龍如長編(肆)

□伝承 -巡合-
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夜遅い埠頭、耳には静かな波の音が入る。
だが、その波の音を立てる海の夜景をのんびりと眺めている暇などはどうにもなさそうだ。

自分たちの目の前には柴田組の人間たちが多数、どうやら初っ端から戦いは免れないらしい。

(まぁ、序の口程度の数だな・・・)

相手の数を見渡して、凛生は構えながら思った。
ここのところ桐生と共に戦いすぎていたせいか、数の感覚に麻痺があるかもしれないという感想は頭の隅にでもに置いておくとしよう。

「正義、さっさと倒して彼女を助けよう」
「分かってる、行くぞ!」
(あ、そういえば桐生さん以外と共闘するのは久しぶりだ・・・)

倒しても倒してもどこからか出てくる構成員たちを倒しながら、二人は奥へと進んでいく。
凛生は戦いの最中(さなか)、些(いささ)かずれた事を呑気に思った。

しかしそうは思っても決して油断はしていないので、向かってくる敵を確実に落としていく。
そんな凛生の事を谷村は少し必死になっている自分とは違い、どこか余裕を見せて戦っているように見えてしまう。
どこか悔しい気持ちが胸の中に湧き上がり、少し苦い顔をしていたのを彼女が知る由もなかった。

敵を倒しながら奥に行くにつれ、増援を乗せてきたトラックに轢かれかけたり、上から大量の木造を落とされたり、挙げ句の果てには地面に油を撒かれ、火を点けられた。

「なに!?」
「あのクズ、自分の仲間ごと・・・!?」
「いいから走れ!!」

火が点いたライターを上から落とされ、炎が背後からとてつもない勢いで迫ってくる。
その炎の魔の手があと一歩まで迫ったところで、凛生は運良く横道を見つけ、谷村の腕を強く引いた。

「こっち!」
「うおっ・・・!」

思わず谷村を押し倒すような形でなんとか炎の渦から逃げ切り、事なきを得る。
肝がヒヤヒヤしたものの、まさに間一髪だった。
凛生は現状を把握すると安堵の息を小さく吐いて、胸を撫で下ろす。

「正義、だいじょう・・・」
「大胆なお誘い嬉しいけど、今はお預けだな」

彼の安否を確認しようと閉じていた瞳と一緒に声をかけようとするが、下から茶化すような声が聞こえ、凛生は自分の体勢に初めて気づいた。
人が安心している間にさり気なく腰に回った谷村の手を強く抓(つね)ると、当然だが「いてぇ!」という声があがり、凛生は素早く彼の上から飛び退いて睨む。

「ばかっ!!」
「あー、はいはい。
 俺が悪かったよ。 ・・・助かった、凛生は怪我ないか?」
「・・・大丈夫、このまま行こう」
「分かった」

二人はまた奥へと進み、またもや木造の襲撃に遭いそうになり、回避する。
するとスポットライトが強くなり、敵の増援がまたやってきた。

今度は拳銃に刀という武器まで持ち出してきたが、凛生が早々に拳銃を持った相手を沈め、谷村も刀を持った敵を倒す。
残りは雑魚同然の小物のみだったようで、あまり時間をかける事なく二人は倉庫の奥へと足を踏み入れる事ができた。

電気のついたとあるプレハブの扉を音を立てないように静かに、数センチほど開けて中の様子を覗(うかが)う。
そこには二人の男性と、口にタオルを巻かれソファーに座らされている女性がいた。

「計画は今のところ順調だ。
 ・・・・・・お前がこのままずっと身を隠していれば問題ない。 なぁ、新井・・・・・・?」
「ええ・・・・・・」

こちらの存在に気づく様子はなく、男二人は会話を始め、それは淡々と進んでいく。

指詰めの演技までしたおかげで六代目が自分が彼を匿っているなど、夢にも思っていないであろう事。
明日の昼に葛城と神室町の喫茶アルプスという店で会う予定になっており、そこで例の"盃"の件の段取りを詰める事。

この話から察するに、どうやら柴田と葛城は裏で繋がっているようだ。
新井はその繋がりが発覚する事を危惧して、「東城会本家に知られる危険があります」と告げるが、柴田は「誰が見たところで、例の抗争騒ぎの『謝罪』くらいにしか思われんはずだ」と淡々と返した。

「フン・・・・・・。
 まぁ、確かにお前が心配するのもわからんではない。
 この女のおかげで、思わぬ面倒を背負い込むハメになったからな」

そう言って向けられた視線の先には、捕らえられている女性の姿。
柴田は女性に近づくと、「まさか、こんな女が・・・・・・今世間を騒がせている連続殺人事件の犯人だったとはな」と言いながら、彼女の口を封じていたタオルを解(ほど)く。

凛生は彼女が冴島靖子であった事実と同時、例の連続殺人犯でもあった事に目を少しだけ見開き、息を飲んだ。

「どうして柴田組の関係者ばかりを狙ったんだ?」
「仕方なかったんです、1億なんて用意できると思わなかったから・・・・・・」

彼女の言葉に、少し離れてみていた新井は目つきを鋭くする。
一方で意味を理解できない柴田は「何おかしな事、言ってるんだ?」と、女性の顎を掴んで顔を値踏みするように見たあと、彼女の容姿の良さを認め、男が色仕掛けに引っかかるのも納得だと吐いた。

「柴田組長、もういいでしょう。
 この女が柴田組の関係者を殺して回っていたことは確かです。 殺してしまいましょう、私の方で始末しておきます」

新井の言葉に、女性は怯えた表情を見せる。
だが、柴田の制止が入り、「俺はな・・・・・・どうしてこの女が、ウチの連中を殺して回ったのか知りたいんだよ。 それに・・・・・・この女の色仕掛けがどこまでのもんか──試してみたいもんじゃねぇか」と彼は続け、彼女の服を軽く脱がして、直に肌に触れようとした。

その直後、一発の銃声がプレハブ小屋の中に響く。
撃たれた人間、柴田は短い苦痛の声と血を口からこぼし、撃たれた箇所を押さえて地面へと倒れた。

「アンタはもう用済みだ」
「ど、どういうことだ? あ、新井・・・・・・!?」

柴田は苦痛の声で、自分を撃った人間の名前と理由を放つ。
困惑と痛みに耐える彼に近づき、新井は「心配しないでください、これも計画の内なんですから」と一言、告げる。

「なっ・・・・・・?」
「この女の仕事は終わってない。
 まだ必要なんですよ、"我々"にはね」
「我々だと・・・・・・?」
「ええ、そうです。
 私と葛城さん。 それにあと、数名の協力者にとってね」
「お前、葛城の方に寝返ったのか!?」
「柴田さん、勘違いしないでください。
 私はハナっから、柴田組と組んでるつもりはない」

冷たい目線で、声で、新井はそう静かに述べると拳銃を柴田に向けて再び構える。
そして迷いなく引き金を引き、彼の体にまた数弾を撃ち込んだ。


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