龍如長編(零)

□淵源 - 抱擁 -
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あの日、谷村が『傍にいろ』と言ってからというもの、本当に彼は凛生の傍にいるようになった。

彼女が谷村の傍にいるというよりも、彼が凛生の傍にくる、そんな感じだ。

これといって、特別になった事はない。
ただ単純に、一緒にいる時間が長くなったという事以外は。

「・・・おい」
「んー?」
「重い、どけ」
「んー」
「聞いてないだろう、お前・・・!」

ああ、そうだ。
もうひとつあった、それはスキンシップ。

と言っても、手を繋いだり、頭を撫でたりなどの甘いものではなく、のし掛かりである。

今も実技のために柔軟をしていた凛生の背中に、自分の背中を押しつけてくる。

「これも強くなるためのひとつってことで」
「 ふ ざ け る な ! 」

明らかな嫌がらせの間違いだろうが、と心の中で忌々しく言う。
跳ね返そうにもこの男、全体重をかけてくるので、したくてもできない。

きっと後ろで反応を面白がってニヤニヤ笑っているだろう谷村が、簡単に想像できる。

ああ、殴りたい。
切実にそう思う毎日である。

しかし苛立ちこそあるものの、今となってはもう半ば諦めてしまっている。
これでは本当に、谷村の世話係じゃないかとため息をついた。

「幸せが逃げるぞー」
「逃がしている原因になってるのは誰だと思ってる」
「え、俺のせい?
 こんなイケメンが傍にいるのにそりゃないだろ」
「否定はしないが、自分で言うか」

ふざけて言っているのは分かっている、だが悔しいが事実なので否定はしないでおく凛生。
彼女は、いい意味でも悪い意味でも真面目なのだ。

「お、時間だな。
 じゃ、組手やろうぜ?」
「・・・ああ、今日も負けないからな!」
「悪いけど今日は俺が勝つさ」

なんだかんだと言いつつも、凛生はなんとなくこの時間が好きだと、最近になって思う。
谷村の傍にいるこの時間が、当たり前になってきている。

(悪くはない、と思っている自分も否定できないなあ・・・)

目の前で構えをしてこちらの出方を窺っている谷村を見て、そう思った。

あと、変わった日常と言えばもうひとつ。
よく亜細亜街に連れて行かれるようになった事だろうか。

今でも言葉の壁はあるが、街の人たちの表情などを見て、なんとなくであるが分かるほどにまではなった。
しかし、やはり言葉がわからないと何かと不安もあるので、隠れて勉強しているのは谷村には秘密だ。


そして、季節はもうすぐ冬だ。
雪が降ってもおかしくない寒さが、自分に容赦なく襲いかかる。

(・・・・・・冬は、嫌いだ)

自分の家族を、失くした季節だから。

冬が悪いわけではないが、どうしても気分が悪くなる。
これはもうトラウマによる生理現象だから、仕方ないだろう。

グイッと、首を包むマフラーを引っ張って息を吐いた。

「? どうかしたのか?」
「え、いや・・・別に」

すると、隣を歩いていた谷村に声をかけられる。
今は亜細亜街に行く途中なので、彼と一緒なのだ。

「・・・・・・」

谷村は何でもないと返した凛生を不信に見つめたあと、亜細亜街に通ずる狭い通路へと入る。
が、その足はいつもの道を通らない、つまり『故郷』へ行くための道を行かないのだ。

「? 谷村、『故郷』はあっちじゃ・・・」

ようやくこの複雑な道を覚えてきた凛生は彼の行き先に疑問を持ち、問いかける。
谷村はそれに足を止めて、振り返った。

「いや、今日はちょっと寄り道して行こうぜ?」
「寄り道?」
「ああ、ちょっといい場所に連れて行ってやるよ。 来いって」

疑問を抱く凛生の腕を引っ張り、彼は歩みを再開した。
凛生は凛生で為すすべもなく、ただ谷村に連れて行かれるがまま。

タンタン、と軽い鉄筋音を響かせながら階段を上がる。
上がり終えた先にはこの建物の屋上に行き着き、一段と冷たい風が体を撫でた。

「さむっ・・・!」
「けど、いい眺めだろ?」

ブルリ、と肩を震わせて小さく言う凛生に。
繋げるよう谷村が言葉を紡いで、視線を遠くに投げた。

凛生も釣られるように視線を向けると、確かに亜細亜街が一望できる景色に小さな感動を覚える。
かなり遠くではあるが、亜細亜街以外の街並みも目に入った。

「・・・そうだな、確かにいい眺めだ」
「だろ? 俺のお気に入りの場所なんだ」

肩を竦めながら、谷村は言う。
しかし、どうしていきなりこんな場所に連れてきたのか、と次には疑問が浮かぶ。

「でも、なんで私を此処に? しかも急に・・・」
「・・・別に何でもいいだろ、俺が急に来たくなっただけ」

疑問を投げる凛生に対して、谷村はまた肩を竦めながら答えた。
凛生より高い彼の目線は、少し長めの横髪に隠れてしまって覗(うかが)えない。

「お前にだってあるだろ?
 たまにはのんびりと景色でもなんでも見て、変なこと忘れたりとかさ・・・」
「・・・!」

その一言で、凛生は悟った。

きっと彼はこの頃、少しだけ自分の気持ちが暗い事を薄々感じていた。
だからせめてもの気晴らしに、と此処へと連れてきたのかもしれない、と。

凛生も凛生だが、谷村も谷村だ。
下手をすれば気付かれない、遠まわしで不器用な慰め方。

誰かがこの場にいたとしたら、似た者同士だと笑っていたかもしれない。

「そうだな、あったかもしれないな」
「だろ?」
「・・・しかし、こんな寒い日に来なくてもいいじゃないか」

寒いのは嫌いなんだ、と小さく続けてマフラーに顔を埋(うず)めた。
手袋をした手もコートのポケットに突っ込んで、寒さに耐える。

「・・・じゃあさ、」
「っ!?」

すると、グイッと強く引っ張られた。

なんだ、と思考が回る前に、体に回された腕。
背中には、固いが壁にはないぬくもりが。

簡単に言ってしまえば、凛生は谷村に後ろから抱きしめられたのだ。

「・・・どういうつもりだ?」
「お前が寒い寒いって言うから、・・・お前の風よけ兼俺の湯たんぽ代わり」
「・・・あ、そ」

反論する気もないのか、ぽすんと凛生は素直に谷村に体を預けた。
意外にも素直に受け入れた彼女に対して、谷村は若干驚くが、何も言わずに抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。

(誰かに抱きしめてもらうのって、久しぶりだな・・・)

最後にしてもらったのは、一体いつだっただろうか。
なんて、柄にもなく思い出してみる。

(・・・伊達さんに、助けてもらった時か?)

ぼんやりと、あの時の感覚を思い出して、気づかれないように頬を朱に染める。
でも、何故だろうか。

(伊達さんに抱きしめられた時よりも、・・・安心してる?)

伊達の時と、谷村の場合と。
妙に違う感覚が胸に宿る、違う安堵が体に広がる。

「・・・変なの」
「なにか言った?」
「・・・いや、独り言」
「あっそ」

ぎゅう、と腕に力を込められた。
彼も寒いのだろうか、と頭の片隅で考えながら瞳を閉じる。

とくん、とくん。
静かに聞こえる谷村の鼓動はひどく心地よくて、不思議と心が温まる。

彼の不器用な気遣いに、温まった心の中で感謝をしつつ。
久しぶりの抱擁に、凛生はまだ浸かっていたいと、谷村のブルゾンをそっと握り締めた。





抱擁
(・・・おい、起きてるよな?)(当たり前だ、こんな体勢で寝れるか)(んじゃ、そろそろ行くか)(・・・ん)

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