龍如長編(肆)

□ 伝承 -対話-
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二人は女性、もとい冴島靖子を連れて、埠頭から亜細亜街の『故郷』まで戻ってきた。
この亜細亜街は簡単には入れない区域、彼女を匿うには絶好の場所だ。

戸惑う彼女を店の椅子に座らせ、外からパトカーのサイレンが聞こえるのを聞く。
それを聞いた趙が「近くに警察がいるみたいだな。 今夜は外には出ない方がいい」と告げ、谷村は静かに頷いた。

「この店は俺がアジトのように使ってる店だ。 警察とは繋がってない、安心しろ」

谷村は自分の前に座って顔を俯かせている靖子を落ち着かせるように告げ、凛生は一つ隣のテーブル席でそれを見守る。
この会話に、自分は入ってはいけないと思ったからだ。

靖子は「どうして・・・・・・どうして、私のこと匿うようなこと・・・・・・?」と、谷村に問いかける。
彼はその問いにはすぐに答えず、趙に首でジェスチャーし、彼は用意していた中国茶を靖子と谷村、隣のテーブルにいる凛生の三人分を置いて下がった。

「この店特製ブレンドの中国茶だ、その辺の適当な茶とは味が違う。 な?」
「・・・そうだな。
 私も気に入っています、どうか飲んで一度、落ち着いてください」

谷村が差し出された中国茶の評価を述べ、凛生に同意を求める。
凛生もそれに頷き、靖子を安心させるように言葉を紡いだ。

「・・・・・・あなたたち、警察の人なんでしょ?」
「・・・・・・そうだ」
「さっき柴田が話していたこと・・・・・・聞いてたんでしょ」
「ああ、聞いてた」
「・・・・・・じゃあ、どうして」

だが、当然とも言うべきか、彼女はそうはいかずに先程の問いを続けてきた。
靖子の言葉のひとつひとつに頷き、肯定する。
淡々と肯定される自分のしてきた事を知っていてなお、匿う真似をする谷村と凛生にただ困惑しているのだ。

「簡単だ。
 俺と彼女は"生活安全課"の刑事だからだ。 殺しは専門じゃない」
「でも・・・・・・」
「それに、例えアンタが殺人をやっていたとしても、俺たちにはアンタを捕まえる事ができないんだ」
「殺人の証拠がない以上はそれらが揃うまで身柄を拘束するのが精々、現段階だと立証できませんから」
「・・・・・・まあ、任意同行につきあってるくらいに思っといてくれ」

靖子の疑問に谷村、そして凛生が答える。
この程度の質問になら、口を出しても問題ないはずだと思って、凛生は答えに応じた。

「どうして、私の身柄を・・・・・・?」
「・・・・・・」
「あなたたちの、いえ・・・あなたの目的はなんなの?」

靖子は一瞬だけ凛生を見ると、複数形だった名詞を単体として発し、谷村を見据えた。
自分に用事があるのは凛生ではなく、谷村だけだと感じ取ったからだろう。

そして、ここから先の会話は立ち入ってはならない。
凛生自身もそう感じ取り、どこか疎外感を抱きながら、口を結んだ。

「・・・・・・俺はずっとアンタを捜していた。 十年前からずっとな」

谷村はそう小さく紡ぐと、靖子の前に古びた手帳のあるページを開いて見せた。
靖子は出された手帳を少しだけ驚いた様子で見つめ、谷村は説明のために口を開く。

「今から二十五年前、1985年4月30日。
 ・・・・・・アンタは俺の親父と会う予定になっていた」
「・・・・・・」
「この日の夜・・・・・・、親父は荒川から水死体となって発見された」
「え!?」
「冴島靖子さん。 ・・・・・・刑事としてじゃない。
 父親を殺された一人の男として、アンタに聞きたい。
 ・・・・・・あの日、アンタは親父と何を話したんだ、教えてくれ」

谷村が自身の目的を話すと、靖子は「そう、あなたがあの刑事さんの・・・・・・」と小さく呟くように言う。
まさか知り合いの刑事の息子と話す事になるなど、思ってもみなかった事だろう。
さらに言えば、まさか殺されていたという事実も。

「親父が殺されたあの日、アンタは親父と何を話したんだ」
「・・・・・・何も。 ・・・・・・あの日、待ち合わせの場所に、あなたのお父さん。 谷村さんは現れなかったんです」
「親父は来なかった?」
「ええ。
 ・・・・・・あの日は昼過ぎに神室町の喫茶店で、谷村さんと会うことになってました。
 でもその日の朝、谷村さんから電話で『少し待ち合わせの時間を夕方に遅らせられないか?』って連絡があって」
「夕方に。
 ・・・・・・理由は?」
「良く覚えていないんですが、谷村さんはこういってました。
 『あの事件、実行犯は君のお兄さんだが、真犯人は別にいる。 あと少しで証拠が入るから待ってくれ。』と」
「真犯人!?
 やっぱり親父は真犯人を突き止めていたのか・・・・・・」

靖子から発せられた真犯人という単語に、谷村は驚きながらも腑に落ちた顔をする。
父親が殺されなければならなかった理由が、明確となったのだから。

「あと、最後にこう言ってました。
 『靖子さん、この事件は極道同士の抗争なんかじゃない。 ・・・・・・もっと"強大な力"が生み出したものだ。 君も身の回りには気をつけたほうがいい。』・・・・・・って」
「強大な、力・・・・・・?」
「谷村さんの言葉の意味は分かりませんでした。
 ただ私は、その日谷村さんが待ち合わせに来なかった後、怖くなって神室町から逃げ出したんです」
「・・・・・・そうか。 そんなことが」
「やはり、あなたのお父さん・・・・・・谷村さんは、あの事件が原因で、誰かに・・・・・・」
「そうだろうな。
 ・・・・・・ただ、アンタの話を聞いて、今までモヤモヤしていたものが少し晴れた」

谷村の言葉に、靖子は「え?」と、驚きの言葉を短く発する。
あんな曖昧な話のどこに、彼の心を晴れさせる内容があったのか、分からなかったからだろう。

「今まで俺は、親父を殺したのは東城会、もしくは上野誠和会の人間だとばかり思っていた。 だがどこかで引っかかっていたんだ」
「引っかかる?」
「ああ。 警察殺しってのは、警察という組織の中では特別なものでね。
 身内が殺されたって面でも、世間的な体裁って面からも徹底的に調査を行うんだ。
 ・・・・・・だがウチの親父は、明らかに"他殺"と分かるものだったのに、事故死と認定された。 ・・・・・・あり得ない」
「ひょっとして谷村さんは、谷村さん自身が25年前に言ってた『強大な力』によって殺されたと・・・・・・」
「・・・・・・もしかすると親父は事件を調べていくうちに、もっと別の大きな何かを知ってしまったのかもしれない」
「もしそんなことが本当にあるとしたら・・・・・・怖い話」

谷村の憶測を聞いて、靖子は呟くように言葉を紡いだ。
次いで、谷村は下げてしまった顔を一度上げて、彼女を見据えて口を開いた。

「・・・・・・ところで靖子さん。
 あなた、どうして25年も経った今、この街に帰って来て、柴田組の人間に手をかけるようなことをしているんだ?」
「・・・・・・」
「兄貴の事が関係しているんじゃないのか?」
「・・・・・・」

谷村が核心を突くような言葉を口にすると、靖子は口を閉ざした。
続けて質問を投げても、彼女からは何も言葉を発せられない。

「安心しろ。
 ・・・・・・例え俺に真相を話したところで、警察は動きゃしない。
 俺の言った事を信じてくれる上司なんて、ウチにはいないからな」
「安心してください。
 私は今回のことは決して誰にも話しませんから」
「・・・・・・」
「・・・・・・教えてくれ」
「・・・・・・上野誠和会の葛城って人に言われたんです」

谷村と凛生が安心させるように彼女に言葉を投げると、長い沈黙の後、ようやく彼女は語りだしてくれた。
内容は「1億用意するか、ある人間を殺せば、お前の兄貴を助けてやる」というもの。

つい数ヶ月前の事だった。
千葉の片田舎で暮らしていた靖子のもとに、東京で刑事をしているという人間から連絡があった。
「貴方のお兄さんが助かるかも知れない。 是非、会って欲しい人がいる」というもの、警察からの連絡という事もあり、信用した彼女はすぐに神室町へと向かった。

その相手が、葛城だったのだ。

葛城は言った。
「自分は25年前の事件の時、現場にいた被害者だ。 自分が冴島が犯人ではないと証言すれば、あの事件の裁判は再審理に持ち込める。 そうすれば冴島大河は助かるかも知れない」と。

「その条件が1億用意するか、殺人の手伝いをするかだったと」
「ええ。
 ・・・・・・でも私には1億円なんてお金、用意する事はできない。 だから・・・・・・」
「人を殺した、と」
「・・・・・・」
「で、どうして葛城は「柴田組」の関係者ばかりをアンタに殺させたんだ?」
「私が殺した人たちが柴田組の関係者だということは知らされていませんでした。 ・・・・・・でも」
「でも?」
「『貴方のお兄さんの無実の為にも、特定の人間を排除しなければならない』と葛城は言ってました」
「特定の人間を排除、か」
「今思えば葛城は、私に25年前の事件の真相を知っている人間の口封じをさせたんだと思います」

靖子は今更になって、自分がしてきたことであろう事を述べる。
つまり、早い話が自分は兄の無実を餌に、葛城にいい様に利用されていたという事だ。

「ふぅ〜、・・・・・・なるほどな。 これで一つ見えてきたな。
 二十五年前の事件、葛城と柴田は裏で繋がっていた。
 恐らく、柴田は二十五年前の事をエサに、今も葛城を脅していた」
「・・・・・・だから、葛城と協力関係にあった"新井"に殺された?」
「だろうな」

谷村の言葉から予測して凛生が答えを述べると、席を立ちながら谷村は頷く。
静かに聞いていた趙も、自分も同じ考えだと言わんばかりに頷いた。

「冴島大河が行った『上野吉晴襲撃事件』には、もっと裏があるはずだ」
「・・・・・・」
「問題は、どうしてあの新井が葛城と手を組んだのか、だ・・・・・・」
「まさか、この前起きたあの抗争事件ってのも・・・・・・!!」
「ああ、最初から仕組まれたモンだった可能性が高い。 あの二十五年前の事件と同じようにな」

谷村が結論を出すと、靖子は彼に向けていた顔を下げた。
話を聞いていて、彼女もきっと思うところがあったのだろう。
凛生から見た彼女の顔は、とても複雑な表情が感じ取れる。


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