龍如長編(零)

□淵源 - 邂逅 -
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忙しく、過酷な日々の中で久しぶりの休み。
凛生はその日、買い物へと繰り出していた。

(えーと、まずはスーパーに行って買い物してこよう・・・)

と、チラシが入っていたスーパーを思い浮かべながら、凛生は歩いて行く。
すると、前方に顔だけ知っている噂の男が路地へと入っていくのが見えた。

(・・・何処に行くんだ?)

興味半分で彼の入っていった路地を覗けば、少し古ぼけた雀荘の看板。
そのすぐ下の入口へと入っていく姿を見た、つまりそういう事だ。

(・・・無類のギャンブル好きっていうのは、本当だったのか)

留まる事を知らない、彼の悪い噂。
そのうちの1つはどうやら、本当のようだった。

(・・・仮にも警察の卵がそんなことをしていていいのか?)

まあ、自分には関係ない話だが。
彼があまりとやかく言われない理由としては、まずは確信たるものがないため。

そして座学・実技ともども成績優秀であり、学校ではそこまで目立った悪い素行をしていない。
もしかしたら妬みを買っている人間が流したデマかもしれない、という可能性もあるからだ。

(・・・大した努力もしていないのに常に上位の成績、これが天才というやつか)

冷めた目と思いで凛生は彼、谷村が消えていった雀荘を見つめて、足を返す。
余計な時間を過ごしている暇はない、用事を終えたら走り込みなどをしなくてはならない。

自分は彼と違って、ただの凡人なのだから。

そう思う時点で、自分も彼に妬みを持っている人間の1人か。
と、自重しながらその場を静かに立ち去った。



買う物も買い、凛生はトレーニングウェアに着替え、その上に寒いからとパーカーを羽織る。
熱くなったら脱いで腰にでも巻けばいい、と思いながら準備運動をして、走り出した。

しばらく走っていると羽織っていたパーカーを脱ごうと、公園の入口手前で立ち止まる。
すると、公園の中で子供たちが何かしているのが見えた。

1人の女の子を、複数の男の子たちが囲っている。
様子からして、遊んでいるというわけではなさそうだ。

「いじめ、か・・・」

自分も幼い頃、この髪が原因でいじめられたいた。
その気持ちは、痛いほど分かる。

「悔しかったら日本語はなしてみろよヨソモノー!!」
「・・・っ、・・・!」
「コラ!やめなさい!!」

凛生はいじめている男の子たちに駆け寄り、眉間に皺を寄せて言い放つ。
その瞬間、彼らは蜘蛛の子を散らすように走り去っていった。

「・・・まったく。
 君、大丈夫かな?」

そっと膝をついて、安心させるように微笑む。
顔についていた泥をそっと拭ってやり、問いかける。

『ありがとう・・・』
「・・・え」

放たれた言葉に、凛生は小さく声をあげた。
小さく小さく紡がれた声は、聞き慣れた日本語ではなく、何処かの国の言葉。
困った事に確実に、英語ではない。

(ど、どうしよう・・・)

先ほどの男の子たちが『よそ者』と言っていた意味を理解し、凛生は背中にひんやりと汗を流す。
英語なら喋れるが、それ以外はまったくなのだ。

しかし、まだ伝えられる方法は1つ残っていた事を思い出す。

「ま、待ってて・・・?」

それは、体を使ってのジェスチャーだ。
此処にいて、とジェスチャーを数回すると、その子も分かったのか小さく頷く。

凛生はそれを確認すると、近くの水道へと走って持っていたハンドタオルを濡らす。
しっかりと絞ってから少女のもとへと戻り、傷口を丁寧に拭いていく。

もし自分が転んだとき用にと持ってきていた救急セットをウエストポーチから取り出して、手当をする。

「これで大丈夫、かな・・・?」

首をかしげてそう言えば、言葉は分からなくとも意味は伝わったのか。
少女は安心したように、破顔した。

それにホッと息をついた時。

『あ、マーちゃん!』
『おう、怪我は大丈夫なのか?』
『うん、このお姉ちゃんのおかげで痛くないよ!』
『そっか、・・・よかったな』

目の前の少女が嬉しそうに言葉を発したかと思えば、後ろから別の声が。
その声は徐々に近づいてき、少女と会話を重ねる。

「悪かったな、うちのが世話になったみたいで」
「・・・!」

しゃがんだままだった体勢から降ってきた、軽い衝撃。
視線を少し上にずらせば、そこには少し前に見かけた谷村の姿があった。

「・・・いや、別に。
 ・・・この子、お前の妹か?」
「いや、ちょっとうちで面倒見てる子の一人さ。
 まあ、俺にとって妹みたいなもんだから、あながち間違ってもないけど」
「・・・そうか」
「電話でさ俺が世話になってる人からコイツがいなくなったってかかってきて、捜してたんだ」
「・・・で、この場面に出くわしたと」
「ああ」

なんとなく邪魔しちゃ悪い気がして、出るタイミング測ってた。
と、付け加えてから、傍に駆け寄った少女と先程の言葉を交えて話している。

おそらく怪我の原因を聞いているのだろう、・・・多方、予想はついていると思うが。
証拠に、先程からやや険しかった顔が、より険しくなっていくのがすぐに分かった。

「どうやら手当て以外でも世話になったらしいな」
「大したことはしていないさ、・・・私はもう行く」

谷村のすぐ傍にいる少女にまたね、と手を振ってランニングの続きをやろうとした。
だが、それは足にしがみついた何かによって妨げられた。

「・・・え」

視線をずらせば、そこには少女が。
ニッコリと笑って、凛生の足にしがみついていたのだ。

凛生は少し固まったあと、助けを求めるように視線を谷村へと移す。
しかし彼は小さい笑い声を噛み殺しただけで、助ける素振りは見せない。

「どうやらコイツはお前が気に入ったみたいだぜ?」
「は?」
「礼も兼ねたいからちょっと付き合えよ」
「待て待て、私は礼が欲しいからしたわけじゃなくてだな「いいから来いって!イメージ通りに堅い奴だな!」

グイッ、と。
やや乱暴に腕を掴まれて、引っ張られていく。
引っ張られていない片方は、少女に手を繋がれて、同じ方向へと。

(こっちの通路は確か・・・)

亜細亜街、と呼ばれる区域に繋がっていたはずだ。
色々な言語が飛び交う事で有名で、言葉が分からないからと必要以上に近寄っていなかった。

しかも、道はかなり複雑とも噂に聞いていたので、下手に入って迷子になったらという不安もあった。

(・・・・・・何処だここ、むしろこれは道なのか?)

複雑、というよりも変。
道とは言い難い道を、先程から通り続けている。

厨房だの、何処かの店の非常通路だの。
訳の分からない道を、ただ引っ張られていく。

あれよあれよ連れて行かれ、行き着いた先は『故郷』と書かれた店。

『ああ、マーちゃん。
 見つかったのか、ありがとう』

中にいたのは少々、小太りな中年男性。
男性も先程と同じ言語を放つと、少女と会話をし始める。

きっと怒っているのだろう、そして少女は謝っているのだろうと察する。

『大目に見てやってよ、反省してるみたいだしさ』
『まったく、怪我のことも想像がつくよ。 マーちゃんが助けてくれたのか?』
『いや、俺じゃなくて彼女』
『ん?』

クイ、と谷村は首を使って凛生の存在を彼に知らせた。
谷村のやや後ろにいた凛生は、彼によって背中を押されて、前に出される。

そこでようやく、凛生と男性の視線がかち合った。

『・・・へえ、美人な人じゃないか。 マーちゃんの好みっぽいな』
『まさか、俺はもっとフラットな女がタイプだよ』
「・・・・・・」

何か、失礼な事を言われた気がした。
女の勘がそう告げたので、凛生はそれに従って谷村の脛を蹴った。

「いって!何すんだよ!?」
「いや、なんか失礼なことを言われた気がしたから」
「・・・・・・変に勘が鋭い女だな」
「ということは、言ったんだな?」
「いて!? おいコラ何度も蹴るな!地味に痛いだろ!!」

ゲシゲシ、と下らない攻防を繰り広げていると、しばらく蚊帳の外だった男性が声を上げて笑った。
その笑い声に、2人は我に返って男性を見る。

「ハハハ、随分と面白い人のようだね」
「・・・! 日本語・・・?」
「ああ、私はしゃべれるよ。 ちょっとカタコトだけどね」

確かに独自のニュアンスはあるが、特別に聞き取りにくいというわけではない。
これだけ流暢に喋れれば、むしろすごいと感心する。

『どうぞ』

それから男性に促されてカウンターに座ると、あの子がお茶を置いてくれる。
ありがとうという意味を込めて微笑み、頭を撫でた。

『お前は外に行っておいで、今度は勝手にいなくなるんじゃないぞ?』
『はーい、またねお姉ちゃん!』

手を振ってくるので、少女は行くのだろう。
凛生も彼女に手を振って、いなくなった方向を見つめた。

それから視線は、置かれたお茶へ。

「この店、自慢の中国茶だ。
 そのへんのやつとは味が違うぞ」
「へえ・・・」

つまり、本場の味というわけか。
凛生はそう思い、いい香りが漂うお茶を口に含んだ。

「・・・本当だ、そのへんとは比べ物にならないくらい美味しい!」
「ハハ、それは嬉しいね。
 私の名前は趙だ、お嬢さんのお名前は?」
「へ? お嬢さ・・・?
 えっと・・・榊凛生、です・・・」
「ぷっ、もしかして照れて・・・いって!」

凛生の様子を見て、小さく吹き出した谷村。
そんな彼の脇腹を目掛けて、チョップを喰らわせた。

「こっの、暴力女・・・!」
「うるさい不良警察学生」
「なんだ、随分と仲がいいじゃないか」
「「どこが!?」」

趙の言葉に見事にハモリ、そろって彼を見た。
そんな2人を見て、そういうところがだよ、と彼は笑って返しながら、料理を再開する。

何か言いたかったが、またハモってしまいたくないので、同時に黙る。
趙はその様子をチラリと見て、心の中でまた小さく笑った。



それから趙からご馳走を受け、談話を交えた。
夕方になる頃、凛生は谷村に送られながら、亜細亜街から大通りに出る道を歩いている。

「・・・今日は、ありがとう。 色々とご馳走になってしまって」
「ん?
 別に礼はいらないだろ、むしろ言うのはこっちの方だし」
「・・・・・・やったこと以上のものをもらってしまった気がしてならない」
「気にするなって、本当に真面目だなめんどくせえ・・・」

聞き捨てならない単語があったが、反論するより先にガシガシと乱暴に頭を撫でられた。
思っていたよりも大きなその手は、意外にもゴツゴツとしており、また無数の・・・。

(マメがいっぱいある、な・・・)

頭から離れた瞬間に見えた、おびただしいマメと剥けた皮膚。
それらは彼が隠れて努力していた、証であり、動かぬ証拠。

その瞬間、凛生はあの時に思った事が恥ずかしくなった。

「谷村・・・」
「ん?」
「・・・すまなかった」
「は?」

突然、頭を下げられ、謝罪の言葉を口に出す凛生。
当然だが、谷村はそれがどんな意味なのか、分かるはずがない。

「噂だがお前の外での素行は褒められたものではないものばかりだった」
「・・・どういう噂かは大体知ってるけどさ、それが?」
「それで勝手に、私はお前は天才という類だから努力なんてしていないのだろうと、・・・少し妬んでいた」
「・・・・・・」
「でも、違ったんだな」

グイッ、と。
谷村の手を自分の方へと引き寄せ、手のひらを返す。

上に向けられた手のひらは、お世辞でも綺麗とは言い難い。
ペン豆もできているあたりでは、勉学でも余程の努力をしているのだろうと分かる。

「要領はいいかもしれない、でも努力していた。
 人の見ていない影で、・・・そしてそれを公言することもしない」
「まあ、したって意味がないし、自慢するものでもないだろ?」
「・・・ああ、お前は思っていたよりもいい奴で、優しい奴だったんだな」
「急に何? 褒め殺し?」
「違う、素直に思った感想を述べただけだ。
 お前が外で手を汚すわけも、・・・なんとなく察しはついた」

掴んでいる手をそっと握り、絡ませる。
その行動は実に優しく、絡まられた指は温かく、繋いでいる手は思っていたよりも小さい。

「お前のこの手は、たくさんの努力を積み、たくさんのものを護ってるんだな・・・」

最後にキュッ、と力を込めてから離す。
後ろを振り返れば、そこはもう大通りに出れる所だった。

「ああ、ここからなら道は分かる。
 ここまで送ってくれてありがとう、私は行く」
「あ、ああ・・・」
「・・・また明日、学校でな」

会うかは分からないが、と付け足して。
凛生は軽く手を振ってから、背を向けた。

谷村は凛生がいなくなるまでその背を見つめ続け、握られた手を握る。
それから照れくさそうに頭を乱暴に掻いて、『故郷』へと戻るべく歩き出した。

・・・らしくもなく、明日から学校が楽しみだと思いながら。





邂逅
(オース)(・・・・・・待て待て待て、お前のクラスはここではないだろう)(別にいいだろ来たって)(意味が分からないわ!)

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