龍如長編(肆)

□伝承 -火蓋-
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劇場前広場を後にし、泰平通り東にある中華料理店へとやって来る。

ここも亜細亜街へと行けるルートの1つであるが、あまり経由しないものだ。
このルート来たという事は、おそらく例の取引でもしていくのだろう。

厨房を抜け、裏路地のようなところを歩き、とあるビルの裏口の階段を上がる。
ひっそりとした通路に一人の店主が立っており、谷村は「おう、景気はどうよ」と腕を前で組んで彼に問いかけたが、彼はそれには答えず溜息を吐いて、「またですか? 谷村さん」と怪訝な顔をした。

凛生はそのやり取りの前を通り過ぎ、扉を出たところで待機する。

月に一回の約束のものを二回もやらされた事に文句を言う店主に対し、谷村は脅しの言葉を淡々と告げた。
店主もそれを言われてしまっては何も言えず、だんまりとしてしまい、谷村は「ま、いいや」と言葉を投げる。

「ところで、この女、見かけたら俺に連絡くれ」
「誰すか、これ?」
「教えない。
 警察の機密事項だから。
 とにかく見たらすぐに連絡くれよ」

外で会話を聞いていた凛生は「警察じゃなくて、自分のじゃない・・・」とポツリとこぼす。
しかし警察である谷村が捜している時点で、警察の機密事項というのもあながち間違いではないのだが。

(・・・・・・結局、私には何も言ってくれないんだ)

話してくれたのは、まだ学生時代。

初めて四ノ原に会って、話をした後の帰り道。
おそらく店主に渡したと同じであろう写真を見せられ、問われた。

自分たちの過去を『韓来』で話し合った時だけ。
それ以降、彼は何も言ってくる事はない。

たまに、調査疲れか、解明できる事の不安か。
ふとした時に甘えてくるような仕草はあったが、彼が弱音を吐く事はなかった。

凛生は何も聞かず、黙って受け入れ、彼が気が済むまでずっとそのままでいる事しかできなかった。

約束したからだ。
谷村が言ってくるまでは、自分は待つと。

「・・・・・・」

甘えられている自覚はある、だが、頼られているのかどうかは分からない。
信頼がないとは言わないが、自分の全てを信じてくれているかどうかと言われたら、答えるのは難しい。
自分の意思で行った事とは言えど、彼の信頼をなくすような行動を行っていたのだから。

(・・・・・・私に、手伝う資格はない?)
「・・・・・・い、・・・おい!」
「・・・!」
「何ボーッとしてんの、行くぞ」
「あ、うん・・・」

考えているうちに、どうやら話し合いもとい取引が終わったらしい。
谷村にやや強く声をかけられたおかげで、凛生はハッとして頷く。

少し先を歩く谷村の背中を不安げに見つめながら、嫌な気持ちをが心を渦巻く。
凛生はそれらを振り払うように頭を振るい、彼の背中を追いかけた。


道中で知り合いの女性に手を振り、子供たちに中国語で「元気か、お前ら? また今度遊ぼうな」と頭を撫でて通り過ぎていく。
扉が開いている『故郷』へと入れば、二人の客を相手に接客しているメイファがこちらに気づいた。

彼女に聞くと、趙は奥の事務室にいるらしく、中へと入れば難しい顔で電話をしている趙の姿。
彼もこちらの存在に気づくと、二人をソファで座って待つようにジェスチャーし、彼の通りにソファへと座った。

どうやら親が子供を残して強制送還されるらしく、子供はこちらで面倒を見るとの事だ。
趙はどこか重い顔で電話切り、やるせない表情をする。

「また1人増えるのか?」
「ああ、父親が韓国に送還されたらしい」
「どうして?」
「先日、その父親が交通事故を起こしてな。
 そのまま警察に引っ張られて、オーバーステイがばれたらしい」
「そりゃついてないな」
「子供はまだ5歳、ウチで面倒見るしかないだろうな」

趙は天井を軽く見上げながら言うと、谷村は吸っていたタバコを消して、ポケットに手を入れる。
彼の手から取り出されたのは、先ほど巻き上げた札束だった。

「その子供の養育費にでも回してくれ」
「ギャンブルか?
 それともまた巻き上げてきたのか?」
「どっちも、かな?」
「嘘をつくな、今回は巻き上げだけのくせに」
「余計なこと言うな」

隣に座っていた凛生が余計な事を言うので、谷村は彼女の頭を軽く殴る。
趙はその様子に笑って、「まったく、お前さんってヤツは・・・・・・。 ま、有難いのはやまやまだけどな、あまり無理すんなよ」と言って、提示された金を貯金用の壺の中へと入れた。

「それにしても、今日は遅かったな。 もっと早く来るかと思ってたぞ」
「一課に目、つけられちゃったみたいでね。
 杉内さんって刑事さんに取り調べられてたんだよ」
「まったく、刑事が刑事に取り調べを受けるなんて笑えない・・・・・・、というか私の悪い予感をお前が叶えてどうする・・・・・・」
「なんか言ったか?」
「別に」

谷村の言葉に趙は笑い、凛生はいつぞや自分が思っていた事をまさか自分の恋人が叶えた現実に額を押さえた。
軽い雑談を終えて、谷村は現状を話しだした。

最初はチンピラ同士の揉め事だったものが大きくなり、東城会の内輪もめが始まっているようだと話す。
それに関して四課ではなく、一課が動いている理由までは分からないと続け、趙は「おいおい、また抗争か? 勘弁してくれよなぁ」と嫌な顔をして放った。

凛生もほぼ毎年と言っていいほど起こっているこの事態に、言葉には出さず内心、同意する。

「なんか、今度のは東城会の内輪もめってだけじゃなくて、『上野誠和会』も絡んでるみたいだけどね」
「上野誠和会・・・・・・?
 あ、それってあの・・・・・・」
「そう。 あの上野誠和会。
 俺のオヤジが死んだときに担当していた『上野吉春襲撃事件』の、上野誠和会ね」
「・・・・・・」
「・・・・・・お前のオヤジさんが殺された事と、何か関係しているのか」
「分からない。
 ・・・・・・ただ、25年間もの間、何の動きも見せなかった上野誠和会の周辺が・・・・・・、7日前の事件から激しく動き出している」

7日前に起こった事件、それは伊原という上野誠和会のチンピラが銃殺された事件だ。
谷村はその伊原の遺体に素手で触った事で、一課に目をつけられ数日前から色々と取り調べやらなんやらをされていた。

「・・・・・・もしかしたら、今回の事件がきっかけで、オヤジが殺された真相を知る人間に近づけるかもしれない」
「・・・・・・例の"女"。
 まだ捜しているのか」
「ああ。 ・・・・・・冴島靖子。
 あの上野吉春襲撃事件の実行犯、冴島大河の実の妹。 事件以降行方をくらまし続けている謎の女」
「その冴島靖子って女が、本当にオヤジさんの死の原因を知っていると・・・・・・」
「それも分からない。
 ただオヤジは、自分が死ぬ前日の日記に、『冴島靖子と会う』とだけ書いてあった」

凛生は初めて聞く話の内容に、ひっそりと耳を傾ける。
自分がいるこの場で話をするという事は、口出す事は適わなくとも、少なくとも聞いていいはずだと思ったからだ。

「・・・・・・お前のオヤジさんが最後に会った人物なのかもしれないしな」

趙がそう言った直前、谷村の携帯が鳴り響いた。

電話に出ると、相手は韓国エステの『翠』という店の店長からで、谷村が捜している女と似た女が店に来ていると言う。
だから谷村に出向いてもらって、直接、確認してもらいたいとの事だった。

谷村は「わかった。 すぐ行く」と言って電話を切り、ソファから立ち上がる。

「どうした・・・・・・?」
「やっぱり事件は動き出してたんだな・・・・・・、女が見つかったかも知れない」
「え!? まさか、例の妹かい?」
「まだ本人かどうかはわからない。 ちょっと行って確かめてくる」

谷村の言葉に趙は「そうか・・・・・・、でも気をつけろよ」と注意の言葉を放つ。
25年間も沈黙していた上野誠和会が突然、動き出した直後に鍵を握るであろう女が現れる。
それらはどう考えても都合が良すぎる、つまり嫌な予感しかしない。

谷村は「きな臭い、とでも言いたいの?」と問いかけると、趙は「まぁな。 ・・・・・・女が逃げないうちにさっさと行って来いよ」と頷きながら後押しした。

「あ・・・・・・」

背を向けて行ってしまう谷村の手を、凛生は思わず掴んだ。
連れて行ってはくれないのか、置いていかれてしまうのか、・・・やはりこの事件については自分を頼ってくれないのだろうか。

「凛生・・・」
「あ、えっと・・・・・・ごめん!
 あ、あまり待たせてしまっては向こうの人にも申し訳ないな! 行ってこい!!」
「あ、おい・・・!」

我に返った瞬間に手を放し、グイグイと凛生は谷村の背中を押して行くように促す。
谷村も趙も何か言いたげだったが、今は何も聞きたくなかった。

「・・・まだ仕事中だ、仕方ないからマサの分は私が働いてやる。 さっさと行っちゃえ」
「・・・・・・悪いな、行ってくる」

凛生の言葉に甘え、谷村は彼女の頭を優しく撫でてから『故郷』を出た。
そんな彼の背中を見送りながら、凛生は少しだけ泣きそうな顔をする。


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