龍如長編(参)
□饋還 -奪回-
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改めて玉城組の事務所まで行き、扉を開ける。
すると、すぐそこで談笑をしているであろう下っ端たちが。
彼らはこちらの存在に気づくと、琉道一家の奴かと訊いてくる。
だがそれに耳を貸さずに「咲はどこだ」と桐生は投げ返し、下っ端の一人が下品な笑い声を上げたあと、「あのガキのことか!?」と言う。
続けて「ガキなら親分の部屋だ」と、わざわざ居場所を教えてくれる。
見下したような言葉を続けて放ち、またもや下品に笑い声をあげるも、桐生と凛生は耳を貸さずに、雑魚に用はないと返した。
彼らは自身の手に持った武器を構えると、桐生と凛生に向かってくる。
おそらく先ほどの上山という武器屋から仕入れた物だろう、と静かに悟った。
桐生と凛生は襲いかかってくる彼らを倒しながら、塞がれている道を壊して進む。
これでは『居場所はこちらです』と言っているようなものだと呆れながら、奥へと向かった。
最後の一人を倒し終えてから、桐生が荒々しく扉を蹴り開ける。
中には玉城組の頭であろう赤いスーツを着た男と、派手な少し年増の女、そして咲がいた。
驚く咲の肩を女性が掴み、彼女を引き止めるように制す。
おそらく彼女が咲の母親で、間違いはないだろう。
「咲・・・・・・」
「琉道一家の新入りか。
女連れて一人で飛び込んでくるとは、いい度胸だ」
「俺は琉道一家じゃない」
「その子を取り返しに来ただけだ。 さあ、返してもらおうか」
桐生と凛生がそう言うと、赤スーツの男は鼻で笑う。
続けて「なに、おかしなこと言ってんだ? このガキに用があるのは名嘉原だけだろうが」と、立ち上がって言う。
桐生はそれに対して「理由はどうでもいい。 とにかくその子、返してもらうぜ」と、返した。
「ふざけんな!
大事な取引の材料・・・・・・、そう簡単に奪われてたまるか」
「取引? いったい何のだ?」
凛生がそう問いかけると、彼は可笑しそうに大笑いをした。
一頻り笑い終えると、「そんなことも知らねえで来たのか? とんだお人好しだなぁ」と述べる。
視線が咲に集まると、女は咲の肩に両手を置いて桐生と凛生から遠ざける。
「しかし可哀そうな娘もいたもんだねぇ。
父親は目の前で首吊り、母ちゃんは男のために実の娘まで誘拐しちまうとは──。 ──こりゃ世も末だ」
咲の顎を掴んで、彼女のトラウマを述べる玉城。
傍で彼の言葉を聞いていた女は、驚きに顔色を染めて「ちょっとアンタ! なに言ってんの!?」と咲を押しのけて食ってかかる。
「アンタこの前、咲と一緒に3人で暮らそうって・・・・・・!」
「俺が本気でお前みたいな年増の女──、──相手にすると思ったのか!?」
言い終わると同時、玉城は咲の母親を殴った。
殴られた彼女は、突然の事に対処できず、地面に倒れる。
「そうだなぁ、あの赤髪の女ならまだしも・・・。 お前はもう用済みなんだよ、オバサン」
チラリと、桐生の後ろにいる凛生を見て玉城は笑って言う。
凛生は睨みを利かせ、桐生は凛生を守るように前に出る。
自分から体を背けた玉城に、咲の母親は「嘘でしょ・・・・・・、ねぇ!?」と食い下がる。
必死に玉城に食いつく自分の母親を、咲は無表情に近い顔で見つめていた。
玉城はそんな彼女が鬱陶しかったようで、「放せ! このアバズレが!」と叫んでナイフを彼女に向かって振りかざした。
母親は小さな悲鳴をあげて、反射的に避ける。
再び地面に倒れ込み、自分を振り返る彼女を見て、「うまく避けたじゃねぇか」と笑った。
「さあ、次はお前の番だ。
お前をぶっ殺した後・・・・・・、その指全部──名嘉原に届けてやるぜ。ついでにその女はもらっておくとするか、・・・なかなかいい女だ」
ナイフを撫でながら、玉城は言う。
視線をナイフから桐生へ、桐生から凛生へと移し、彼女を品定めするかのように見る。
それを終えた後、ナイフの刃の部分をベロリと舐めた。
「気乗りしねぇなぁ」
「んだとぅ?」
「殴る価値がねぇヤツと喧嘩するのは好きじゃねぇ」
「なに一人でカッコつけてんだ?」
「だが、てめぇみてぇなヤツをのさばらせておくのは──、もっと好きじゃねぇ」
「あぁん!?」
「来やがれ、この外道!」
どうやら自分は手出ししない方がいいようだ、と凛生は悟って下がる。
できれば咲の所に行きたいが、行ける状況下ではないだろう。
それに今の心境では、母親が咲に何かする事はないはずだ。
唯一、彼女に手をかけそうな玉城は桐生がきっと倒してくれるはず。
だから自分は心配をしないで、この戦いを見守っていればいい。
凛生はそう思い、事の展開を見守った。
実力差がありすぎた、というべきか。
武器を手にしていても、玉城は桐生によって地面に倒れた。
桐生と凛生は頷き合い、咲へと振り返る。
母親は恐怖からか、背を向けた。
直後、扉を開けて名嘉原と力也、朱哉が入ってくる。
「大丈夫スか、兄貴!?姐さん!?」
「咲ちゃんも無事か!?」
力也は桐生と凛生の身を案じた言葉を、朱哉は咲の身を案じた言葉を放つ。
名嘉原は静かに彼女を見つめて、「咲・・・・・・」と小さく名前を呼んだ。
咲は名嘉原を見つめて、何かを言いたいような顔をする。
しかし彼女の口からは、残念ながら言葉は、声は、出ないのだ。
「咲ちゃん、よく聞いてくれる?
名嘉原さんはね、咲ちゃんがいなくなって凄く心配していたんだ。
咲ちゃんが本当のお母さんのところに行っちゃったんじゃないかって、──すごく寂しがってたんだよ」
「お前は、名嘉原と母親・・・・・・。 どっちと一緒に居たいんだ?」
凛生の言葉に次いで、桐生が咲に問いかける。
しばらくは沈黙が辺りを支配したが、それはすぐに破られた。
母親の、可笑しそうな笑い声で。
彼女はヨロヨロになりながら立ち上がると、「なにが娘よ・・・・・・、なにが母親よ・・・・・・。 バッカじゃないのアンタたち!」とひどい形相で叫んだ。
彼女は続ける、咲のせいで人生がメチャクチャになった、咲が産まれた時からいつも邪魔だった。
それに怒った力也が母親に突っかかるも、軽くヒステリックを起こしている彼女に飛ばされ、地面に倒れる。
朱哉はすぐに力也に駆け寄り、母親を睨んだ。
しかしそんなものには目も呉れず、「そんなにその子が欲しいんなら、アンタにくれてやるわ!」と捨て台詞のように叫んで、出て行った。
「くそ、なんて母親だ。
実の子の目の前で・・・・・・、これじゃ咲があんまりにも・・・・・・」
「咲なら大丈夫だ」
桐生の言葉に、名嘉原は振り返る。
少しだけ間を置いて、桐生は「スケッチブックの中身、見たことないだろ」と言った。
名嘉原はそれに返事をし、桐生は「見てみろ」と中身を見るように促す。
パラリとめくった先にあった絵は、優しい笑顔をしている名嘉原の似顔絵と、沢山の花、そして『いつもみまもってくれてありがとう』という、感謝の言葉だった。
「もう、答は出ていたんだ」
「咲ちゃんは──、あなたの本当の娘なんですよ」
「そうだろ、咲?」
桐生と凛生は名嘉原に近寄り、桐生はそっと肩に手を置き、凛生は微笑む。
桐生の問いかけと共に視線の先を咲へと向けると、彼女は小さく笑って、ゆっくりと、しっかりと、頷いた。
「咲・・・・・・。
咲!ありがとうな・・・・・・ありがとうな・・・・・・。 咲・・・・・・、咲!」
夕日が差し込む中、名嘉原は咲を抱きしめる。
泣きながら何度も彼女の名前を呼んで、お礼を述べる。
微笑ましい光景に、力也と朱哉はお互いの顔を合わせてから、桐生と凛生を見る。
桐生と凛生は頷き合って、拳をコツンと合わせた。