龍如長編(零)

□淵源 - 鼓動 -
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お互いの過去を話し、また少し心の距離が縮まったと思う凛生。

揃って親がいないという事実に、多少なかれ驚きはしたが。
谷村が追っている(立場上まだ本格的にではないが)事件について、凛生は彼が歩み寄ってくるまで待つと決めた。

もし、彼が頼ってこなくとも。
傍にいて、多少の支えにはなれるだろう。

そこまで考えて、ふと気づく。
やけに谷村に肩入れをしているな、と。

(まあ、似たような境遇があるせいだろうな・・・)

だから放っておけないのだろう、凛生はそう解釈する。
頬杖をしながら考えていると、肩より少し下まで伸びた髪がサラリと手の甲を撫でた。

「そろそろ切るか」
「・・・なんだ、切るのか髪?」
「!」

独り言に返事が。
視線を髪から声の方向へ移すと、そこには先ほどまで思考を占めていた男の姿があった。

「ああ、髪は肩より上までと決めているんだ」
「ふーん、・・・短い方が楽だからか?」
「まあ、それもあるが。
  ・・・私はこの髪色があまり好きじゃないんだ、だから切る」

黒に染めようとも思ったのだが、特殊な髪色だから染めたらおかしくなるかもしれないと言われたから、短くしているんだ。
と、凛生は付け足して言った。

「・・・俺は嫌いじゃないけどな、その色」
「・・・・・・そう言ってくれるのは、嬉しいが」
「分かってるって。
 ・・・もし、気が向いたら伸ばしてみるのもいいんじゃないか?」

長いのも、案外似合うかもしれないぜ?
谷村はそう続けて、凛生の一毛を優しく撫でた。

それに、少し鼓動が跳ねた。
熱が頬に少しずつ集まるのが、なんとなく分かる。

「・・・考えとく」

それに気付かれないように、凛生はそっぽを向いて、短く言葉を返した。
手は離れたというのに、未だに治まらない鼓動に戸惑いながら。



学校を後にし、凛生は帰りにドラッグストアに立ち寄ろうと歩いていた。
そして悩んでいた、谷村との組手の事について。

(・・・最初の頃こそ、ほぼ互角の組手が出来てはいた。 だが、最近は私の黒星が多くなってきた・・・)

決して手を抜いているわけでも、実技に力を入れていないわけでもない。
だが差が開いているのは向き・不向き、才能という点もあるだろうが、何よりも男女の差というものだろう。

二年目となり、もうすぐ卒業を迎える直前。
そこで急激に増えてきた、黒い星の回数。

「・・・限界なのか?」

余った時間や休日にトレーニングを費やしても、この結果だ。
やはり男女の差がある以上、真っ向から挑んでも勝てる確率は低いという事なのか。

「──・・お前、強くなりたいのか?」
「・・・えっ?」

考えながら歩いていると、ふと耳を知らぬ低い声がくすぐった。
誰かと思い、その声のもとを辿っていくと、背が高く、少し体格もいい30代前後くらいの男性がいた。

「誰だ」
「おいおい、目上の人間にタメ口か?」
「・・・不審者に使う敬語など、生憎だが持ち合わせていない」

冬が終わりかけているとはいえど、まだ冷たい空気が凛生の頬を刺激する。
喋るたびに吐き出される白い息が、まだ寒い冬を実感させる。

「フッ、気が強い女だな。
 そんでもって今の自分に限界を感じている、強いが迷いのある目だ」
「・・・!?」

彼の台詞に、鼓動が跳ねた。
見透かしたような鋭い瞳を、疑心と警戒が入り混じった目で見つめ返す。

「・・・名乗り遅れたな、俺は四ノ原 紅一(しのはら こういち)。
 ちょっと前まで刑事(デカ)やってた者だ、ちったあ名前が知れてると思うのだが」
「・・・四ノ原?
 確かいつもやり過ぎで問題を起こしていたというあの?」
「ハハッ、そ。 "あの"四ノ原だ」

警察学校でも、少しは現役の刑事の噂などが入ってくる。
その中でも四ノ原 紅一という男は、逮捕に対して、犯人に容赦が無さ過ぎるという事で些か有名だ。
そして、その行動が目に余り、ついには辞表を出させる始末にまで至ったと噂に聞いた。

「まっ、俺も警察のぬるいやり方にはちょっと飽き飽きしてたからな。 これからはフリーの正義の味方ってことさ」
「・・・と、言うと?」
「早い話が万事屋やろうってことだ、・・・ちょっと過激な、な」
「・・・あなたの素性は分かりました、が。 どうして私に声を?」
「言ったはずだぜ、・・・"強くなりたいのか?"とな」

言葉を止め、男。
もとい四ノ原は眼光を鋭くして、凛生を見つめた。

威厳、とも言うべきなのだろうか。
なんとも言えないオーラに、凛生は金縛りに遭ったかのように動けない。

「警察のやり方には飽き飽きしていたとはいったが、あいつらのやり方がこれからずっと続くかと思うとそれも嫌でね。 だが、俺はもう警察の世界から追われた身、だから俺の代わりにやり方を直してくれそうな奴を探してたのさ」
「・・・それが私だと?」

突然の展開に、凛生は疑問を抱く。
どうして会った事もない、まだ学生の身である自分に声をかけたのか。

「ああ。 お前の噂は聞いてるよ、赤毛の警察学校生さん?」
「・・・やはり、そちらでも噂は通っているのですね」
「まあな。
 更には成績上位に常に食い込んでるんだ、そりゃ余計に目立つさ」

肩を竦めて、四ノ原は言う。
しかし次の瞬間には、また鋭い眼光を見せた。

「で、どうだい?
 俺がお前を強くしてやる、その代わりに俺の条件を飲んではくれないか?」
「・・・お断りします、と言ったら?」
「フッ、お前には断れねえよ。
 強くなりたいと思っている前に現れた好条件、そして俺の話を聞いたら、な」
「?」
「話が聞きたければ、ちょっと付き合ってくれねえか?」

得意気に笑う彼を見て、凛生は少し考えたあとに頷いた。
何やら、どんでもない話を聞く事になりそうだと、頭の片隅で思いながら。

そして、凛生が四ノ原について行く所を。
追いかけてきた谷村が目撃したという事は、彼女は気づかないでいた。


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