龍如長編(肆)

□伝承 -遭逢-
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沖縄から帰還した後日、凛生は神室署へと出勤する。
少し早く来たので時間が余り、凛生はなんとなく携帯を取り出して、今日のニュースを見てみる事にした。

大手の検索サイトのニュース欄を見てみると、ここ最近の連続殺人事件がトップを飾っていた。
現在、一課が懸命にこの事件を追っているらしいが、今のところ進展はない様子だと、須藤がこぼしていた事を覚えている。

凛生は携帯を閉じて、温かい飲み物を買おうと署内にある自販機に行く事にする。
財布を片手に部署を出て、目的の自販機に行こうとした矢先、偶然にも一課の杉内とばったり会った。

「・・・おはようございます」
「おう、戻ってたのか。
 聞いたぜ、なんでもヤクザに呼び出されて沖縄に行ってたらしいじゃねぇか」
「・・・・・・」

どこか嫌味っぽい言い回しをする杉内、凛生は彼のこういうところが苦手だった。
現場ではそれなりに事件を解決している様子だが、四十を過ぎてもポジションが上がる事がないところを見ると、彼のこういった性格面が問題なのではないか、と変に勘ぐった事もある。

「俺はてっきり、"また何か"やらかしてきたんじゃねぇかと思ってたよ」
「・・・・・・失礼します」

杉内の言葉に、凛生は軽く頭を下げて彼を通り過ぎた。
凛生が過去に行方をくらませていた事がある事実は、ある程度のポジションを持っている人間には周知されている。
杉内も一応、その周知されている人間の一人なのだ。

凛生は彼の怪訝な視線から逃げるように、その場を立ち去る。
おかげで飲み物を買いに行くという目的を果たせず、自分のデスクへと戻る事へとなったのだった。



数日の時間が経過し、月は3月へと入った。
凛生は浜崎の言葉を思い出しながら、いつ"彼ら"が来たるかと顔を強(こわ)ばわせる。

「・・・ちゃん、凛生ちゃん!」
「・・・!」

すると、自分を呼ぶ声がしたので、凛生は弾かれたように顔を上げる。
視線が向かった先には、どこか心配そうな趙の顔が。

「具合でも悪いのかい? やけにぼーっとしてたようだけど」
「い、いえ・・・少し考え事を・・・・・・」
「ならいいんだけど、・・・ちょっとお願いしてもいいかい?」
「はい、なんでしょう」
「マーちゃんを捜してきてほしいんだ、いいかな?」
「わかりました、行ってきます」
「ごめんね、もう夜中の11時だってのに・・・」
「いいえ、問題ありません」

申し訳なさそうに言う趙に優しく返して、凛生は上着を羽織り、傘を持って外へと出た。
寒い空気が体を撫で、小さく身を震わせる。

さて、こんな時間になっても戻ってこない馬鹿を捜しに行こうと、凛生は亜細亜街を通り抜けた。



ニューセレナ付近まで来ると、何故か人だかりとパトカー、警察が数人いた。
何かの事件かと思い、近づこうとしたが、うちの一人に「ここは危険ですから、我々に任せてください」と言われてしまい、仕方なく引き下がる。

すると、見覚えのある青色のブルゾンが視界に入り、凛生は人ごみの中を行く彼を追いかけるため、その場を離れた。
その少し後、警察官に取り押さえられた男、スカイファイナンスの社長である秋山が路地裏から連れ出され、パトカーに入れられそうになる。

「ちょっと本当に待ってくれよ・・・! 誰かあの男を・・・・・・」

必死に無実を証明しようともがきながら、男が去っていったであろう方向を見やる。
直後、ビニール傘越しに見えた赤い髪に心臓が跳ねた。

「え・・・・・・、あの髪色・・・・・・」

秋山の脳裏には、5年前のミレニアムタワーの爆破事件が起こる少し前の記憶が蘇る。
ホームレスにまで落ち、些か自暴自棄になっていた自分の前に突然、現れた赤い髪の女。

差し伸べられ、握った、彼女の手のぬくもりを忘れた事は一日だってない。
どん底まで落ちた自分に可能性をくれた彼女の美しい赤い髪を、忘れた事はない。

資金集めや会社の立ち上げなどで柄にもなく多忙だったため、彼女を捜しに行く事ができなかった。
まあ、会社を立ち上げしても、そこそこなものにするまでは捜さないと決めていたけれど。

そしてようやく目標に達したので、集金の合間などの時間を使って彼女を捜した。
だが、来る日も来る日も、見つかるのは他人の空似ばかりだった。

もしかしたら、もう神室町にはいないのではないか。
そんな事を考え始めた頃合、なんとも間が悪いタイミングで、彼女らしき後ろ姿を見つけた。
髪は随分と伸びているが、あの後ろ姿は見覚えがあるものだ。

「ちょ・・・・・・ま、待って!本当に待ってくれ!!か、彼女が・・・!!」
「うるさい! さっさと乗れ!!」

しかし、秋山の抵抗も虚しく、無理やりパトカーへと押し込まれてしまう。
パトカーに乗せられ、後ろのガラスを振り返ると、あの赤い髪は、後ろ姿は、人ごみへと紛れて消えてしまっていたのだった。


谷村は雨が降る中を傘も差さずに歩いていると、ふと雨が止んだ。

「正義・・・」
「凛生、なんでここに?」
「・・・はぁ、趙さんから頼まれてきたんだ。
 さすがに遅すぎる、って。 早く『故郷』に帰ろう」
「ああ、もうそんな時間だったのか」

携帯の時計で時間を確認すると、呑気な声で言葉を吐く。
マイペースな彼の様子に凛生は呆れつつ、谷村の腕を引いた。

「風邪ひいちゃう」
「そんなヤワじゃないって」
「うるさい」
「はいはい」

この程度で風邪を引くほどの鍛え方はしてないが、少し心配性な彼女のために、谷村は言う事を聞いてあげる事にし、雨降る中、亜細亜街への道のりを歩く。
道中、少し調子に乗って相合傘の下、凛生の肩を引き寄せたら、腹に肘が入ったのは余談である。



秋山はあの不運に巻き込まれてから、元凶であり恩人であり、自分が勝手に肩入れしている新井の行方を捜す事になった。
3月4日の明るい時間帯、スカイファイナンスの事務所で秋山は城戸に昔の話をしていた。

昔は銀行員のエリートだった事、会社に嵌められ業務上横領の罪を着せられた事。
手を尽くして探し回ったが、何も分からず、最終的にホームレスにまで身を落とした事。
ミレニアムタワーの爆破事件で空から金が降ってきた事、そして新井に助けられた事。

「神室町に飛び込んだ人間は、皆必ず夢を見てる」
「夢・・・・・・」
「いい女を抱きたい。 金持ちになりたい、えばりたい。
 どんなチンケなもんであっても、ここに集まる連中には皆それぞれの夢がある。
 だがその夢を叶えられるヤツはごくわずかだ。
 そして人は夢を諦めない。 生きていくのに必要なもんだからさ。 分かるか?」
「はい」
「それに俺だって、夢を持っているそのうちの一人だ」
「秋山さんの夢・・・、それってなんですか?」

城戸は気になった部分を、窓から外を眺めていた秋山に問いかけた。
彼はその問いかけに振り返り、どこか懐かしそうに顔を染める。

「・・・俺の"女神様"に会うことだよ」
「・・・・・・は?」

秋山から飛び出した言葉に、城戸は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
空から金が降ってきたという話を聞いた時も間抜けな声を出したが、話を聞けばそれは事実だったので、すぐに言葉を信じたが。

「さっきの話で省略しちまったけどな、俺をあの場所に連れってってくれた女がいたんだ」
「ホームレスだった秋山さんを?」
「ああ。
 その女は突然、俺の前に現れた。
 "あなたは今、幸せですか?"、なんて言ってな」
「ホームレスに対してその言葉、喧嘩売ってるんですかね・・・」
「フッ、そうだな。
 幸せじゃないと答えた俺に、彼女は手を差し伸べた。
 初めて会ったばかりの、なんの接点もないホームレスの俺の手を握って、"可能性"を掴み取る場所まで連れ行ってくれたんだ」
「なんか、変な女ですね・・・」
「ああ、変な女だったよ。
 だが、彼女のおかげで俺は"可能性"を掴んだ」

今でもハッキリと覚えている、彼女の言葉を、手のぬくもりを、叱ってくれた言葉を。
彼女が投げ渡してくれたおしるこの味も、おかげで甘すぎるあの飲み物を、寒いこの時期になると一本は飲まないといけなくなったのだ。

「俺は"女神様"に会って、のし上がった俺を見てもらいたい。
 そして、教えてもらえなかった名前を教えてもらいたい。 ・・・ある意味、この仕事をやろうと思ったキッカケでもあるしな」
「え・・・?」
「彼女が与えてくれた"金"という"可能性"が、俺の人生を変えた。
 だから俺もここに来る、金を貸す価値がある人間に"金"という"可能性"を与えて、どう人生が動いていくか、見てみたくなったんだろうな」
「はぁ、なるほど・・・」
「はぁ〜・・・この間、もしかしたらその夢を叶えられるかもしれなかったのにな、警察のおかげで台無しになるし・・・」
「え?」
「あ、いや。 独り言だ」

彼女を話をしていたら、この間の事が頭を過ぎった。
降りしきる雨の中、彼女らしき後ろ姿、揺れていた綺麗な赤髪。

警察の事がなければ、あの降りしきる雨の中を駆け出して、彼女の腕を掴まえて、顔を見たかった。
もし彼女が"女神様"であったならば、自分は歓喜のあまり抱きしめていた事だろう。

今でも大切にしてある、彼女から貰った黒いマフラーがしまってある場所を一瞬だけ見つめてから、秋山は話の軌道を元に戻し、城戸と別れ、取立てと一緒にリリの指導に赴くのだった。


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