龍如長編(零)

□淵源 - 巡逢 -
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突然できた、師と呼ぶべき存在。
凛生はその事実に多少ながら戸惑いつつも、四ノ原の元を訪れた。

後(のち)の連絡で言い渡された場所は、人気を避けるように造られたかのように見える小さな道場。
しかしあまりの小ささ故、下手をしたら神社とも取られかねない造りである。

「お、来たか」

戸を開け、中を見れば、そこには師となった男の姿が。

凛生はお辞儀をし、靴を脱いで中へと入る。
一歩一歩と進むたび、古さからかギシギシと床が軋む音をたてた。

「今日から、よろしくお願いします」
「おう、ビシバシやってやるから覚悟しておきな。
 俺はお前が女だからと言って、一切の手加減もしねえからな」
「むしろ嬉しい限りです」

四ノ原の言葉に小さく笑い、凛生は周りを見渡す。
都会にあるとは思えない木々たちが
、窓からこちらを覗いているのが見えた。

「お、なんだ。 お前にも笑顔ってのがあるんだな。
 そら、こいつに着替えてきな。 そこに個室があるからよ」
「・・・分かりました」

引っかかる言葉を放たれたが、あまり笑わないのは事実であるので、突っかからずに凛生は投げ渡された道着を抱えて、個室へ。
着替え終えると、荷物は隅に置いた。

「よおし、・・・それじゃあ始めるか!」
「はい!」

パキコキ、と。
関節の音を鳴らしながら、彼は言う。

凛生はそれにいい返事をした、が。
この道場に彼女の阿鼻叫喚が響きわたるのは、すぐの事であった。



季節は巡り、新たな春となった。
凛生は地獄とも呼べる特訓をしてきたおかげで、谷村に引けを取らなくなっていた。

いや、むしろ彼よりも実力は確実に上がっている。
卒業までの短い間で、凛生は何度か彼から白星を取れていた。

それに悔しいような様子を見せる谷村だが、肩を竦めてなんか強くなってきたなと彼女の実力を認めていた。

それから入隊式などを終えて、それぞれの所属に振り分けられる。
谷村は自分の父親と何かと関わりがあり親しかったという久井という人物に、生活安全課というところに引っ張られていくらしい。

凛生は四ノ原と馴染みが深いという人物の推薦で、組織犯罪対策部。
日本の警察組織の一つであり、主に暴力団や 銃器・薬物対策・外国人・国際犯罪対策を目的とする内部組織の事。
通称、マル暴への配属となった。

「・・・所属まで同じってわけはないか」
「当たり前だろう。
 ・・・はあ、これで世話係から外されて清々した」
「とか言っちゃって、本当は寂しいんじゃないのか?」

人を小馬鹿にしたように笑う谷村に、ひっそりと怒りを覚える。
だが、心なしか少しだけ寂しいと思ってしまう部分も事実であり、それが悔しいので睨む事で隠す。

「冗談だよ、睨むなって」
「・・・ふん」
「・・・ま、そっちでも頑張れよ」
「お前はサボるなよ」
「おっと、ヤブヘビだったか」

凛生の素直ではないが、的確な返しに谷村は肩を竦める。
もうこんなやり取りをする事も少なくなるのだな、と凛生は思いに耽る。

「まあ、もう会えないわけじゃないんだ。
 時間を見つけたら、亜細亜街にだって顔を出すさ」

ただ、一緒にいれる時間が少なくなっただけ。
凛生は自分に言い聞かせるように、心の中で繋ぐ。

「なんだ、俺の部署には来てくれないのか?」
「バカか? なんの理由もなく行けるわけないだろう」
「理由があったら来てくれるのか?」
「・・・行くほどの価値があればな」

あと、私に行ける権利があれば。
と、凛生は付け足して言う。

真っ当な正論に、谷村は頭を掻いた。
それを少々、訝しげな顔をして凛生は見つめる。

「凛生」

と、何かを言おうとした時に谷村の名前が呼ばれた。
少しばかり長話をし過ぎたようだ、休憩も終わり、各々の部署へと顔を出さなければならない時間だ。

すると、別の方向から凛生にもお呼ばれがかかる。
どうやら、彼とはここでお別れのようだ。

「行くか」
「・・・そうだな、凛生」
「ん?」

踵(きびす)を返して行こうとする凛生に、谷村が名前を呼んで引き止める。
凛生はそれに短く言葉をこぼしながら、顔だけを向けた。

「・・・俺がいないからって、変な男に捕まるなよ?」
「そうだな、できれば自分の性にあった先輩にご教授願いたいものだ」
「・・・・・・。 そうだったな、お前はバカが付くくらいの鈍感だったな」
「は?」
「はあ、・・・とにかく変な男とかに言い寄せられるなってことだよ」
「・・・私に言い寄る人間なんていないと思うけどな」
「素直にそこは返事しろ!」
「えっ? ・・・ああ、分かったよ・・・」

少しすごい剣幕で言う谷村に内心、怯えて返事をする。
それを見た谷村は頷いて、自分が行くべき方向へと消えていった。

取り残された凛生は、なんだったのかと思いながら、自分も行くべき方向へと今度こそ歩き出した。


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