龍如長編(壱)

□伝説 -遭遇-
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あれから美月とは時折、連絡を取り合うほど仲が良くなった。
姉がいなかった凛生にとって、美月はそのような存在となり、凛生もまた美月の妹のような存在になっていた。

谷村との付き合いも恋人になったという事以外では、変わらずに続いている。
今年もこれといって大きな出来事も起こらず、残り一ヶ月を切ったある日、凛生の運命を大きく動かす電話が入った。

「・・・! 美月さん?」

電話の着信に表示されているのは、美月の名前。
凛生は今日は非番だったため、家にいたので、すぐに電話に出る。

「はい、凛生です」
『ああっ、よかった・・・。 すぐに出てくれて・・・!』
「どうかしたんですか美月さん?」

電話機から発せられる美月の声は、どこか切羽詰っているように思える。
異変を感じた凛生は、すぐに顔色を変えて理由を聞いた。

『遥が・・・!遥がいなくなっちゃったの・・・!』
「え・・・?」

『遥』とは、美月が時々、話してくれた女の子の名前である。
名前は知らないが彼女の姉の娘であり、美月からすれば姪っ子にあたる子だ。

偶然にも、彼女の姉とは同じ養護施設の出身。
どうして美月は違うのか理由は聞いていないが、何かしら訳があったのだろうと察している。
そして、その遥もとある理由のために自分が育った『ヒマワリ』に身を置いていた。

「落ち着いてください、どうして遥ちゃんが・・・?」
『分からない・・・けど、施設の方から随分前から姿が見えないって・・・!』
「・・・分かりました。 今日は私は非番なので、捜してみます」
『本当・・・!?』
「ええ、おそらくはすぐに見つからないでしょう。 事情を話してしばらく私の足で捜してみます、それから捜索届を出すという形でいきましょう」
『え、ええ・・・』

どういうわけか、美月はあまり警察を頼りたがらない。
これにも何か理由があるのだろうが、凛生は追求しなかった。

だからなるべく、凛生も警察にはすぐに話さない方向で彼女に提案する。

『ごめんなさい、本当なら私がちゃんと捜すべきなのに・・・』
「大丈夫ですよ、あまり動けない理由があるのでしょう?」

さらにそれだけではない、美月はあまり外を出歩きたくないようなのだ。
凛生はこの件についても話を聞こうとしていないので、彼女を落ち着かせるように優しく言う。

『・・・ありがとう、凛生さん』
「いいえ、お互い様です」
『今から遥の写真を送るわね、・・・遥のことよろしくお願いします』
「はい、分かりました」

そう言って、電話を切る。
するとすぐに、まだ10歳はいっていないだろう女の子の写真が送られてきた。
メールを開き、遥の画像を保存してから閉じる。

『──・・では、続いてのニュースです。 東城会三代目会長、世良勝が殺害された事件について』

凛生はその言葉に、付けていたテレビを見る。
ある日の深夜、東城会の会長である世良が殺されたというニュースだ。

おそらくこれで、また神室町は荒れるに違いないとため息を吐く。

ああ、またこの寒い時期に嫌な出来事が起こったものだ。
自分が初めて幸せを掴んだこの時期を、少しくらい好きになろうと思えたのに。

凛生は苦虫を潰したような顔をして、短いコートと黒いマフラーを巻いて、外へと歩き出した。



凛生は遥の写真を道行く人に見せながら、情報を集めていた。
すっかり日も暮れ、辺りは電灯が光りだす。

遥を捜す事に必死になっていたせいか、凛生は大々的に取り上げられているニュースをまるで見なかった。
世良の葬儀場での、一件を。

今日はもう無理か、と諦めかけていた時、ようやく遥を見たという人物に突き当たった。
聞けば、遥らしき少女は『バッカス』というバーに向かったと教えてくれた。

凛生は教えてくれた人物に頭を下げ、急いでその店へと向かう。
鼓動が跳ねるのだ、まるで嫌な予感を告げるように。

走って行くと見えた目的の店、扉の前に立てばオープンの看板が目に入る。
しかし、開いているとは思えないほどの静寂さに、凛生は生唾を飲んだ。

「・・・・・・」

カラン、カラン。
扉についているベルの音を耳に入れながら、中へと足を踏み入れる。

しかし、そこで目にしたものは。

「・・・!?」

数人の死体、だった。
あまりの血生臭さに鼻を押さえながら、凛生は中へと突き進む。

すると、一番奥の方で物音がした。
静かに近寄り覗き込むように見てみれば、そこにいたのは・・・。

「あ・・・」
「・・・!」

捜し求めていた、遥の姿。
しかし小さな彼女の手には、不釣り合いな銃が握り締められている。

遥は怯えた瞳で、凛生を見つめた。
銃を握り締める手は、恐怖からか小さく震える。

「・・・・・・」

凛生は目を細めると、遥の手から銃を取り上げた。
それを床に置くと、震える遥の小さな体を抱きしめる。

「え・・・?」
「・・・・・・よく、頑張ったね」
「・・・!」
「もう大丈夫、・・・私が守ってあげるから」

抱きしめながら、頭を撫でる。
優しく言い聞かせるように遥に言うと、耐えてきた涙が溢れ出した。

──・・カラン、カラン。
すると、店のベルが鳴る音が聞こえた。

凛生は誰かが入ってきたと瞬時に判断し、遥から取った銃を手に持つ。
抱きしめていた手を離し、遥を守るように背に隠す。

コツ、コツ。
足音は、着実に店の中へと入ってくる。

息を飲んで、凛生は身を乗り出した。

「動くな!」
「!」

銃を向けて、言葉を放つ。
視界に入ってきたのは、グレーのスーツにワインレッドのワイシャツを来た40代前後の風格がある男。

(・・・この男、どこかで?)

どこかで見た事のある姿に、凛生は顔を顰めた。
目の前の男は凛生の登場に瞳を一瞬だけ見開くも、両腕を上げて動じる様子もなく口を開いた。

「落ち着け、俺はこのこととは関係ない」
「なら、何故ここに? ・・・その様子では飲みきた、という感じではないだろう?」
「ここの店長に話を聞きに来ただけだ、だが・・・」

男の顔は、既に息絶えているバーの店長へと向けられる。
酷な事に頭を一発で、やられたのだろう。

「・・・本当だ、信じてくれ」
「・・・・・・」

切実な様子を見せる顔、嘘を言っていないように見える彼の瞳。
その瞳を見て、四ノ原の言葉をふと、思い出した。

言葉よりも多くを語るものがある、それは瞳と手だそうだ。
真摯な人間ほど、それは手に取るように分かると彼は言っていた。

「・・・・・・分かった、信じる」
「・・・そうか」

凛生は、目の前の男が嘘をついているように見えなかった。
銃を下ろし、警戒を解く。

すると、後ろから凛生の背に隠れるように遥が男を見た。

「・・・その子は?」
「訳あって捜していた子だ、そしておそらくこの場の第一発見者・・・」
「・・・何があった?」

第一発見者という言葉を聞くと、桐生は視線を凛生から遥へと移す。
少し屈んで、彼女と目線を合わせてから、静かに問いかけた。

「私が来たら・・・、みんな・・・みんな・・・もう・・・」
「何しにここに?」
「お母さん探して・・・。 私、いろんなとこで・・・聞いて」
「お前・・・、名前は?」

桐生が名前を聞くと、遥は俯いた。
まだ恐怖が残っているのか、知らない彼に打ち明かしたくないのか。

「とにかく、ここを出るぞ」

桐生もそれを察したのか、追求せずに屈めていた背を元に戻す。
凛生の顔を見て、短く述べた。

確かに此処に長居するのは得策ではない、凛生は警官ではあるが、今はそれよりも遥の身の安全の方が優先だ。
凛生は桐生の言葉に静かに頷き、遥の体を抱き上げた。


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