龍如長編(零)

□淵源 - 暗唱 -
1ページ/3ページ


あれから、凛生の容態もすっかりとよくなった。

凛生は谷村に言われたように、謝罪と礼を趙に伝えるべく、『故郷』へと足を向けた。
今となっては谷村なしでも行けるほど、この道は凛生にとって慣れ親しみ始めたものである。

「こんにちは、趙さんはいますか?」
「ん?
 ああ、凛生ちゃんいらっしゃい」

扉を開けると、店のキッチンに趙がおり、出迎えの言葉を凛生に向けた。
凛生も趙がいる方向へ体を向けると、彼に一礼をする。

「この間はご迷惑をおかけしました、本当に申し訳ございません・・・」
「はは、そんなに畏まらないでくれ。
 私は迷惑だとか、これっぽっちも思ってないんだから」
「・・・はい。
 助かりました、本当にありがとうございます」
「うん、そっちの方が嬉しいな」

せめてものお礼に、と。
凛生は少し高い菓子折りを趙に渡す。

彼が断れないように亜細亜街の子供たちと食べて欲しい、と添えて。
そうすれば、趙は苦笑いをして受け取ってくれた。

「悪いね、わざわざ」
「せめてものお礼です、お気になさらずに」

では、と足を返した時。
奥の部屋に通じている扉から顔を少しだけ覗かせている、2〜3歳ほどの少女と目が合った。

「・・・?」

以前、来た時にはいただろうか。
凛生は記憶をたどるが、思い出せない。

すると、気づいた趙が笑いながら少女に近寄り、優しく抱き上げた。

「まだ会ったことはなかったかな、私の娘のメイファだ」
「へっ? 娘さんがいらしたのですか?」

結婚指輪などといった物をしていなかったから、てっきり独身だとばかり思っていた凛生。
なので、予想外の真実に素直に驚いた。

「ああ、勘違いしてると思うけど、私は独身だよ」
「・・・!」

つまり、その先は理解した。
少女、メイファも亜細亜街に暮らす子供たちと同じなのだ、と。

「つい最近、この子を引き取ったんだ」

聞けば、亜細亜街(正確に言えば亜僑会)のほとんどの子供たちは親が強制的に本国へ送還されているだけだ。
しかし、メイファは親に捨てられたある意味、本当の孤児。

そこで趙が引き取った、との事らしい。

凛生は警戒と好奇心、両方を宿したメイファの瞳を見つめた。
目が合うとビクリ、と小さく震えた彼女を安心させるように微笑む。

「・・・・・・初めまして、メイファ」

と、そっと手を伸ばしながら挨拶を言うが。
果たしてメイファは日本語を理解しているのだろうか、そもそもまだ喋る事すら難しいのでは。
という考えに至った。

さて、どうしたら幼いメイファに自分は危険ではないと伝えられるだろうか。
凛生が伸ばした手をそのままにしながら考えていると、その手を小さなぬくもりが握った。

「・・・!」

凛生は驚いてメイファを見てると、彼女の小さな瞳には既に警戒の色はない。
目が合えば、メイファは花が咲いたように笑ってくれた。

「おや、メイファがこんなにすぐに誰かに懐くなんてな・・・」

これには趙も、些か驚いた様子をみせる。
とりわけ幼子は、警戒心が強いからだ。

「私やマーちゃんには心を許してくれるまで、2・3日近くかかったのになあ・・・」
「そうなんですか・・・」
「ああ、・・・抱っこしてみるかい?」
「えっ」

趙は言うのと同時に、凛生の腕にメイファをよこした。
凛生は少し慌てて、小さいその体を抱く。

すると、メイファはまた花が咲いた笑顔をくれた。

「・・・ありがとう、メイファ」

心を許してくれて、ほころぶ笑顔をくれて。
またひとつ、凛生にとってこの場所にくる楽しみが増えた瞬間だった。


次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ