黒バス長編

□桜花青天
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・・・──、鼓動が跳ねた。
外にいる事によって吹かれる風に、セミロングほどの黒髪がもてあそばれる。

じんわりと頬に熱がともる、手のひらにじっとりと汗を掻く。
視線が外せない、彼に他にも忙しなく練習をしている部員たちに目もくれず。

短いがゆえに立つ黒い髪の先から、伝った汗が行動に合わせて飛ぶ。
彼は周りの声を気に留めないかのように、黙々とボールを打ち続ける。

「・・・なんと、真摯な」

ダムダムとボールがドリブルし、キュッキュッとバッシュの地を蹴る音が響く。
けれど周りには目もくれず、ただひたすら彼を見つめた、ゴールに向かって打ち続ける彼を。

そして、そんな彼に近づいて会話する一人の男。
仲が良いのだろうか、親しそうに会話をしては、何かツッコミらしきものをもらっている。

その光景は微笑ましく、同時に羨ましくもあった。
いつか自分も彼のように話せれば良いのに、と淡い願望を小さく胸に抱き、彼女は視線を向け続ける。

季節は肌寒い冬、もうすぐ粉雪も降るだろう時期。
けれど体はそんな寒さなどを打ち消すように、熱さを体に灯らせた。

中学二年生の冬、初恋をした。
それもまさかの、一目惚れで。

そしてその初恋が、四年以上も続くという事は。
今の彼女では想像する事など、到底できなかった。



季節はめぐり、年が重なる。
時間が経つのはあっという間で、気が付けばもう高校の二年目の春を迎えていた。

あの時の初恋は、まだ蕾のままで開花しない。
蕾のままで、抜け出せない。

想いを告げて、叶うなら開花するだろう。
想いを告げて、叶わぬなら枯れ果てるだろう。

しかし、自分の中にあるその恋の蕾の結末は。
この四年間で嫌というほど、痛感していた。

目線の先では、想いを寄せる男が一人の女と話す。
その女は彼の想い人である、しかし彼女は彼の想いに気づかずに、一時期だが他の男と交際していた。

別れた後の関係は良好の様子を見せるが、お互いの心の内は分からない。
・・・とまあ、中々に複雑だ。

「星七」

名前を呼ばれて振り返る、視界に映ったのは春風に揺れてサラサラと踊る短めの黒い髪。
女顔負けの髪質を携えている、切れ長い少し特殊な目を持った男。

「伊月」

男の名前を呼んだ、四月を象徴する桜の花びらが風に乗って舞うのが見える。
まるで透明な風が桜色になったかのように、美しい。

星七と呼ばれた彼女は、自分の髪をそっと押さえる。
それが絵になって、伊月はしばし見惚れた。

「如何した?」
「え、あっ。 な、なんでもないよ」
「そうか、私に何用だ?」
「そろそろ新入生が来る時間だろ、だから勧誘の手伝いしてほしいんだ」
「あ、ああ! うっかりしていた、すまぬ!」

腕時計を見ると、確かに時刻はそうなろうとしていた。
向こうでただ部活動の事について話しているだけの二人に、日向とリコに切ない視線を向けていたせいで大事な時間を忘れていた。

星七は伊月が持っているバスケ部の勧誘チラシを半分ほどもらい、校門付近へと歩き出す。
それは、彼女を呼びに来た伊月も同じだ。

「水戸部とコガには別の場所でやってもらう話だから、オレと星七はこっちね」
「諾(だく)」

今はただ前を見る星七、その瞳はどこか切なく揺れている。
伊月は星七が見ていた方向、話し合っている日向とリコを見やった。

次いで、自分よりも頭半分ほど小さい星七を見る。
その瞳は、先ほどの星七と同じものだった。

(・・・オレじゃ、ダメか?)

どこかの恋愛ものの本に使われるような、テンプレートの台詞。
時折、見せるその瞳を見て、何度この言葉を吐きかけ、飲み込んだ事だろうか。

(お願いだから気づいてくれよ、日向ばっかり見てないで・・・)

彼女に恋慕を抱いてから、彼女を見つめ続けてきてから。
自分なりに必死にアプローチしてきたし、今でもしている。

何かと二人きりでの作業に持ち込んだり、バッシュなどのバスケ関係の買い物に誘ったり。
その他にも色々としているのに、当の本人は自分の想い人に夢中で気付いてくれない。

「星七・・・」
「ん?」
「・・・バスケ部、バ"スケット"なだけに"助っ人"募集中!ってどうかな!? キタコレ!」
「助っ人では意味なかろうが、黙れ伊月。 ちなみに15点」
「きびしっ!!」

伊月からすれば、きつい言葉を言いながらも星七は笑った。
それはもちろんダジャレに対してのものではないと、伊月も分かっている。

気休めかもしれないが、少しでも元気が出てよかった。
今の自分には、彼女に気付いてもらえない自分には、こんな事しかできないのだ。
不器用に、遠回しに、慰める事しか。

でもいつか、振り向かせる事ができたなら。

(もっと、いっぱい、笑わせてあげられるのに・・・)

確信でもなければ、自信なんてものもない。
けれど、今の現状よりは、させられると思ってはいる。

「伊月、この近傍(きんぼう)か?」
「・・・・・・」
「・・・伊月?」

そっ、と彼女の頬に手を伸ばして触れる。
まるで壊れ物を扱うかのように、ひどく優しく、どこかもどかしくも感じられた。

「ゴミでも付いていたか? こそばゆいぞ伊月」
「え? あ、ご、ごめん!」

どうやら無意識だったようで、星七の再度の掛け声で我に返る。
頬に触れていた手を引っ込めて、片手で抱えていたチラシを抱えなおした。

「で、なんの話だっけ・・・?」
「この近傍か、と問うたのだが」
「え、えーっと。 あ、うん、ここらへんだ」

キョロっと周りを見渡して、伊月は頷く。
あたりには自分たちと同じくして、新一年生を勧誘しようと力を溜め込んでいる多々の部活。

バスケット部はただでさえも部員が少ないのだから、せめて10人、最低でも5人は確保したいところである。

星七がそう意気込みするとほぼ同時、新一年生の姿が見え出した。
途端に一気に活気付く周り、可哀想な事に新一年生はほとんど前に進めていない様子がすぐに見える。

何処からか、ラッセルカー持って来いなどと叫んでいる声も聞こえた。

それに申し訳なさを感じつつも、自分も勧誘すべく声をかけ出す。
しばらく声をかけるのに夢中だったが、この混雑の中、星七は人に当たらずチラシを配っていた。

「・・・!」
「・・・あ、すみません」

しかしドン、と誰かにぶつかってしまった。
ぶつかった主は小さくだがしっかりと謝罪を述べて去っていく、視界がまるで空のような水色を捕らえた。

「あ・・・」

ふと、下を見れば生徒手帳が落ちている。
おそらく先ほどぶつかった新入生のものだろうと察し、星七はそれを拾うと水色を捜す。

「いた・・・」

まるで空気の如く存在感を感じさせない彼を見つけるのは少し手間取ったが、思ったよりもすんなり見つかったとは思う。

星七は彼を追いかけて、本を読んでいる彼の肩をたたく。
振り返った事でしっかりと見えた彼の顔を見て、星七は瞳を一瞬だけピクリと動かす。

「・・・!」
「・・・これを落としたぞ、君のだろう」
「あ・・・」

驚く雰囲気をかもし出す彼に、星七は言葉を吐いて差し出す。
自分の写真が入った生徒手帳を見て、彼は無表情に見える顔を少し返る。
男の子にしては少し大きい瞳が、少し見開かれた。

「ありがとうございます・・・」
「いや、私も先ほどは申し訳なかった。 しかし読書しながらの歩行は感心せんな、やめなさい」
「あ・・・」

星七は彼からヒョイっと本を取り上げると、しおりとなる紐を挟んで閉じる。
それから彼に返すと、彼は素直にすみません、と謝罪をした。

「バスケ部、なんですか?」
「ん? ああ、男子バスケット部だ」
「マネージャーの方ですか?」
「んー、まあ"それも"そうだ」
「?」

まるで何かと兼任しているような言い方に、彼はキョトンとした感じで首を傾げる。
しかしそこから先は、どうやら答えてくれそうにはない。

「あの、よろしければブースは何処にあるか教えてもらえませんか?」
「ああ。 この先を真っ直ぐ進むと右手側に茶髪で短い髪をした可愛らしい女子(おなご)が座っている、前髪に留めているヘアピンが目印だ。 その隣には眼鏡の地味な男子(おのこ)が座っておる」
(・・・やっぱり、この古風なしゃべり方)
「迷うことはないと思うが、念のためにこれも持って行(ゆ)くといい」

ピラリ、と持っているうち一枚のチラシを彼に渡す。
彼はありがとうございます、とバスケ部のチラシを受け取った。

「では、入部を待っているぞ少年」
「あ、はい」

踵(きびす)を返して、星七は立ち去った。
彼は彼女が去った方向を見やり、どこか悲しい色を瞳に染めた。

「・・・やはり、覚えてくれていませんよね」

まるで以前、彼女と何処かであったような言葉をこぼすと、彼も踵を返して目的地へと向かう。
着いても他の新一年生に必死のようで気付いてもらえず、テーブルの上にあった仮入部届けを記入して、その場を去った。

彼が去り、獰猛な虎のような新一年生から仮入部届けを貰い、そこでようやく気が付く。

「うわーなんでそんな金の卵の顔忘れたんだ私!!」

そして、そう叫ばれるのはもう少し先の話。

一方、人ごみを分けて進みながら、星七は元いた場所へと戻る。
戻ってきたら、伊月に何処に行っていたのかと、問われた。

どうやらイーグルアイでも捉えられない位置にいたようで、彼女がいついなくなったか分からなかったようだ。
それか勧誘に集中していたか、おそらくどちらも当てはまるだろうが。

「とある少年が生徒手帳を落としていってな、届けておった。 序(つい)で勧誘もしてきてやったぞ」
「そう、入ってくれそうだった?」
「んー・・・」

星七は顎に手を当てて、考える仕草をする。
頭に蘇るのは、先ほどの彼の顔。

「うむ、"もう大丈夫であろうからな"。 入ってくれると思うぞ」
「? どういう意味だよ?」
「いやなに、独り言だ」

どこか、あの少年を知っているかのような口ぶりで星七は答えた。
伊月はそれに疑問を覚えて聞き返すが、彼女は軽くはぐらかす。

(・・・よろしく頼むぞ、『幻の六人目(シックスマン)』殿)

ざああ、と暖かい春風が舞う中。
星七は彼が向かったブースを見やって、空を仰いだ。

それからもうひとふん張りだと意気込んで、まだまだ流れてくるようにやってくる新入生に声かけをしていく。
どこか星七の纏う雰囲気が変わった気がした伊月だが、深くは聞かずにおいて、自分も行動を再開した。

ガヤガヤと賑やかだった校内が静けさを取り戻し始めるのは、日が暮れだした時だった。





桜花青天
(それは桜が舞う、青い空の入学式)
 

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