龍如長編(参)

□饋還 -都合-
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さっきまでは明るかったと思っていたが、いつの間にか夕暮れになっていた。
もうそんな時間になっていたのかと思いながら、凛生は目の前の三人を見やる。

「じゃあ、琉道一家に案内します。 俺についてきて下さい」
「ああ」
「幹夫! お前は先に帰って、親父に伝えておけ」
「はい!兄貴!」

力也は幹夫にそう言うと、彼はノシノシと走って先に消えた。
彼を軽く見送ってから凛生と桐生の目線は、力也の隣にいる朱哉と呼ばれていた男に注がれる。

「で、いきなり乱入してきたお前は一体なんだ?」
「こいつは長嶺 朱哉(ながみね あけちか)って言います、俺の幼馴染です」
「中1からの付き合いって幼馴染に入るのか疑問だぜ、リッキー」
「うるせえな、いいだろ。 もう10年以上の付き合いなんだし」
「適当だなあ。
 ま、ご紹介に預かりました、長嶺朱哉です。 ちなみにこいつからはチカって呼ばれます、女の子みたいっしょ?」

カラカラと笑いながら、力也のパンチパーマを乱暴に撫でて、「相変わらずダサい髪型だなー」と笑っている。
力也はそれに苛立ったのか応戦しているが、彼は軽くヒョイっと避けた。

「元・自衛隊なんだとか言っていたが、実際には何者だ?」
「ん? だからこいつの幼馴染兼腐れ縁ですよー。
 まあ、半年前までは自衛隊してて、辞めてからは自由気ままに日本を飛び回り、いつの間にか出張ボディーガードマンになっちゃいました☆」
「"なっちゃいました☆"じゃねえよ! それってなんなんだよ!?」
「名前のままだ。 ちなみにフリーターではない、自営業ってやつだぜ!」

キリッ、と顔を凛々しくて親指を立てながら言う。
凛生は朱哉を見れば見るほど、四ノ原に似ていると強く思った。

ギャーギャーと突っ込みを入れる力也を、四ノ原を相手にしている自分と重ねてしまい、思わず同情と共感を得てしまったのは凛生だけの秘密だ。

「・・・・・・お前、さっきハブは沖縄の魂だと言っていたな」
「え? おい、チカちょっとどけ! ・・・ええ。 それがなにか?」
「お前の背中のハブ、なかなか立派な彫り物だが、どうしてハブの目に色が入ってないんだ?」
「ああ、それはですね・・・・・・。 実は、仕上げの途中で世話になっていた彫師が亡くなっちまって。 だからずっとそのままなんです」

桐生は理由を聞くと頷き、他の彫師に目入れをしてもらい、仕上げようとは思わないのかと訊く。
だが力也は、それも考えたが、やはり自分が惚れ込んだ彫師でないと、背中を任せられないと語る。

刺青などしていないし、彫師に会ったのも、たったの二回しかない。
だが彼の気持ちはなんとなく、理解できる。

それにハブという柄は沖縄の魂を持った彫師でないと彫れない、力也はそう続ける。
けれど、この背中をハブを彫ってくれた先生が亡くなってからは、そういった彫師になかなか出会えないのだとこぼした。

「良い彫師ってのは、柄を彫ってるんじゃない。
 その男の未来を見据えて墨を彫り込むんだ。 沖縄がどうとか、そういうのじゃねえ。 本物の彫師なら、きっとお前のハブだって見事に仕上げてくれるはずだぜ」

桐生の言葉に、凛生は出会った事のある二人の彫師を思い浮かべた。

神室町にいる歌彫と、蒼天堀にいる風彫。
二人共、各々の思いと、彫師としての責務を全うしていた、すごい人達であったと思い出す。

桐生の言葉に「そんな彫師がいるんだったら、会ってみたいですね」と、力也は返した。
返された言葉に「世の中は広い。 お前が刺青を彫り上げたいと思うなら、いつか会えるさ」と、桐生は答えた。

「おっと、話が長くなっちまった。
 さぁ、親父のところに行きましょう」
「あ、じゃあオレも行くぜ。 久しぶりに親父さんに挨拶してえし」
「そうだな。 きっと幹夫も伝えてるだろうし、お前も来いよ」

手を挙げて主張する朱哉に力也は頷き、二人は小走りで行く。
凛生と桐生も置いていかれないようにやや遅い速度で、彼らの後ろを走ってついて行く。

商店街に入り、人ごみを避けながら駆け抜けていると。

「おう! 力也!
 そんなに急いでどうしたんだ?」

と、商店街で店をやっている中年層ほどの男性に声をかけられた。
力也は足を止めて、彼の前までやって来る。

「ああ。 ちょ「おっちゃん久しぶりー!」
「おお!? もしかして朱哉か!? いつ帰ってきたんだ、えらいイケメンになりやがって。 分からなかったぞ!」
「ちょっと前にね〜。 イケメン度をあげて帰ってきたぜ!」
「お前はちょっと黙ってろ、話すすまねえ。 ちょっと客人が来てんすよ」

パシッと朱哉を軽く殴り、話をやめさせる。
男性も苦笑いしながらそれを見て、桐生と凛生に視線を投げた。

「そこの兄ちゃんと姉ちゃんか?
 えらいイカツイ兄ちゃんとえらく綺麗な姉ちゃんだなあ」
「ちょ、ちょっと! おっちゃん!」
「がははは。 何焦ってんだ」

先ほどの事があってか、それとも客人に対して失礼な態度をとっているという事か。
力也は焦った様子で、彼を咎めるような言葉を言う。

「兄ちゃんと姉ちゃん、沖縄の人じゃないね?」
「ああ。 だがこっちへ来て1年になる」
「私は半年くらいです。 仕事の都合で、こっちに来ました」
「おお、そうか! 沖縄はいいところだろ?
 内地に帰りたくなくなったんじゃねえか?」

彼は豪快に笑いながら、桐生と凛生に話しかける。
力也はそれに制止をかけるよう、急いでいるからもう行くと話を切る。

男性はそれに頷き、力也の親父に当たる人に今度、飲みに行こうと伝えてくれと言って、別れた。
力也は桐生と凛生を見て、「すいません。 コッチっす」と謝ってからまた走り出した。

商店街を抜けるあたりほどまで来ただろうか、すると「あ、リキちゃん! ちょっとちょっと!」と、また声をかけられた。

「なんだよ、おばちゃん。 俺、急いでんだけど」
「何言ってんの! いつも暇そうにしてるくせに」
「あ、やっぱりそうなんだ。 暇人リッキー」
「てめえ、殴るぞチカ!」
「ええっ!? チカちゃん!?
 ありゃまー、久しぶりさね! えらくかっこよくなって!」
「でしょー、イケメン度MAXって感じっしょ!」
「仕事はどうしたんだい?」
「ちょっと前に辞めてさー。 今は自営業やってます!」
「へえ、信用できないねえ。 アンタ達も幹ちゃんもちゃんと仕事してんのかい?」
「ひどい!」
「や、やめてくれよ、おばちゃん。 客人の前でよぉ・・・・・・」

今度は中年層の女性と、力也と朱哉は話を繰り広げる。
どうやら琉道一家もそうだが、朱哉も地元の人間とはかなり友好関係にあるようだ。

「あら? お客さんかい?
 へえ〜、いい男だねぇ。 あたしがあと20歳若かったら放っておかないね! あー、でもそんな綺麗なお嬢さんいるんじゃ敵わないかねえ〜」
「おいおい!
 色気づいてんじゃねえよ、おばちゃん!!」
「桐生さんもなに照れてるんですか」

実際のところ、自分も少し照れているが、顔には出していない。
一方、桐生は照れたように顔を彷徨わせ、頭を軽く掻いた。

「俺ら忙しいんだから、もう行くぜ!」
「あ!ちょっとちょっと!リキ!
 後でチャンプルー作って持ってってあげるよ。 いいゴーヤーが入ったんだよ」
「ええ〜。 俺、苦いのキライなんだけど・・・・・・って、そんなことどうでもいいよ! もう行くからな!」
「アンタも幹ちゃんも、ちゃんと親分さんの手伝いするんだよ! チカ、アンタも暇してるんだったら手伝いな!」
「ええ〜、自営業してるって言ってんのに〜」

最後に釘を刺されたような言い方で別れ、力也はまた桐生と凛生に頭を下げる。
それからコッチだと言って、また走り出した。

「琉道一家ってのは地元の人間と随分、交流があるみたいだな・・・・・・」
「そうですね。 極道っていうよりもなんか、・・・琉球街の会長さんみたいな感じがします・・・」

神室町に身を置いている東城会や、蒼天堀に身を置いている近江連合とも違った。
どちらかというとアットホームな極道、むしろ極道と言っていいのか分からなくなってきそうだ。

桐生と凛生は小声で会話をすると、先を行く二人を追いかけた。

商店街から少し外れた道に入ると、一つの建物の前に幹夫が立っている。

「幹夫、親父は?」
「いらっしゃいます。
 奥で客人に会う準備を」

幹夫に確認を取ると、力也は「ここが琉道一家の事務所です。 さ、どうぞ」とこちらを向いて言った。
事務所というよりも、普通の中小企業のような建物に、凛生は少しだけ驚く。

中に入ろうとすると、力也と幹夫が頭を下げる。

朱哉は二人が入ってから入ろうと思っているのか、少し遠巻きの場所にいる。
やはり彼は琉道一家とは交流があれども、琉道一家の一員ではなさそうだ。


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