龍如長編(肆)

□伝承 -幕開-
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言葉を声に出して、彼女に事情を伝えようとした。
だが、伝説と呼ばれる情報屋の事を伝えて、何をしようとしているのかと、逆に問われたらどのように答えればいいのか分からない。

いくら浜崎と桐生が頼るように言った女であっても、刑事であるという事実が冴島から声を奪ってしまった。

「あの・・・?」

一方で固まってしまった冴島を不思議に思ったのか、凛生が首を傾げて彼を見る。
冴島はその視線から逃れるように目線を伏せると同時、なんとも間抜けな空腹音が彼の腹から響いた。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・ふふ」
「わ、笑わんでくれや・・・・・・」
「す、すみませ・・・ふふ・・・」

なんというタイミングの悪さだろうか、確かに神室町に来てから、ロクに食べ物を口にしていなかった。
ようやく手がかりを得られそうな状況になったせいか、気が緩んだのかもしれない。

「お話の前に腹ごしらえをしましょう、ついて来てください」
「あ、ああ・・・」

言われるがまま、冴島は彼女の後ろをついて行く。
よく見ると、手に買い物袋をぶら下げていたので、おそらく買い出しか何かしていたのかもしれない。

人ごみを掻き分けてついて行くと、ひとつのマンションに到着した。
流されるままに中へと通され、凛生はエプロンを身につけて「あと少しだけ待っていてください」とキッチンに向かおうとする。

「ちょ、ちょお待ってくれや。
 何も言わんでついて来た俺も俺やが、見知らん男を勝手に家にあげていいんか?」
「桐生さんから頼まれた人ですから大丈夫だと思っていますので」
「・・・えろう桐生さんのこと信頼しとるんやな」
「そうですね、私にとってはもう一人の兄のような存在なので」

冴島が狼狽えたように言えば、凛生は振り返ってケロリとものを言い切る。
彼女がどれだけ、桐生に対して信頼を寄せているか、冴島には手に取るように分かった。

「・・・それに、本当に悪い人はそういう顔でそんなことは言いませんよ」

ふわり、と。
花が綻んだような笑顔を見せて、彼女は続けた。

呆気とられた冴島を他所に、凛生は今度こそキッチンへと姿を消す。
残された冴島はポカンとしたまま、しばらくその場に立ち尽くすしかできず、少ししてから「リビングで適当に座っていてください」と声をかけられるまで、その状態であった。

「どんぶりと割り箸で申し訳ないのですが、食べてください」

小一時間くらい経ってから、リビングに置かれたテーブルには盛りだくさんの料理が並べられた。
大盛りの肉じゃがをメインに、魚の煮付けとポテトサラダ、唐揚げなどおかずが豊富だ。

「お嫌いなものはありますか?」
「・・・いや」
「よかった、じゃあいただきます」

凛生は向かい合わせの席に座り、声をかけてから箸を進める。
冴島もそれにならうように、小さく「いただきます・・・」と声を発してから、肉じゃがを箸で取って口に含んだ。

25年も食べていなかった人の手で作られた、あたたかい料理の味。
独房の冷たく、臭いと感じていた食事とは、比べ物にならないほど、やさしい味がした。

「・・・・・・」
「え、あの・・・お口に合いませんでしたか?」
「え・・・?」
「その・・・・・・」

驚きと戸惑いを見せながら言う彼女の言葉に、冴島は呆けた声を発する。
凛生は遠慮がちに自分の頬をさす仕草をすると、冴島も自分の頬に手を当て、そこで初めて自分が涙を流した事に気づいた。

「いや、これは・・・その・・・・・・」
「・・・お口に合いませんでしたか?」
「いや! そんなわけない、めっちゃ美味いで・・・!」

口ごもる冴島に、凛生は同じ問いを投げた。
その問いに対して慌てて感想を言えば、彼女は優しく微笑んで頷く。

「ありがとうございます。
 そういうことでないのであれば、そのことには触れません。 あ、でもティッシュは使いますか?」

コトン、と軽く音を立てて凛生は冴島の傍にティッシュを置いて、何事もなかったかのように食事を再開した。
少し不器用な気遣いに冴島は、自分でも気づかないほど穏やかに笑ってから、手の甲で涙をやや乱暴に拭い、同じように食を進めた。

食事を終えてから冴島は、ずっと緊迫していた体を解すように息を吐いた。
ずっと張り詰めていた何かが和らぐような感覚に、どこか心地よさを感じる。

「飯、ホンマ美味かったで」
「いえ、お粗末でした」
「・・・なんや今更やけど、誰かと住んどるんか?」
「ええ、まあ。 一応、・・・こ、恋人と。
 数日前にいろいろとやらかしたみたいで、今日は別部署の人間に捕まって帰りが遅いみたいです」
「なんや、旦那とちゃうんか」
「そ、そういう話はまだ・・・そんな・・・・・・」

おそらく結婚していてもおかしくはない年だろうと思っていたので、冴島は少し意外そうに言う。
指摘された凛生は照れくさそうに答えつつも、どこか暗い影を落としたように見えた。

ちなみに言うと、谷村は3月1日の件で一課に呼び出され、ここ数日は帰りが遅いのだ。

「あの、それで何かお困り事があったのではないですか?」
「・・・・・・」

話題をすり替えるように凛生が言うと、冴島は少し穏やかだった顔を緊迫した表情へと戻した。
少し間を空けてから、彼は少し重くなった口を開く。

「知らんかったらええんやが、・・・"伝説の情報屋"っちゅーのに心当たり、ないか?」
「"伝説の情報屋"・・・」
「なんでも神室町のことならなんでも知っとるっちゅー話なんやが・・・」

浜崎と桐生がそろって推してくれた事、そして垣間見た彼女の人柄を信じて、冴島は話を切り出す。
すると、彼女は一瞬だけ考えるような仕草をしてから、どこか難しい顔で口を開いた。

「その情報屋は通称、"花屋"と呼ばれています。
 賽の河原というところを拠点としていて、"賽の花屋"としても呼ばれています」
「・・・! 知っとるんか!?」
「はい。
 ・・・以前、何度もお世話になりましたので」

思いがけない言葉が凛生から発せられ、思わず身を乗り出しそうになってしまった。
はやる気持ちをなんとか落ち着け、冴島は凛生を見る。

「世話になったことあるなら、場所もわかるか?」
「ええ、彼が前みたいに移っていなければ」
「? 前はどこかに行っとんたんか?」
「少し事情があって、一度だけ場所を移転していた時期があったんです。 まぁ、すぐに元の場所に戻りましたけど」
「・・・そうか、それで」
「居場所、ですね?」

凛生が確認をするように、やや強めの口調で冴島に訊くと、彼も険しい顔で頷いた。
その表情を見る限り、たとえどんな事になってもたどり着かなければいけない、といった覚悟が見えた気がした。

「・・・詳しい事情は言えん。
 せやけど、俺にはどうしても確かめなアカンことがあるんや。 そのためだけに、神室町に戻ってきた・・・」
「・・・・・・」
「頼む、榊さん。
 アンタが知っとる花屋っちゅー情報屋のこと、俺に教えてくれや」

頭を下げて、冴島は願いを乞うように言う。
彼の真摯な声に、言葉に、凛生は何かを決めたように息を吐いた。

「・・・西公園という公園の公衆トイレ、男の方の一番奥の個室に行ってみてください、その個室にだけ扉があります。
 もし、そこの扉が開かなかった場合は、とりあえずマンホールを開けて地下に潜ってみてください、先程も言いましたが、花屋は賽の河原という地下の繁華街にいますので」

凛生が静かに場所を教えると、冴島は弾かれたように顔を上げた。
目に映ったのは、どこか浮かない顔をしている彼女。
その表情について聞こうとした瞬間、凛生がまた口を開いた。

「・・・もしかしたら、情報のために嫌な思いをするかもしれません、酷な選択を迫られるかもしれません」
「・・・・・・」
「でも、あなたはあなたの心のままに素直に行動してください。
 それがあなたが求める真実に近づくために必要なことだと思います、・・・すみません、会ったばかりの小娘が生意気なことを言って」
「いや、・・・むしろ感謝させてくれや」

会ったばかりの自分を心配しての言葉だ、謝罪をされる覚えはない。
冴島は感謝を示すように、ゆっくりと深く頭を再び下げ、「ありがとう・・・」と低い声で感謝の言葉を述べた。

「俺には時間がないんや。
 さっそく、そこに行かせてもらうわ」
「・・・わかりました、西公園までの場所は」
「安心せい、その場所は知っとる。
 何から何まで、ホンマにありがとうな」

冴島は椅子から立ち上がり、出て行く仕草を見せる。
凛生も椅子から立つと、見送りのためか玄関先までついて行く。

「・・・桐生さんがアンタを頼れって言っとった理由がわかるわ、榊さん。
 アンタから受けた恩も絶対に忘れへん、・・・全部が終わったら、何かお礼させてくれや」
「・・・わかりました、お待ちしています」

冴島の言葉に凛生は小さく頷くと、彼は扉に手をかけて、一歩を踏み出す。
3月の寒い空気が、温まった体を刺激したが、そんなものはすぐに慣れるだろう。

「・・・・・・浜崎が言っとったのもな」

去り際に、冴島は小さな声で呟くように告げた。
凛生はその声と名前に反射的に下げていた顔を上げて前を見るが、無情にも扉は締まり、足音が遠のいで行くのが聞こえる。

「・・・浜崎?」

もし、彼の言っていた浜崎が"あの"浜崎ならば、彼がそうなるのだろうか。
しかしそうであれば、どうして浜崎が一緒にいないのか。

凛生の中で疑問と疑惑が浮上したが、これ以上、突っ込んではいけないと頭を振るい、食器の後片付けに向かったのだった。


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