龍如長編(参)

□饋還 -悪報-
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咲の救出劇以外に、これといって大きな事件は起きずに凛生は沖縄の一年の赴任を終えた。

もしかしたら玉城組が報復に来るかもしれないと警戒していたが、そのような雰囲気になる事もなかった。
強いて言えば、自分に惚れただのと抜かした朱哉の対応に非常に困った上に、迷惑だったという事くらいか。

凛生は変にこれ以上、惚れ込まれてしまう前にと、彼に告げた。

「・・・私に好意を向けてくれるのはその、有難いが、私には恋人がいるんだ。
 私にとって、彼以外に考えられない。 だから、私のことは諦めて、他のいい人を見つけてくれ」

警ら中、ここのところ自分を待ち伏せするようになった朱哉。
何を言っても「好きな人のことに関してならなんだってするのが男ってやつっすよ〜」などと、ヘラヘラ笑われてしまう始末。

だから、そんなある日、凛生は先ほどの事を告げた。
しかし彼は一瞬だけキョトンとしたが、すぐにいつものあまり読めない笑顔を浮かべる。

「へえ、だから?」
「え」
「いいじゃないっすか。 略奪愛ってのも燃えるな〜!くぅ!」

などと、彼は抜かしたのである。
まさか傷つく素振りも見せずに、そんな事を前向きな言葉で言われるとは、と。

凛生は呆然として、聞いていた。
そして以降も変わらず、いや、むしろ逆効果だったのでは思うほど、彼の熱烈なアプローチは続いたが、凛生はもう受け流す姿勢で対応していたと言う。


あと一つ、咲を助け出した後日。
凛生は改めて、彼の友達が経営しているワゴンへと行き、彼に上山も呼んでもらった。

彼らは一体どんな処罰、もしくは職質を受けるのかと待ち構えていたようだが、凛生はまったくもってそんなつもりはない。

「そう身構えるな。 私は別にお前たちを拘束しに来たわけではない、聞きたいことがあって来たんだ」
「き、聞きたいこと・・・ですか・・・?」
「ああ。 お前たち、"刀"については詳しい方か?」
「か、刀・・・?」

聞き返してくる上山に、凛生は小さく頷く。
上山は友達と顔を合わせ、凛生に向き直る。

「お、俺たちは詳しくない・・・」
「・・・そうか。
 ・・・・・・"鋼の真実"と言っても、何かくるものはないか?」
「は、"鋼の真実"・・・?」

凛生の言葉の一部を上山は疑問符をつけて復唱する、その様子からして知らないようだ、と凛生は悟る。
だが、後ろの彼の友達が、ピクリと反応した。

「俺は少しだけ知ってる・・・」
「・・・! 本当か!?」
「ああ、ただ・・・大した情報じゃないと思う。
 聞きかじり程度なんだが、その"鋼の真実"に近づいた刀匠は二人いた。 だが二人とも命を落とし、以降、誰もその"鋼の真実"を知る者はいないって、聞いたことがある」
「・・・・・・そうか。
 ありがとう、邪魔をしたな」

凛生はその言葉を聞いて、少し残念そうに肩を落としてワゴンを後にする。
あまり期待はしていなかったが、やはりその通りになると、少なからずともショックはある。

("鋼の真実"に近づいた刀匠・・・、二人のうち一人は父さん。 もう一人は名も知れぬあの人か・・・)

過去、一度だけ会った事がある。
お互いに"鋼の真実"へ近づこうとしていた刀匠、自分の父と人が住めるとは思えない山奥の小屋に身を置いていた男。

彼の傍には自分と変わらないであろう子供がいた事を、ぼんやりとだが覚えている。
以降はもう会えなかったが、父から彼が死んだとという話を聞いた。

そしてあの時の子供は武器の達人と呼ばれている者の養子となり、元気に暮らしている、と。
会う必要もないだろうと思い、凛生はそれだけを聞いて、短く返事をしていたな、と思い返す。

(・・・どうしているんだろう。 会えるはずもないけれど)

自分と同じ、"鋼の真実"に近づいた父親を持ったあの子。
ぼんやりとそんな事を思いながら、凛生は熱いアスファルトを蹴った。


赴任の最終日を終えて、学校や仕事があるため桐生と何故か朱哉が見送りに来ていた。

「じゃあ気をつけて帰れよ」
「はい。
 ありがとうございます、お世話になりました」
「凛生さんお願いしますからオレのために残ってくださいよ」
「遥たちに会えないのが少しだけ寂しいですが、また今度はプライベートで遊びに来ますね」
「ああ、いつでも歓迎だぜ」
「無視!? スルーつらい!」

もう慣れたように、朱哉の言葉を完全に無視して会話をする二人。
朱哉はそんな彼らを横目に、よよよ・・・と泣き真似をする。

「「なんだ、いたのか」」
「二人そろってマジひでえ!」

ぎゃはは、と大声を上げて笑っているところを見る限り、傷ついているようには見えない朱哉。
飛行機の時間も迫っているので、凛生は必要以上に相手にしないよう、桐生に軽く頭を下げてから、後ろを向く。

歩き出そうとしたが、フッ・・・と影がかかった。

「オレ、遠距離でも他に男がいても、諦めるつもりないんで。 それだけは覚悟おなしゃーす」
「!?」

真横で呟かれた言葉に、凛生はゾワリと背中に何かがはしった。

何を隠そう、彼女は耳が弱いのだ。
たとえどれだけ女性にとってときめくような場面であっても、凛生にとっては嫌悪以外の何ものでもない。

「へっへー、どうでしたオレの"みみつぶ"!」

パッと少しだけ離れて、朱哉は悪戯が成功したような顔で言う。
後ろで桐生が「みみつぶ・・・?」などと首を傾げていたが、そんな事は凛生にとってどうでもいい。

ワナワナと肩を震わせ、瞬時に振り返って朱哉の顎に見事なアッパーを喰らわせた。
朱哉は「ぐはっ!」と痛みからくる声をあげ、華麗に宙を飛んで、地へと落ちる。

凛生はひどい形相で彼を睨むと、キャリーバッグを引きずって、その場を後にした。
残された桐生はとりあえず、朱哉を回収して琉道一家へと引き渡してから、『アサガオ』へと帰ったと言う。



それからおよそ一年後、事件が起こった。
凛生はその日、非番だったので、谷村と一緒に住む事にした2Kのマンションでのんびりしていた。

「わんわん!」
「きゃっ・・・! コ、コロ!
 頼むからいきなり吠えないでくれ! 私は犬が苦手なんだ・・・!」

ソファーに座ってのんびりしていると、突然、自分に向かって吠えてきたコロ。
コロは彼女が持っているクッションを引っ張る仕草をするので、凛生はそれをどけてみる。

すると、コロは甘えるように彼女の膝の上に座った。

「・・・・・・はあ。 なんで私にばっかり懐いて、正義にはあまり懐かないんだお前は」

なんで『ヒマワリ』で飼っていたはずのコロが此処にいるのかと言うと、谷村が「犬とかいいよな」とぼやいていたのを聞いていたからである。
このマンションはペット可の所なので、『ヒマワリ』に相談して、コロを譲ってもらったのだ。

谷村が喜ぶだろうと、嬉々として帰り、彼も最初にコロを見た時は反応こそ薄かったものの、確かに喜んでくれていた、が。
それも束の間であり、今となっては犬猿の仲と言っても過言ではない。

このようにコロが凛生にばっかり懷き、谷村にはあまり懐く気配を見せないのだ。
けれど最近は凛生がいない間ばかりは休戦しているのだろうか、少しくらいは寄ってきてくれるようになったと言っていた。

休戦とはなんのだ、と谷村に問いかけたが、「まあ、こっちの事情だ」と軽くはぐらかされてしまったのも記憶に新しい。
ふと、外を見ると綺麗な夕日が空をオレンジ色に変えている。

そろそろ夕飯の支度でもするか、と立ち上がった直後、携帯が震えた。
なかなか静まらないところを見ると、おそらく電話だろう。

谷村だろうかと思ってディスプレイを見ると、そこには『桐生一馬』と表示されていた。
珍しい事もあるものだなと思いつつ、凛生は通話ボタンを押す。

「はい」
『桐生だ』
「お久しぶりですね。 それに電話なんて珍しい、・・・何かあったんですか?」
『・・・落ち着いて聞いてくれ、名嘉原が撃たれたらしい』
「え!?」

第一声からどこか緊張感を持っていた桐生の声に、凛生は何かを察して聞いてみる。

そして、予想外すぎる言葉に、思わず携帯を落としてしまった。
凛生は落としてしまった携帯を拾い、「すみません・・・」と謝る。

「容態は・・・!?」
『分からねえ。 今、力也から聞いて病院に向かってるところだ』
「・・・咲、咲ちゃんは!?」
『力也の話じゃ、咲のほうは大丈夫らしい』
「そうですか・・・」

咲だけでも無事な事が分かり、凛生は少し安堵の息を吐く。

だが、名嘉原が気がかりだ。
いくら極道のトップとは言えど、彼はけっこう年齢層は上。
最悪の事態、などという不吉な言葉が頭をよぎる。

『とにかくお前には先に報告しておこうと思ってな、容態が分かり次第また連絡する』
「・・・分かりました」

凛生は小さく頷いて、桐生との通話を切る。
不安そうに携帯を握りしめて、先程よりも薄暗くなったような空を垣間見る。

何やら不穏な足音が聞こえた気がした。
また東城会が桐生を巻き込んで起こそうとしている、大きな事件の音が。



その後、桐生から再び連絡をもらえたのが夜。
手術はなんとか成功したものの、一週間がヤマだと言う。

助かる見込みは五分五分らしいが、弾は運良く急所を外れ、貫通していた。
それに救急車を呼んだのも名嘉原本人らしく、それだけの気力があれば助かる見込みは十分あるだろうと、桐生は続けた。

凛生は気休めかもしれないがそれらの言葉に安堵し、「それと・・・」と続ける桐生の言葉に耳を傾ける。

『大吾も、撃たれたらしい』
「え!?」
『名嘉原の手術中、柏木さんから連絡があった。 本部の会長室で撃たれたらしい』
「そんな・・・、一体どうして!?」
『詳しいことは分からない。
 だが、おそらく大吾と名嘉原を撃ったのは同一人物の可能性が高い』
「・・・ど、どういうことですか? つまり、名嘉原さんを撃ったあと、すぐに神室町に来て堂島さんを撃ったとでも?」
『俺にもにわかに信じられない・・・。 とにかく明日、神室町へ行く。
 柏木さんと会って、詳しい話をするつもりだ。 柏木さんから大吾のことと、お前にも来るよう伝えてくれと言われたんだが、大丈夫か?』
「大丈夫です、行きます」

おそらく凛生の連絡先を知らなかったのだろう、だから桐生経緯で伝えたようだ。
桐生から時間を教えてもらい、時間になったらミレニアムタワーにある事務所に来るようにと伝えてくれと言われたと聞き、返事をして通話を終わらせた。

そこではぁ、と息を吐く。
嫌な予感がまた、当たった模様だ、と。

時間を見れば、もうすぐ深夜0時だ。
今夜、谷村はどうやら帰れないらしく、神室署に泊まり込みらしい。
次の日の帰りも遅くなると言っていたのを、思い出す。

珍しい事もあるものだと思ったが、なんともタイミングが悪い。
凛生は溜息を吐いてから、谷村が帰ってきてすぐに食べられるよう簡単なご飯を作り、メモも残す。

ベッドへと入り目を閉じて寝ようとした最中(さなか)、何故か脳裏に風間を見た気がした。


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