もビデオの件もなくしてやるから、と。

だが、伊達はそれを拒む。

沙耶は大事だ。
自分は沙耶の父親だ、けれども自分は同時に警察官でもあるのだ。

だから、自分を殺せと言った。
要求は呑めない、沙耶には触れさせない、唯一の手段だからだ。

「沙耶は・・・、沙耶はきっと俺の友達と後輩が守ってくれる」

伊達がそう言うと、翔太がナイフを取り出して伊達の顔に当てた。
どうやら覗き見るのも、ここまでのようだ。

桐生が扉の前にいた男も飛ばされる勢いで、扉を蹴り開ける。
突然の登場に、彼らは瞳を見開いた。

「お父さん!」
「なんだ、テメェ等!?」
「アンタ等・・・!」

沙耶すぐに、ボロボロになっている伊達に駆け寄る。
桐生と凛生の顔を知らない連中は誰だと問い、知っている翔太は目を見開いたままだ。

「初めっからグルだったわけだ」
「腐りすぎて話にもならないぞ、貴様ら!」

凛生がそう言いながら、翔太を殴り飛ばす。
それが合図だったかのように、翔太の仲間であろう連中が襲いかかってきた。

凛生は伊達と沙耶を端に避難させ、桐生に加わる。
決着はすぐに、訪れた。

「・・・20が400だって? 冗談にしても・・・笑えやしねえなぁ」
「い、・・・いえ・・・」
「証文、出してもらおうか」

怯える翔太に、桐生と凛生が詰め寄る。
二人を前に翔太は、従う以外に道はなかった。


四人は花形ビルを出て、先ほどの第三公園へと戻る。
沙耶は着替えてくるからと、一度戻った。

「借りができたなぁ、・・・桐生、榊」
「いや・・・」
「そう思わないでください、私がしたかっただけですから・・・」

凛生が伊達の下についてからというもの、彼にはたくさんの迷惑をかけた。
それが少しでも返せて嬉しいのだから、凛生は借りだと彼に思ってほしくない。

「お父さん」

すると、沙耶の声が聞こえた。
視線を向けると、制服に着替えた、普通の女子高生になった彼女がいた。

「普通の女子高生なんだなぁ・・・、そうしてると」
「そっちの方が可愛らしいな」
「やだっ、ジロジロ見ないでよぉ」

二人が感想をもらすと、沙耶は気恥ずかしそうに言う。
そして近づいてくる伊達に、沙耶はもう一度『お父さん』と呼ぶ。

伊達は黙ったまま、彼女を平手でぶった。
約束を破ってしまった自分も悪い、だが彼女の行動は目を見張るものがあった。

「沙耶・・・、俺は駄目な親父だ・・・」

伊達は沙耶に、自分の胸の内を吐露する。
妻と娘の前から逃げ出した自分には、何も言う資格はないと。

だが、ひとつだけどうしても約束して欲しい事がある。

「自分を、もっと・・・大切にしてくれ。
 沙耶が幸せになるために・・・、もっと自分自身を愛してくれ」
(自分自身を、愛する・・・)

伊達の、沙耶に言っている言葉が胸に刺さる。
幸せを捨てようと、幸せから逃げ出そうと、そうしようとしていた自分。

あの時の、いや。
ずっと前からの自分は、自分を愛するという事をできていなかった。
できていたのなら、しようとしていなかったはずだからだ。

「それでも・・・、お前が苦しんだり、危ない目にあったら、俺が、守ってやる・・・。 守って・・・やるから・・・!」
「わかった・・・。 わかったから、泣かないでよぉ」

顔を覆いながら、そう言って伊達にそっと抱きつく。
泣かないでという言葉は、伊達のみではなく、自分にも言ったのではないだろうか。

桐生と凛生は抱き合う二人を見て、そっとその場を立ち去ろうとする。
後ろから伊達に名前を呼ばれたが、返事はせず、二人揃って軽く手を上げて去って行った。


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