龍如長編(肆)

□伝承 -面会-
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二月の下旬、新しい年が明けてまだ少し。
まだまだ寒い空気があたりに蔓延る季節、凛生に妙な話が舞い込んできた。

「沖縄で私に会いたい人がいる?」

仕事終わりの神室署、生活安全課に凛生の一声が軽く響く。
あたりは課長補佐である凛生と課長である久井しかおらず、彼女は彼から聞かされた一部分を復唱したのだ。

「うん。
 なんでも君にお世話になった人らしくて、どうしても直接会って、話したいことがあるって今朝、神室署に電話があったんだってさ」
「沖縄でお世話に・・・? 逆に私はお世話されっぱなしだったような気がしますが・・・・・・」
「・・・・・・実は、あまり大きく言えなかったんだけど、電話の相手、筋者の人だって」
「・・・筋者、なら琉道一家?」
「さあ、相手はそれだけの一点張りで名乗らなかったらしいよ。
 対応していた人も言おうか迷ったらしいんだけど、手に負えないからって・・・」
「・・・分かりました、一泊二日くらいでちょっと行ってきてみます」
「ごめんね、念の為に個人で会わせないで沖縄の警察署に話通しておくからそこで頼めるかい?」
「はい、了解しました」

凛生は久井の言葉と配慮に頷き、相手が相手だけにその方が安全だろうと頷く。
話を聞いていけば、相手側が沖縄に行くための交通費や宿泊費は負担してくれるとの事らしいが、少し分からない。

できればすぐにでも来てほしいという要望らしく、これから連絡をするらしい。
ならそこまで時間もかからないだろうという事で、凛生は署内で少し時間を潰しなら待つ事にする。

すると一時間もかからない内に、久井が戻ってきた。

「どうでしたか?」
「できるなら明日にでも来てほしいって話らしくて、あっちネットで航空券取ったって言ってたよ。 これが控え番号ね」
「・・・手際がいいな」

凛生は久井から受け取った番号が書かれた紙をしまい込み、少し話をしてから神室署を後にした。

谷村にはどう言おうか悩んだが、素直に言おうと決めた。
これ以上、彼に嘘をついてしまいたくない。
今でも"つき続けている嘘"があるのだ、言わなくてはいけないのに言えない"嘘"が。


家に着くと、凛生は扉を開ける。
するとふわりといい匂いが鼻をくすぐり、誘われるように匂いの元へと歩いていく。

「ただいま」
「お、おかえり。
 遅かったから適当に作ってるぞ、あと少しだけ待ってろ」
「ありがとう・・・」
「いいって、たまにはな」

ラフなルームウェアの上から水色のシンプルなエプロンを付けた谷村が、晩御飯を準備してくれていた。
『故郷』の趙からいくつか料理を教わった事があり、中華関係の料理は得意だと言っていた記憶がある。
実際に彼もたまに料理を作ってくれるので、その話が事実である事も凛生は既に分かっていた。

凛生は谷村の言葉に頷き、自室にコートやら鞄やらを置いて、自分もトレーナーに着替える。
お風呂は御飯を食べたあとに入ろうと思い、タイマーをセットして風呂の準備を済ませてキッチンへと戻れば、テーブルに料理が置かれており、どうやら丁度よかったようだ。

「風呂やってくれたのか?」
「うん、一時間後にお湯はりするようにしてきた」
「サンキュ、じゃあ食うか」
「うん」

その前に手洗いとうがいを済ませ、コロの御飯の様子を見る。
どうやらそちらも谷村がやってくれたようで、コロが黙々と御飯を食べている姿が目に入った。

だから帰ってきても飛びついて来なかったのかと理解し、凛生は席に着く。
丁度いいから沖縄の件も言ってしまおう、と思った。

「正義、ちょっと話が」
「なに?」
「遅くなった理由なんだけど、久井課長から聞かされた話で・・・」

凛生は先程、久井から聞いた話を谷村に話す。
明日の朝一で沖縄に行って、一泊二日で帰ってくる事を話すと、眉間にシワを寄せた。
会いに行く相手が相手なだけに、おそらくその点についての懸念だろう。

「お前な・・・いくら沖縄の署内で話すからって、ヤクザに会いに行くわけ?」
「沖縄の極道といったら、おそらく琉道一家のことだと思うんだけど、・・・大丈夫だから」
「根拠は?」
「署内で話すことと、琉道一家なら何故か交流をもったので」
「はあ・・・」

言いたい事は分かるが、こればかりは凛生しか対処のしようがないのだ。
谷村自身もそれを分かっているからこそ、悩みがため息として吐き出されてしまうのだろう。

「何かあったら連絡するから・・・」
「何かなくても連絡しろ」
「・・・はい」

普通だったら、むしろ彼であるからこそ理解の返事をもらえると思ったのだが、間髪を容れずに返された。
前科が多数あるためだろう、凛生が遠くに行く事に関してだけはやけに慎重なのだ。

「すぐに帰ってくるから・・・」
「その言葉、信じたいんだけどな?」
「う・・・」
「まあ、今回は警察も間に挟んでるなら、さすがにバカやってこないだろ」
「うんっ!」

谷村の折れた言葉に、凛生は頷いた。
勢い余って元気よく返事をしてしまったため、谷村から呆れ顔で「元気よく言うな」と、デコピンをもらってしまったのは余談である。



次の日、凛生はさっそく沖縄へと到着した。
沖縄の警察署へと向かえば、相手はもう来ているようで、待っている部屋に通される。

念のために拳銃などの所持がないか身体チェックもした後のようで、問題はないとの事。
何かあればすぐに駆けつけられるように部屋の前に2人ほど警官を待機させた状態なので、安全は確保されているようだ。

部屋に入れば、見慣れない男がパイプ椅子に座っている。
彼は視界に凛生をいれると、軽く頭を下げた。

「・・・失礼だが、お前と私は面識があったか?」
「いや、俺は頼まれて来ただけだ」
「頼まれた?」

凛生はテーブルを挟んで彼の向かいの椅子に座り、疑問符を付けて言葉の一部を復唱する。
彼女の言葉に男は頷き、外にいる警察官に聞こえないようにか、声を抑えて話す。

「ああ、・・・浜崎って男は知ってるな?
 今はムショの中にいるが、元東城会の幹部だった男だ」
「・・・・・・ああ、忘れたくとも忘れらないクソ野郎だな」

予想外の男の名前が出た事に一瞬だけ驚いたが、眉間にシワを寄せて苛立ちの顔を明らかにする。
今でもまざまざと記憶に残っている、あの男が桐生を刺した場面が。
男は凛生の言葉と態度を見て薄く笑った、まるで彼女の行動が予想通りだったと言うかのように。

「浜崎の奴が言ってた通りだったな」
「なに?」
「"俺の名前が出たら、きっとすぐに怒った顔をすると思うぜ"って聞かされててな」
「・・・・・・で、あの男の使いが私になんの用だ」
「浜崎の奴がアンタに会いたがってる、これから『沖縄第弐刑務所』っていうところに来てほしい」
「何故あの男が私に面会を?」
「さてな、俺は話したいことがあるとしか聞いてねぇ」
「・・・・・・なるほど。
 直接、私と会って話がしたい世話になった筋者というのは、お前ではなくて浜崎のことか」

言葉の意味に合点がいくと、凛生はため息を吐いた。
どうやら世話の意味は、よろしくない方の意味合いを持っていたようだ。

「どうする、会うかい?」
「会いに来いと言ったのはそっちだろう、なのに選択肢を与えていいのか?」
「沖縄に来るまでは強制に近かったが、こっから先はアンタの判断に任せると言ってたぜ」
「・・・・・・」

自分と面会をさせたいなら、使いを一人ではなく複数、連れてくればいい。
それにあっさりとこの場所で話をする事に関して了承したのもおかしな話、外に使いがいるという事は務所の中にいても彼はかなりうまくやっているのだろう。

そんな男がわざわざこんなやり方、それも一番重要な部分はこちらの判断に任せるときた。
おそらくそれだけこちらの信用を得ようという事なのだろう、凛生はそう悟った。

「移動手段は?」
「車だ。 だが、安心してくれ。
 行くのは俺とじゃない、『沖縄第弐刑務所』の刑務官だ」
「その刑務官とやら、安心に値するのか疑問だな」
「ほう? そりゃどうしてだ?」
「『沖縄第弐刑務所』なんて刑務所、聞いたことがないからだ」
「アンタが知らないだけかもしれないだろ」
「・・・全ての警官がそうだとは言わないが、少なくとも私は日本にある刑務所を把握しているつもりだ」

生活安全課に所属しているから、一課と違って刑務所とはあまり関わる事はないだろう。
だが、課長補佐になってからは、もしかしたら必要かもしれないという考えに至り、調べて頭に叩き込んだ。

「なるほどな。
 ま、疑うのも行かないのもそっちの勝手だ。 とりあえず結論をくれや」
「・・・・・・ひとつ訊く。
 私を沖縄に呼び出してまで話したいこととはなんだ、お前は本当に何も聞かされていないのか?」
「・・・ひとつだけ聞かされてることがある」
「なんだ」

凛生が腕を組んで、警戒の色を隠さずに問いかける。
すると、男は少しの沈黙のあと、口を開いた。

「今から約5年前に起きたミレニアムタワーの爆破事件、覚えてるな?」
「・・・ああ、それも忘れるわけがない」
「そのときに空に舞った『100億』と関係がある話らしい」
「・・・なに?」
「おっと、俺が知ってるのはここまでだ。 残りが知りたかったら・・・」
「・・・浜崎に会いに『沖縄第弐刑務所』へ行け、か」

あの事件には凛生もかなり深いところまで関わってしまっていた、たとえそれがいつの間にかであっても。
その言葉の真意は疑い深いものがあるが、ふと疑問に思う。
確か近江へと渡るはずだったあの『100億』は、どのようにして使われる予定だったのだろうか。
浜崎が言うその関係がある話というのは、もしかしたらその事なのかもしれない。

ここで考えをあぐねいても仕方ない、真相を確かめるためには彼に会って話を聞くしかないのだ。

「・・・分かった、乗ってやる」
「そうかい。
 俺はここのサツの奴らにアンタになんもしてねぇって証明をしなきゃなんねぇから一緒には行けねぇが、外に出たらこの警察署の裏側へ向かってくれ。 そこに迎えが来ているはずだ」
「分かった、裏側だな」

男の言葉に頷くと、凛生は席を立つ。
扉の前に立っている警官二人に一声をかけると、凛生は警察署を出た。


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