龍如長編(零)

□淵源 - 決定 -
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あれから、変に谷村に気に入られてしまった。
凛生はそう解釈している。

朝は時々だが凛生のクラスまでやってくる事があるし、昼休みは必ずと言っていいほど食堂で捕まる。
合同での実技の時は無理やり引っ張って行って、男女別だというのに組まされる始末。

そのせいで『交際しているのか』という噂が立ったが、凛生がそんな甘い雰囲気に見えるか。
と、真面目に問いたところ、沈黙が漂ったのですぐに消えたが。

(まったく、一体なんだって言うんだ・・・)

そう思いため息を吐きながら、実技のために柔軟をしている。
長座体前屈をグーっとやっていると、背中に重圧が。

振り向かなくとも、もう犯人は分かっている。

「ぐえっ・・・!」
「ぷっ、色気のかけらもねえ声!」
「たーにーむーらー・・・」

怒りと苦しみが混じった声で、凛生は重圧をかけてきた人物を呼ぶ。
谷村はそれを愉快そうに見てながら、笑って言う。

手や(果てしなく譲って)足で押すならまだしも、凛生の背に座ってきたのだ。
これは、怒りを覚えざるを得ない。

「どけ!重い!!」
「貧弱」
「黙れ・・・!潰すぞお前ぇ・・・!!」
「できるものならやってみな、今んところは俺の方が勝ち星多いぞ」

グググッ・・・、と攻防戦が繰り広げられる。
これを見ればこの2人が甘い関係とは、程遠いとすぐに分かってもらえるだろう。

「今日は私が勝つ!!」
「へえ、威勢だけはいいな」
「・・・本当に一々、苛立つ言葉を放つのだけは一人前だな」
「そりゃどーも」

実技の時間が始まり、組手が始まる。
中でもこの2人の組手はハイレベルであり、見本とされる事もザラだ。

しかし、本人たちにそのつもりはない。
本気でやっている事以外では。



そんなこんなで一年目の終わりが近づき、年が変わった。
年が明けて学校にくれば、一応クラス替えなるものがあるので、発表されている。

「・・・は?」

そして、凛生は目を疑った。

目をこすって何度見ても、自分の名前はそこにある。
見間違いだと思いたいのに、・・・谷村の名前も。

「よう」

ぬっ、と後ろから腕を回される。
視線だけそちらにやれば、そこにはニヤリと意地悪く笑っている谷村が。

「今年は同じみたいだな?」
「そんな馬鹿な、・・・なんの悪夢だ」
「ひっでえな」

カラカラと笑うこの男には、悪意しか感じられない。
これでは今年はもっと絡まれて、面倒な事になるのが目に見えている。

頭が痛くなってきた、と凛生は目頭を押さえた。


それからというもの、凛生はまるで谷村のお目付け役のようになってしまった。

教師からは何かと谷村関連の事を頼まれ、生徒たちからも然り。
時折、彼に好意を寄せている女子たちからの頼まれ事もあったりと。

凛生は早々から、変な苦労を強いられた。

「先生、私は谷村のお守役ではありません」
「・・・すまない榊、それは分かっているんだが」

今日も今日とて、頼まれていた。
凛生はそう言うと、目の前の教師も苦笑いで言う。

分かっているなら、やめてほしいと目で訴えるも。

「あいつ、お前には心をけっこう許してるように見えるんだ」
「懐いている猫みたいなものでしょう」
「猫ってそう簡単に人には懐かないだろう? だから、」

反抗で言ってみたが、まるでそれを取られたような物言いをされた瞬間。
肩に置かれた手と、何か意味を含んだ笑顔。

「お前は谷村の世話係だ、これは決定事項だからな?」
「は・・・」

一瞬、言われた言葉が理解できなかった。
ポカン、と情けない顔をさらしながら、凛生は間抜けな声を短く発する事しかできなかった。



理不尽な決定事項を強いられて、あまり日が経っていない頃合。
谷村が些か、おかしい事に気づいた。

いつもなら絡んでくるのに、今日はやってこない。
むしろ心ここにあらずというように、外を見てボーッとしている。

(・・・・・・なんだ?)

変に感じたが、彼も1人でいたい時もあるだろうとそっと見守っておく。

・・・その日、結局。
彼が凛生に絡んでくる事はなく、学業を終えた。

今日は確か、4月30日。
これといって何か特別な事がある日ではない、・・・谷村の私情を除いて。

(まあ、そこまで深入りするつもりもなければ、間柄でもないし・・・)

違和感を抱えながらも、それほど気に止めずに凛生は外を見る。
空は生憎の曇り空、それも今にも降ってきそうな暗雲。

(ご飯のおかずがないから、降られる前に行ってこよう)

傘を片手に、凛生は家を出る。
最寄りのスーパーへと歩いて行くと、行き交う人ごみの中で谷村を見つけた。

「・・・?」

顔は珍しく浮かない、地面を見つめながら歩いている。
ハッキリ言って、らしくない。

今の彼を言葉で表すなら、落ち込んでいる・思いつめている、といった感じだろうか。

(だとしたら、何に?)

深入りしないと決めているが、気にかけていないと言われれば答えは別だ。
もうすぐ雨が降りだしそうな天気に、彼は見たところ傘は持っていない。

なら、放っておく事はできないだろう。

あとを追おうと思い立った瞬間、ポツリと頬に当たる冷たい感覚。
まるでタイミングを図ったかのように、雨が降り出してきた。



谷村を追ってくると、彼は公園のベンチに座って雨に打たれていた。
なんとも近寄りがたい雰囲気だったが、凛生は意を決して近づき、そっと傘をさした。

「・・・!」

急に止んだ雨に驚いたのか、谷村が俯かせていた顔を上げる。
視線はすぐに、傘を差し出している凛生に行き着いた。

「・・・なんだ、榊か」
「ああ、・・・風邪を引くぞ」
「そんなにヤワじゃないさ、・・・それに今は雨に打たれたい気分なんだよ」

空を見上げながら、乾いたように笑う。
彼の顔は、髪は、体は。
雨でビジョビジョだというのに、彼は乾いている。

「よく言うだろ、水も滴るいい男って」
「自分で言うか。 ・・・なら、私も付き合おう」
「は?」

パチン、と傘を閉じて凛生は隣に座る。
思いのほか強い雨の粒は、容赦なく凛生にも降りかかった。

「ちょ、おい。なんでお前まで・・・」
「私もお前を見てたら打たれたくなった、それだけだ」

少し慌てる谷村に対して、凛生は淡白に返す。
降り注ぐ雨は長めの凛生の前髪を垂れさせ、表情を隠している。

それ以降は口を閉ざし、谷村も喋る気分ではないのか、口を閉ざした。
特に会話を交わさないまま、2人は雨に打たれ続ける。

そんな2人を好奇の目で見る通行人はチラホラいたが、気にしなかった。

「・・・おい」
「ん?」
「行くぞ」
「・・・何処にだ」
「『故郷』だよ、こんなに濡れちまった女を放置できるか」
「ほう、私はお前に女として認識されていたのか、意外だな」
「馬鹿言ってないで来い」

グイッ、とやや乱暴に腕を引かれて立たされる。
ざわめく人ごみを掻き分け、亜細亜街へと連れて行かれた。

以前、通った道らしき所を迷う事なくスイスイと進み、行き着いた『故郷』。
中に入ると趙が驚きに瞳を丸くすると、すぐにタオルを用意してくれた。

「すみません・・・」
「いいよ、女の子が体を冷やすのは良くないからね。 ・・・奥を使うといい、私は厨房にいるから用があったら来てくれ」
「悪いな」

趙に言われ、谷村は頭にもらったタオルを乗せて、凛生の腕を引っ張っていく。
奥と言われた場所に行けば、おそらくこの店の事務室だろう場所に入った。

谷村に引かれたまま、ソファーに腰をかける。
それから、無言がこの場を支配した。

「・・・・・・訊かないんだな」
「え?」
「俺がなんであんなことしてたのか、とかさ」
「訊いてほしくもないのに促してくるとは、とんだヒネクレ者だな」

頭を拭きながら凛生は視線を前に向けて、言葉を放つ。
いつもの様子がない谷村に調子が狂うと心の中で悪態をつきつつ、また口を開く。

「私は無理やり嫌がる奴から理由を聞き出すほど悪趣味ではないし、知人の事情に首を突っ込むほどお節介でもない。
 お前と一緒に雨に打たれたのは気まぐれで、たまたまお前を見つけたからだ。それ以外に理由なんてない、これはそう・・・成り行きってやつだ」

一生懸命に、凛生は自分は気にしていないと言うような言葉を選ぶ。
谷村自身が何をしていようと、自分の勝手だから気にするなと言うような言葉も添えて。

思いのほか不器用な彼女の言葉に、谷村は思わず小さく笑った。

「笑ったな・・・?」
「クッ、怒ったか?」
「いや、そっちの方がいい。
 肩を落としている谷村なんてらしくないし、・・・正直言って気持ち悪い」
「 な ん だ と ? 」
「いふぁっ!」

聞き捨てならない言葉があったので、タオルの中から顔を出して凛生の頬を摘む。
グイーッと餅のように伸ばした時の彼女の顔が非常に変で、肩を震わせてまた笑った。

「っ、あはは! ブッサイク!」
「〜っ! いい加減に放せ!!」

笑った事で緩まった谷村の手を払い除け、ジンジンと痛みが広がる頬を押さえる。
それから谷村を見て、どうやらいつもの彼に戻りつつあるようだと少しだけ安堵した。

「やっぱりいつものお前じゃないと調子が狂うな、なんて言うんだろう・・・」
「ククッ、・・・ん?」

突然、ボソリと何かを言った凛生に谷村は笑うのをやめて、彼女を見る。
顎に手を当てて考えてる事、数秒ほど、小さく声を上げた。

「・・・そうか、"寂しかった"のか」
「寂しかった?」
「いつもの谷村がどこかに行ってしまったみたいで、・・・寂しかったんだな、うん」
「・・・へえ〜?」
「え?」

彼女の言葉を聞いて、ニヤニヤと笑う谷村。
凛生はそれに疑問を浮かべ、ハッとした顔つきになった。

「まさか声に・・・」
「出てた出てた、寂しかったんだな〜?」
「・・・もういい、帰る」

このままいじられるのは御免だ、と言うように立ち上がる。
しかしそれを谷村が止めた。

「服、そんなんで帰るつもりかよ?
 あと晩飯くらい食ってけよ、趙さんもそうすると思うし」
「これ以上は世話になれない、前とは事情が違うんだ」
「あー、もう!お前ってホントにめんどくせえ!」
「はあ!?」
「だから、・・・その・・・もう少し傍にいろってことだよ、察しろ鈍感!!」

立ち上がった凛生の腕を掴んだままだった状態から、無理やり座らせて凛生の頭にタオルを被せて乱暴に掻く。
ここまで言われてしまうと何も言えないので、凛生はとりあえずなされるがままだ。

「・・・お前、鈍いって言われるだろ?」
「動きは・・・、俊敏な方だと自負しているが」
「はい決定、お前は鈍い」
「いたっ!」

パシッ、と乾いた音をたててタオルの上から軽く叩かれる。
そのままガシッ、と掴まれた。

「もうひとつ決定、・・・俺の傍にいろよできる限り」
「は?」
「理由は訊くなよ、いいな?」
「待て待て、こればっかりは私が関係しているから訊く「いいな?」

頭を掴まれている手に力を入れられ、押さえつけられる。
正直を言って首が痛い、と心の中で訴えた。

谷村はそれ以降は言葉を発する事はなく、凛生の髪を拭き始める。
それが変に心地よくて、凛生はゆっくりと瞳を閉じた。

・・・僅かに朱に染まっている、谷村の頬を見る事のないまま。





決定
(訊かないでいてくれる事が嬉しかった)(傍に居てくれた事が嬉しかった)(これからも居てほしいと、らしくもなく思った・・・)

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