龍如長編(壱)

□伝説 -花屋-
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凛生は美月と出会った経緯や、遥が美月の娘ではなく、姪っ子だと聞かされていた事。
今朝まで彼女と連絡が取れていたのに、今は繋がらなくなってしまった事を話した。

「・・・なるほど、まさかお前が美月と知り合いだったとは」
「私も驚きました、一体なんの因果なのか・・・」
「どうしてお母さん、凛生おねえちゃんにうそついたんだろう・・・」
「それは分からない。 けれど、付かなければならない理由があったはずだ」

落ち込む様子を見せる遥の頭をそっと撫でながら、凛生は言う。
唯一、彼女の連絡先を知っていたのが凛生だったというのに、これは残念で仕方ないだろう。

「しかし、ひとつだけハッキリしました」
「なんだ?」
「おそらく美月さんは、私を遥ちゃんの守り役にしたということです」
「守り役?」
「ええ。 ・・・言いたくはありませんが、もしかしたら美月さん自身に何か危険が迫っているとしたら、当然ですが遥ちゃんの身も危なくなってくる可能性もある」
「確かに・・・」

娘、という立場である遥。
少なくとも危険が降りかからないとは、断言できない立場にある。

「危険を承知で彼女は私に連絡を入れた、そしてすぐに連絡先を閉ざして姿をくらましたのかもしれません・・・」
「お母さん・・・」
「だからね、遥ちゃん・・・」

ソファから立ち、遥の目の前にしゃがむ。
目線を合わせてから、凛生は遥に微笑んだ。

「さっきも言ったけど、お母さんと君を引き合わせるまで私が守る。 だから安心して、お母さんに会いに行こう」
「・・・うん」

そう力強く言ってくれる凛生に、遥も力強く頷いた。
凛生はそれを見て立ち上がり、桐生を見る。

「というわけですので、よろしくお願いします」
「・・・仕方ねえな」
「あら、そのわりには嬉しそうな顔してると思うけど?」

頭を掻きながら言う桐生に、麗奈が笑いながら突っ込む。
凛生はついでに、と口をもう一度開く。

「同じ"ヒマワリ"の出身同士、仲良くしてくださいね?」
「「「え!?」」」

追撃とも言える凛生の発言に、三人は目を丸めて声を上げたのは言うまでもない。
これは本当に、なんの因果だろうと桐生が思った事も。

一通りの情報共有も終わったところで、『アレス』に行くために腰を上げる。
場所は凛生も知っているが、遥も手紙で知っているようだ。

「さて、アレスに向かいましょうか」
「ああ、出発しよう」
「じゃあ、行こう!」
「気をつけて三人とも・・・」

扉へと足を向ける三人に、麗奈が声をかけた。
桐生はそれに頷き、遥は手を振り、凛生は軽く会釈した。

三人とも違う対応に、麗奈は思わず笑ってしまったという事を、誰も知らない。

「じゃあ付いてきてね!」
「ちょ、遥ちゃん。 私も場所を知って・・・」

遥は外に出ると、それだけ言って走り出してしまった。
自分も場所を知っていると言いかけたが、もう遠くに行ってしまった遥には届かない。

小さくため息をついて、桐生と顔を合わせると、走り出した。

思ったよりも走るスピードが速い遥だが、所詮は子供。
なので、すぐに追いついた。

それから彼女に合わせるように速さを合わせ、後ろをついていく。

「ちょっとちょっと! あなたたち、どういうご関係?」

しかし、泰平通り東の公衆電話の前に立っていた警察官に捕まってしまった。
まずいと凛生は咄嗟に、桐生の背中にそっと隠れる。

「え? どういうって・・・」
「で、なに? あなた、この子のお父さんかなんか?」
(・・・あれ、私に気づいていない?)

どうやら桐生の方がインパクトが強いせいか、凛生の存在に警察官は気づいていないようだ。
桐生の背中に隠れていると言っても、そんなにベッタリではなく、人一人分ほど空けているせいもあるだろう。

「・・・いや、違う」
( バ カ か あ な た は ! )

なんで、馬鹿正直に答えるのか。
嘘も方便ということわざを知らないのかと、凛生は額に手を当てる。

「お父さんじゃないのに、こんな時間に女の子追いかけてるの?」
(まったくもってその通りです・・・)

これでは自分から、夜に女の子を追いかけている不審者だと言っているようなもの。
当たり前の質問に、凛生は息を吐く。

「いや、違う」
「ダメだよー、嘘ついちゃ! こっちは見てたんだから!」
(ですよね!!)

訳あって預かっている子だ、とも言えばいいのにと凛生は思いながら、桐生の腕に自分の腕を絡めた。
突然の事に、警察官も桐生も目を丸くし、遥は何かを悟ったような顔をする。

「もう、お忙しい警察官に下らない冗談を言わないでっていつも言ってるのに・・・」
「え?」
「お前、なに・・・って!」

事情の分かっていない桐生を黙らせるべく、凛生は桐生の靴を思いっきり踏んだ。
桐生もそこまで鈍感でないのなら、これで黙っていろという事は分かっただろう。

「そうだよー、お父さん顔に似合わないですぐそんな冗談言うんだから!」
「本当に主人が失礼しました、お忙しい中ご苦労様です」
「あ、いいえ・・・。 じゃあ本当にお父さんなんだね?」
「ええ、私の夫でもあります」
「私も父に代わってお詫びします、すみませんでした!」
「お父さん・・・、あんた、いい娘さんと嫁さん持ったねえ。 あんたももうちょっとしっかりしなくちゃな」

どうやらこの警察官は、凛生の顔を知らないようだ。
それにホッと安堵しつつ、立ち去ろうと足を動かそうとした。

「んん〜? でもその赤い髪、奥さんどこかで見た気がしなくとも・・・」
「き、気のせいではないですか? 世の中には同じ顔の人間が三人はいると言いますし、今では昔と違って手軽に髪も染められますし!」
「うーん、そうですよね。 失礼しました」
「で、では!」

そそくさ、という言葉が似合う速さで凛生は桐生を引っ張りながら立ち去る。
警察官が見えなくなったあたりで、ようやく腕を離した。

「はあ、なんでバカ正直に答えてるんですか・・・」
「俺はスラスラと嘘をつけるお前が怖い」
「嘘も方便ですよ、ね?遥ちゃん」
「そうだよおじさん! 私、ヒマワリに戻されちゃうかと思ったんだから!」
「あ、ああ・・・すまない」

二人して責められてしまい、桐生に勝つ術はなかった。
それからしばらく移動すると、ミレニアムタワーの前庭へとたどり着いた。

「ここだよ・・・、おじさん」
「あとは最上階へ行くだけです」
「ああ・・・」

おそらく桐生は初めてこんなに間近で見るのだろう、60階もある神室町一番のビルを見上げた。
中に入ると、物珍しそうにキョロキョロと見渡す。

しかし遥が急かすので、すぐに彼女の後を追ってエレベーター前へ。
エレベーターに乗り込むと、60階が押せない事に疑問を持つ。

「桐生さんこれは・・・」
「ちょっといい?」
「何してるんだ」
「こうしないと押せないんですよ」
「え?」
「おじさん、60階押して」
「あ? ・・・あぁ」

遥の言葉に返事をすると、先程は押せなかった60階が押せた。
桐生はそれに瞳を小さく開いて、驚きを示す。

「驚いたなぁ・・・、暗証番号か」
「お母さんがね、手紙で教えてくれたの。 お店の自慢のひとつだって」
「だから押せないって言ったんですよ」
「なるほどな・・・」

桐生はどんどん上がっていく数字を見ながら、呟くように言った。
そしてエレベーターの扉を見つめる遥を、そっと盗み見る。

「・・・なあ」
「はい?」

60階までに行くには、当たり前だが時間がかかる。
無言になってしまった場に、桐生が凛生に声をかけた。

「お前、なんで急に敬語使ってんだ?」
「え?」
「バッカスんときじゃタメだったろうが」
「そのときは桐生さんは素性不明の怪しい男だったからですよ、素性が分かった目上の人には敬語を使います」
「・・・真面目だな、お前」
「よく言われます」

特に、谷村や伊達あたりに。
凛生は心の中でそう付け足して、桐生の些細な疑問に答えた。

60階に到着すると、エレベーターが開く。
出ると少し前まで来ていた所が、やけに懐かしく感じた。

「こっちに来てください」

凛生は桐生と遥を連れて、美月の写真が飾ってある所まで案内する。
おそらく二人共、彼女の顔を知らないはずだからだ。

「・・・・・・」
「これが"美月"か・・・」

遥は黙って写真を見つめ、桐生は呟くように言う。
それから何かを考えるように、二人は黙ったままだ。

「遥・・・、お前、何で孤児院に?」
「わかんないよ、・・・そんなの」
「お前がヒマワリにいたのも母親は知ってるんだろ? なら・・・」
「どうしても迎えに来ることができないって・・・、手紙で何回もわけ聞いたんだけど、それしか・・・」

遥がそう言うと、桐生の視線は凛生へと向かった。
この中で実際に会って、話をした事があるのは、彼女だけだからだ。

「榊、お前は美月って女と何回も会ってるんだろ? 何か知らないのか?」
「特には。
 遥ちゃんの話はたびたび聞いていましたが、何かわけがあるのだろうと思って、深くは聞きませんでした。 それに、そのときは娘ではなく、姪っ子だと思っていたので」
「そうか。 ・・・由美も、そう言っていたのか?」

凛生から話を聞くと、桐生は再び遥を見て、訊く。
今度は由美と会った事あるのは、遥しかいないからだ。

「うん・・・。
 ただ、最後におねえちゃんが来た時、お母さんからって・・・、これをくれたの」

そう言って見せてくれたのは、少し大きめの銀色のペンダント。
どこか高級な感じを見せるそれは、まるで何かの鍵に見えて仕方が無かった。

「でも、その時思った・・・。 私、本当にもうお母さんと会えなくなるかもしれない・・・って」

だから孤児院を、と凛生は遥を見て思った。
一人で探しに行く不安や何かあるか分からないという見えない恐怖よりも、彼女は会いたいという気持ちだけで飛び出したのだ。

「遥ちゃんは、強い子だね・・・」
「え・・・?」

凛生は少し前の自分を思い出して、自嘲気味に笑った。
凛生の言葉を遥は拾ったが、それに対して凛生は頭を撫でるだけで答えなかった。

「・・・?」

すると、ポーンというエレベーターが到着した音が響く。
おかしい、この場所は暗証番号を知らない限りは入れないはずなのに。

桐生も同じ事を思ったようで、音がした方を険しい顔をして見やる。

そしてエレベーターから降りてきたのは、複数の男達。
どう見ても、筋ものとしか思えない。
遥も何かを感じ、桐生と凛生の背に隠れた。

「あんた、桐生さんでっか? ・・・元、堂島組の。
 お初にお目にかかります。 ワシ、五代目・近江連合本部の"林"言いまんねん。 噂はよう聞いてまっせ」
「近江連合って事は、錦山に頼まれたのか? 俺を狙ってるんだろ」
「いや・・・」

林が否定の言葉を口にするのと同時に、桐生の服から携帯音が鳴り響く。
しかし、こんな緊迫した中で出れるわけがない。

「電話鳴ってまっせ。 どうぞ気にせんと、取っておくんなはれや」

すると、林が出るように促す。
桐生はその言葉を受け取り、電話に出た。

凛生は仮にいつ襲ってきてもいいように、彼らを睨みつける。

「桐生だ。・・・何だって!?・・・指輪?・・・共犯?」

相手の声は聞こえないが、おそらく伊達だろうと凛生は察する。
桐生は頷きの声を最後に、電話を切った。

「そうか・・・、お前等も由美と美月を」
「いや、ワシ等が追っとんのはそこのお嬢さん方ですわ」
「「えっ!?」」
「何でこいつ等を・・・!」
「それは言えまへん、ワシも近江連合のもんですさかい。 桐生さん、大人しゅうその子等、渡したってえな」
「渡すと思うか?」
「そして、素直に渡されるような女に見えるか?」

遥を守るように立ち、桐生と凛生は睨みを強める。
しかし、当たり前だが、林が引く様子を見せない。

「ほな、ぶっちゃけ言いますわ。 ワレ程の男をこんな場所で殺しとぉないんですわ、それにお嬢さんも別嬪ですさかい、無駄に傷つけとぉもない」
「あんた、ずいぶんと気が早ぇなあ」
「まったくです」
「はぁ!?」
「俺とこいつはこんなところで殺されるほど・・・、ヤワじゃねぇよ」
「はははは・・・、さすがは桐生さんでんなぁ。 ほな、しゃぁないなぁ・・・。 おい、殺れや。ブチ殺したれや!!」

その言葉が合図だったかのように、控えていた男達が襲ってきた。
桐生は前線へ行き、凛生はなるべく遥から離れないように戦う。

二人で確実に一人、また一人。
襲い来るヤクザたちを、倒していった。


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