龍如長編(参)

□饋還 -失踪-
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夕日が照らす事によってできる、二つの影。
その影の持ち主たちを見て、桐生と凛生は険しい顔をした。

「またお前か・・・・・・」
「今度はおまけもいるみたいだな」
「俺の答は変わってねえぞ」

振り返った桐生と凛生は、一歩一歩、性懲りもせずに来たであろう力也、それと付き添いで来たのだろう朱哉に歩み寄る。

けれど力也の顔は以前とは違い、なんというか。
言葉にするのであれば、『申し訳ない』というものが当てはまりそうだ。
隣にいる朱哉も、苦笑い気味に思える。

「い、いや──、今日は、そういうんじゃねえんです」
「ん?」
「だったらなんの用だ?」
「き、今日は兄貴と姐(ねえ)さんに、どうしても頼みたいことがあって・・・・・・」
(ん? 兄貴?姐さん?)

ピシッと気を付けをして力也は言い、隣の朱哉はぶはっと吹き出した。
凛生は気になったところを心の中で復唱し、彼らを見据える。

とりあえず呼び方は置いておいて、頼み事とやらを聞くことにしよう。

「頼みたいことだと? 何なんだ」
「実は、・・・・・・お嬢のことなんです」
「お嬢? ・・・あ、あのスケッチブックの?」
「はい。
 ・・・・・・お恥ずかしい話なんですけど、一昨日の夜から、お嬢がいなくなっちまって」
「家出か何かか?」
「それが分からねえんです。
 ・・・・・・組の連中総動員して、チカにも手伝ってもらいながら、街中さがしたんですが、どこにも姿が見当たらなくて」
「仮にそうであっても、まずは警察に行け。 捜索届けを出すのがまず第一だろう、・・・私が取り次いでやろうか?」
「だ、ダメっす! それだけは!」

携帯を取り出して、先に一報いれようとする行動を起こせば、力也は手を前に出して、オーバーリアクションで止めた。
なにか訳がありそうな様子に、桐生と凛生は顔を見合わせ、とりあえず携帯をしまう。

「・・・その様子だと何か訳がありそうだな?」
「実はお嬢、ウチの親父が昔カチコミかけた奴の娘でして・・・。
 訳あってウチで引き取ってはいるんですが、素性がバレたら元の親のところに戻らねえとならなくなるんで」
「あー・・・、なるほどな。 つまり、親の同意なしで引き取ったということか?」
「まあ、そうなんです・・・」
「・・・少ししか話をしていないが、お前の親父さんは義理人情のある人間だと認識している。 とどのつまり、咲って子の元親がろくでなしだったわけだな?」

凛生が腕を組んで、自分の憶測を口にすると、力也は少し驚いた顔をする。
その様子だと、図星だったようだ。

「ええ、その通りなんです。 咲さんの実の親ってのが、両親揃ってひでぇヤツでして。
 父親はギャンブルで借金ばかりしている典型的なダメ親父で、オマケに家に帰っては酒に酔って暴れる始末。 母親は母親で、咲さんを放っておいて、外の男の家を転々とするような浮気女で・・・・・・」
「・・・・・・絵に描いたような連中だな」

おそらく母親が外の男の家を転々とするようになったのは、父親が原因であろう、が。
幼い自分の娘を放っておいて、自分だけ逃げるとは、これではどっちもどっちだ。

「じゃあ、名嘉原は、咲を両親から引き離す為に、自分で引き取ったと」
「ええ。
 3年前、ウチの組は咲さんの父親の借金回収を請け負ったんです。 咲さんの父親を追いかけて、ウチの親父が家に踏み込んだときには・・・・・・」
「何があったんだ?」
「部屋の中には、まだ幼い咲さんが一人・・・・・・父親は咲さんの目の前で、首を吊って死んでいました」
「・・・トラウマ確定もんじゃねーか」
「・・・・・・母親はどうした?」
「さあ。 ・・・・・・とっくに別の男とどこかへ消えちまってました。 咲さんのことなんかどうでもいいって感じでね」

仮にも、愛した男との子供を、自分がお腹を痛めて産んだ子供を。
こうもあっさりと見捨てるとは、酷い母親だと、凛生は心の中で舌打ちを打つ。

桐生は事情が分かり、「・・・・・・それで名嘉原は咲を」と言葉を言う。
力也もその言葉を拾い、頷く。

「・・・・・・ウチの親父は、見てくれは怖いですが、姐さんが言ってくれたように、義理人情に厚い昔気質の人間です。 だから咲さんのことが放っておけなかったみたいで」
「桐生さんと同類ですね」
「訊いておくがどういう意味でだ?」
「見てくれは怖いですが、いった!」

ゴンッ、と全部を言っていないのに桐生は凛生の頭を軽く殴って言葉を止める。
そっちから訊いてきたくせに、と凛生は桐生を睨むが、彼はしれっとして力也を見ている。

「最初のうちは、『ガキなんて面倒くせえ』なんて言ってましたが、今じゃ"ド"が付く程の親バカです。 親父にとって、咲さんは本当の娘のような存在です」
「そんな事があったのか・・・・・・」
(・・・思いっきりスルーされた)
「でも最近になって、失踪していたはずの咲さんの母親が、お嬢を連れ帰そうと探し回っているらしくて・・・・・・」
「今になって? 急にか?」
「理由はわかりません。
 大方、家事をお嬢にやらせて自分は外で遊ぼうってところじゃないですか?」
「・・・それも考えうるが、本当にそれだけで探し回るか・・・?」

それだけが理由なのであれば、もっと前から探していてもいいと思うが。
もしくはそんな理由なのであれば、咲ではなく、もっと別の人間にやらせた方がいいはずだ。

他の男の所を転々としているのであれば、言いたくはないが、その男と別の女の子供にだってさせる事はできるだろう。

「とにかく、親父はお嬢が元の母親に見つからねえよう、事務所から出さないようにしていたんですが」
「なるほどな。
 それで、あの日も事務所にいたのか」
「ええ。 そんなワケで親父もお嬢の行方を心配してまして・・・・・・」
「だが、あの咲って子もいい歳だ。
 ・・・・・・何かあれば自分で連絡くらいできるんじゃないのか?」
「おそらく10歳より上あたりだろう? 電話の一本くらいできそうなものだが・・・」

パッと見た咲の姿は、遥よりは年下だろうが、おそらく綾子と変わりない程の見た目だった。
だから携帯電話を持たなくとも、公衆電話で事務所に連絡は入れられそうなものだ。

「無理っすよ! 絶対無理っす!」
「なんでだ」
「お嬢は、昔からクチがきけないんですよ!」
「「え!?」」
「多分、父親が首吊ってんの見ちまったショックで、そうなったんじゃねえか、って町医者が言ってたんですが・・・・・・。 とにかくお嬢は一人で電話もできねえんです!」
「・・・トラウマ確定な上に後遺症まで残していきやがったのかよ」

凛生は呆れてものも言えず、額に手を当てる。
桐生は「だからあのスケッチブックを・・・・・・」と、彼女が持っていたスケッチブックのもう一つの意味を悟る。

「とにかく、今は一刻も早くお嬢の行方を捜したいんですが兄貴と姐さん以外、頼れる人間がいないんです!!」
「で、俺らになにをしろと?」
「今、親父は荒れちまって、手がつけられねぇ状態です。
 だから兄貴と姐さんに出張ってもらって、とりあえず親父を落ち着かせてほしいんです」
「なんで俺と凛生なんだ?」
「内地から来たガキだというのにな」
「先日の一件から、親父は兄貴と姐さんに一目置いているみてぇです。 だからここは兄貴と姐さんしか収められねぇと!」
「ちょっと待て」

段々と口早で喋り続ける力也を、桐生が止めた。
止められた力也は「はい?」と間抜けな声を出し、先ほどから黙って見守っている朱哉は肩を竦めた。

おそらく、桐生が言いたい事を察したのだろう。

「さっきから聞いていると、俺のことを"兄貴"、凛生のことを"姐さん"って、なに言ってんだ?」
「だって・・・・・・、兄貴は兄貴で、姐さんは姐さんじゃないすか」
「ぶっ!」
「よし、お前との会話はキャッチボールじゃなくてドッチボールだということが分かった。 おい隣、幼馴染なら通訳しろ」
「ぶっは! ちょ、無茶ぶりしすぎでしょ・・・!」

桐生の問いかけにまるで答えになっていない答えを返す力也、むしろ彼自身の顔が、なんでそんな質問をするのかと物語っている。
凛生は額をまた押さえて、隣で吹き出して笑っている朱哉に通訳を求めるも、笑いながら無理だと言われた。

「お前は琉道一家の若頭だろ、俺はお前の兄貴分でもなんでもない」
「そもそも私は元より、桐生さんも今は極道じゃない」
「・・・・・・。 ま、その話はいいとして」
「良くない」
「そして置くな」
「お前みたいなヤツに兄貴と呼ばれたら──、──ウチの子供たちに悪影響だろうが」
「そして私は職業上、非常によろしくないから切実にやめてくれ」

物を置くような仕草をして言う力也に、桐生と凛生は突っ込む。

仮にも刑事が、極道の若頭に『姐さん』などと呼ばれるなど、笑い話にもならない。
下手に誰かに聞かれでもしたら、刑事が刑事に取り調べ、などという滑稽な流れになりかねない。
よろしくない未来を想像し、凛生は本気でやめてくれと言う。

まあ、余談として。
その滑稽な流れを、自分の恋人がやってくれるという事は、今は夢にも思っていないだろう。

「別にいいじゃないですか!
 俺は兄貴と姐さんの強さと男気に惚れたんです! 俺にとって、兄貴は兄貴、姐さんは姐さんなんです!」

ガッツポーズをしてから、両手を広げて理由を述べる力也。
彼の理由は実に単純明快で、言い分と表情から、憎むにも憎めない。

「じゃあ自分、車まわしてきますんでお願いします! 兄貴!姐さん! オラ、チカ!行くぞ!」
「へいへーい」

まるで嵐が去ったかのように、力也は朱哉呼んで、『アサガオ』から走って出て行く。
彼が去った後を見て、桐生と凛生は溜息を吐いた。

そんな二人の様子を見て、残っていた朱哉が軽く笑う。

「あー、力也がすいませんねぇ」
「・・・そう思うならせめて、呼び方に関してだけは止めてほしかったんだが?」
「あいつ昔っからあーだから、止めても聞かないっすよ」

力也に遅れて、朱哉も出ていこうと背中を見せるも、すぐにクルリと振り返った。
まだ何か言いたい事があるのか、と凛生と桐生は彼を見る。

けれど、彼の視線の先にいたのは、凛生だけだった。

「ついでに言っときますけどー、オレは異性としての意味でアンタに惚れましたよ凛生さん♪」
「・・・え?」
「全力で落とすつもりでいくんで、よろしく!」

ニカッ、という効果音がつきそうな笑顔で、朱哉は言ってから走って消えた。
残された凛生はポカーンという顔で、朱哉が去った方向を見やる。

「・・・・・・は?」

あまりにもストレートすぎた朱哉の告白は、鈍いと言われる凛生でも十二分に理解できた。
理解できたあとに出てきた素っ頓狂な声は虚しくも、言葉は空気となり、外の音へと飲み込まれた。

桐生は桐生で、同じく呆気取られた顔をしていたものの、凛生の心底、驚いた顔を物珍しそうに見ていたとか、なんとか。


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