龍如長編(壱)

□伝説 -渦中-
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地下闘技場から、花屋が座っていた場所へと移動する。
彼の手には既に桐生と凛生、二人分の賞金が渡っていた。

「東城会の100億と由美と美月って女の話だったな」

花屋は早速、こちらが追っている情報を話してくれた。

東城会の三代目、世良はその100億が盗まれた事を隠していた。
だが、それを錦山という直系組長がよりによって緊急幹部会で暴露したという。

そして直後、三代目は殺され、その犯人は錦山だと踏んでいると花屋は言う。
錦山の動きは、四代目の椅子を狙っているようにしか思えないからだと。
桐生もそれに同意の声をあげて、腕を組んだ。

だが今の東城会は群雄割拠の状態、跡目も決まっていないうちに三代目が死んでしまったのだから。
つまり、早い話が100億を取り返した者が四代目の椅子を手に入れたと同じ事だ。

ここから、由美と美月の話になる。

その100億を盗んだのが、彼女だからだ。
これには匿名のタレ込みがあったらしく、東城会で裏を取っている間、妹である美月が事件の直前に、アレスを閉めて行方をくらませたのが分かったと言う。

つまり、その二人が本ボシなわけなのだが、肝心の行方が分からないそうだ。

「・・・そこで彼女の娘である遥ちゃん、そして友好関係にあった私に目をつけたということか」
「だろうな・・・」
「なんだって?」

すると、花屋が食いついてきた。
彼は彼女の娘の存在を知らないのだろうかと思い、桐生が口を開く。

「東城会は美月の娘と唯一繋がりがあったこいつを探している。 遥は今、俺たちと一緒にいるんだ」
「遥・・・。 そうだったのか・・・。
 おととい、顔隠した女が来てな、そいつが探してくれって言った子の名前がたしか遥だった」
「・・・!」
「それが由美か美月ってことは?」
「さあな。
 女の顔は見たが、俺にはそれが由美って女か美月って女かも分からねぇ。 ・・・得体の分からん奴とは仕事も出来ねぇからなぁ。 丁重にお帰りいただいた」
(・・・仮にその女性が美月さんか由美さんだとして、サイの花屋に断られてしまったから、私を頼ってきた・・・?)

自分には行方をくらませなければならない事情がある、けれども遥を放っておくわけにはいかない。
だから凛生に遥を捜すように頼み、遥の事情が分かれば、自分に会わせるために動いてくれると踏んでいたのかもしれない。

そう考えれば、辻褄が合ってくるからだ。
見計らっていたかのようなタイミングでの願い、自分が行動してくれそうな事情、自分も狙われる理由。

そこまで考えていると、電話が鳴った。
花屋は電話に出ると、数回ほど話してこちらに向き直る。

「お前等に"客"だ」
「客?」

覚えがないので、桐生と凛生は険しい顔をしてお互いの顔を見る。
少なくとも今、この状況で客と呼べそうな人間はいないはずだからだ。

「見に行くぞ、・・・足元注意しろ」
「何?」
「・・・?」

花屋がそう言うと、足元がガクンと揺れた。
まるで地響きのような音と共に、立っている場所の一部が下がっていく。
凛生は思わず、傍にいた桐生にしがみついてしまった。

「こいつは・・・!?」
「なんだこれは・・・?」
「驚いていいぜ・・・、ここが"賽の河原"の本当の姿だ」

目の前には三桁は軽く超えているのではないかというモニター、その中でも一際目を引いたのは中央のメインモニターだ。

花屋は言う、5年前に警視庁は50台のカメラを取り付けた。
テロ防止などが名目ではあるが、大した役には立っていないと。

だが、彼は実際にこの目で見ている。
50台を優に超す、1万台のカメラを設置して。

「おい・・・、客の様子をみせろ」

花屋がそう指示すると、中央のモニターには怪我を負った伊達の姿が映った。
彼には遥の保護を頼んだはず、けれど彼女の姿は何処にもない。

「伊達さん・・・!
 血か? ・・・何があったんだ!?」
「それに、遥ちゃんがいない・・・?」
「奴の行動をたどってみるか・・・、奴が映っている他の映像を出してみろ」

花屋がまた指示を出すと、モニターが時間を巻き戻すかのように戻っていく。
それを見ていた花屋が、小さく口を開く。

「伊達か・・・、なんとも落ちぶれちまったもんだ」
「え?」
「伊達さんを知ってるのか?」
「ボス!10分前の映像です」

桐生と凛生はまるで、花屋が伊達を知っているかのよう口ぶりで言うので、疑問を持つ。
凛生は小さく声を上げ、桐生が訊いた。

だが、ほぼ同時に部下から映像を映す声があがる。

その映像は、伊達と遥が気分転換だろう、外に出ている様子から始まった。
そこに一台の車が立ち塞がり、遥を車に乗せて、伊達を撃った様子が映されていた。

まさかの事態に、凛生と桐生は悔しい声を小さく吐き出す。

「ボス、トラブルです!」
「なんだ?」
「ライブ映像に回します」

次に映されたのは、伊達が複数の男に囲まれている映像。
まるで今にも襲わんばかりの様子に、桐生と凛生は花屋の声をバックに走り出した。



急いで走ったものの、目の前には倒れている伊達の姿。
それを見て、桐生と凛生の表情には怒りが刻まれる。

「おい!」
「貴様ら、その人に何をしている!!」

少し遠くから叫び、倒れている伊達に駆け寄る。
相当、殴られたのだろう。
彼の体にはあちらこちらに傷があり、痛々しい。

「伊達さん・・・!」
「すまねぇ・・・、遥が」
「分かってる!」
「オイ! コイツ"刑事"だぞ」
「そうだ、間違いねぇ・・・。
 俺はなぁ、昔、こいつにバクられたんだ!」

そう言って、一人が棒を伊達の頭に振りかざす。
凛生はそれをすかさず受け止め、奪い取り、へし折った。

「・・・貴様ら、逆恨みも大概にしろ!
 バクられたかなんだか知らないが、それは貴様らが違法を行った末に招いた結果だろうが!!」
「・・・それに、もう十分だろ!」

凛生の正当な言葉のあとに、桐生がやめるよう促す言葉を続ける。
だが、囲んでいる男たちは、手に持っている武器を下ろさない。

「まだだ、100回殺しても足らねぇ!」

続いて、部外者は引っ込んでいろだの一発殴らないと気がすまないだのと。
実に、逆恨みと取れる言葉をつらつらと述べる。

「なに言っても無駄か・・・」
「あぁ・・・、ムダだ!」
「アンタらの話、聞く義理はねぇ」

凛生はその言葉にさらに睨みを利かせ、桐生は伊達の前から立ち上がり、彼らを振り返る。
それに一瞬だけ怯んだのか、一歩だけ彼らは引いた。

「フン・・・、なんだよ!?」
「どうする気だぁ!?」
「よせ・・・、桐生!榊・・・!」
「そんなにこの人、殺りてぇなら・・・俺を倒してからにしろ!」
「刑事を殺したいというのであれば、私にしろ。私だって刑事だ、殺せるものならかかってこい!!」

桐生と凛生の怒りの言葉が合図だったかのように、賽の河原の住人は目の色を変えた。
特に凛生も刑事だと分かった今、もっぱら彼らの瞳に映るのは彼女だ。

しかし、地下格技場で優勝した桐生とかなりの実力を持つ凛生にとって。
武器を持っていても相手は素人同然、先ほどの疲れも感じさせない勢いで、片付けた。

「伊達さん、しっかり・・・!」

凛生は向かってきた住人たちが皆、のされたのを見ると伊達に肩を貸す。
桐生も伊達の様子を、心配そうに見つめた。

「あきれた強さだなぁ」
「あんたが・・・、サイの花屋!」
「久しぶりですね、伊達さん。
 桐生、榊。 例の子さらった車は"バッティングセンター"に停まった。 安心しろ、・・・この情報料は榊の賞金でチャラにしてやる」
「ああ・・・」
「出ておいてよかった・・・」

花屋はそれだけを言うと、護衛役だろう部下を引き連れて戻った。
伊達に『久しぶり』というあたり、やはり二人は知り合いのようだと伺える。

「あいつは、元・警官だ。
 警察の情報、横流ししてたのを俺が告発したんだ。 その後はしらねぇが、こんなとこで会うとはなぁ」

去っていく花屋の背を見ながら、伊達が彼の正体とこうなった経緯を話す。
まさか彼が元・警官であったとは、と、凛生は伊達の止血をしながら話を聞いて思った。

「桐生、榊・・・。 遥さらったのは"真島組"の奴等だ」
「"真島組"?」
「嶋野の狂犬と名高い、あの・・・?」
「・・・・・・。 よりによって、真島の兄さんか・・・」
「知り合いですか?」
「俺の兄弟分だった男だ」

極道で言うところの兄弟分とは、即ち親友という事。
どうやら桐生と真島は、極道時代はかなり親しい間柄だった模様だ。

「元・兄弟分だからと言って、戦えないとは言いませんよね?」
「何だ、俺がそんなヤワな人間に見えるか?」
「・・・その言葉を聞けて安心しました」

凛生が念のために、桐生に確認するような言葉を吐く。
だが彼はすぐに、挑発とも取れる言葉を返した。

凛生はそれに肩を竦めて言うと、桐生は伊達に向き直る。

「伊達さんはセレナで待っててくれ」
「だが、それじゃ・・・」
「その体じゃ、真島組を相手にするのは厳しい。 それよりも麗奈が心配だ、一人にしないでやってくれ」
「・・・分かった、気をつけろよ。 榊、桐生に力貸してやってくれ」
「分かっています」

伊達がセレナに向かって歩いていくのを見つめ、凛生と桐生はバッティングセンターに向かう。
きっと怯えているだろう遥を、一分一秒でも早く助け出す事を誓って。


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