龍如長編(参)

□饋還 -赴任-
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桐生と遥が沖縄に立って、早半年近くが過ぎた。
時間というものはあっという間だなあ、と思っていた矢先。

凛生にとんでもない話が、飛び込んできた。

「・・・は? 沖縄へ赴任?」
「うん、急で悪いんだけど・・・。 実は沖縄の生活安全課の人が事故に巻き込まれてね・・・、骨折とか酷くて、リハビリとか含めると復帰に一年はかかるんだって」
「は、はぁ・・・」
「今、沖縄の方すごく人手不足なんだ。
 それでこっちからその人が抜けた分を埋める人が欲しいって言われてね、榊くんはあっちに知り合いがいるみたいだから・・・」
「白羽の矢が立った、ということですか」
「まあ、うん・・・」
「一応、聞きますが拒否権は・・・」
「・・・・・・ごめん」

早い話が、ないと言う事だ。

何故、久井が沖縄に凛生の知り合い、つまり桐生がいるというのを知っているかと言うと。
何かと聞き上手な彼のおかげで、ポロっと『沖縄に知り合いがいる』と言ってしまった事があるのだ。

別に隠すほどのものではないし、桐生の名前を出したわけでもないので、軽い世間話として凛生は処理していた、が。
まさかこんな事態になるとは、思ってもいなかった。

「・・・・・・赴任期間ですが、もしかして」
「うん、一年・・・」
「・・・・・・」
「・・・ごめんね」

黙り込む凛生に、久井は項垂れるように謝った。
どう足掻いても行くしかなさそうだ、と心の中で溜息を吐く。

別に行くのはいいが、問題は谷村なのだ。
彼だっていい顔はしないだろうが、まあ、仕事なんだから仕方ないか、くらいで片付けてくれるはずだ、・・・普通だったら。

一年半前と半年前の事件の事で、彼には散々の心配をかけてきた。
おかげですっかり、彼は凛生が遠くに行く事にあまりいい顔をしなくなっていた。

当たり前と言えば、当たり前の結果であるが。

「谷村くんには僕から言っておくよ・・・、だから、ね?」
「・・・はあ」

久井は凛生と谷村がいい関係であるという事も、知っていた。
だから説得は任せて、と言う風に凛生に告げる。

頭の痛い話だと思いながら、凛生は頷く。

「分かりました。 それでいつ行けば・・・」
「できれば明日の朝から・・・」
「・・・・・・は?」
「引越し業者とかすぐ手配するから、それにこのあとも準備のために帰っていいから!頼むよ!」
「・・・なるほど。 それで朝早くから呼び出したんですね・・・」

現在、まだ9時も回っていないところだ。
こんな早くからの呼び出し、一体なんだと思っていたが、そういう事だったのか。

凛生は理解すると、額に手を置く。
久井はこんな無理な事を強制する男ではない、むしろしてくる方が一体どうしたという程だ。

さらには半年前の事件で無理に長期間(それも事前報告した分以上)休んでしまった上に、一年半前には自分を唯一、引き取ってくれた恩義がある。
だからこそ、彼の頼みはあまり断りたくなかった。

「・・・・・・分かりました。 あまり荷物もありませんし、すぐに帰って準備します」
「ごめんね、ありがとう・・・」
「一年か・・・、今のマンションも解約しないと・・・」
「そこも任せて。 ああでも、委託証明書とか忘れないでね」
「分かりました」

ついでに解約金が発生するなら警視庁で負担してくれるらしい、引越し代なども気にしなくていいとの事。
まあ、当たり前と言えば当たり前の話だが。

沖縄での住まいも、警視庁が提携しているアパートに住んでもらうらしい。
その入院している人の部屋を空けたらしいので、そこに住んでもらう話が来ていると言っていた。

凛生は大体の事を聞き終えると、神室署から出て家へと帰った。


家に帰り、バタバタとド・ンキで買ってきたダンボールに荷物を詰める。
途中から久井が手配してくれた引越し業者か来て、手伝ってもらい、半日ほどで荷造りと送りが完了した。
谷村の私物は別途に手配し、数日後に彼の家に届くようにしておいた。

家電などはあちらにもあるというので、自前の物は廃棄してもらうように頼んで。
古くなってきたから帰ってきた時に買い換えればいい、そこまでお金にも困っていない。

「よーし、あとは管理会社に行って事情を話して書類とかもらって、それを課長に渡せばいいな」

目的を言葉にして、凛生は最低限の物を詰めたキャリーバッグと斜めがけショルダーを背負い、長らく過ごした部屋を出る。
少しだけ寂しい気持ちになりながらも、管理会社に行って鍵を返却し、事情を話して必要書類をもらい、神室署へまた行って、久井にそれらを渡してきた。
ついでに谷村が持っている合鍵も回収してもらって、返して来てもらうようにも伝えてきた。

そんな事をしていればあっという間に、時間は夕刻へと達していた。

「・・・とりあえず正義の家に泊めてもらおう」

ガラガラとキャリーバッグを引きずりながら、基本的に寝るためだけに帰っているという彼の家へと到着する。
ガチャリと鍵を回して、本当に必要最低限の家具のみが置いてある、シンプルというよりも質素と言う方が相応しい部屋へと入る。

キャリーバッグは玄関の隅に置いて、中に入ってベッドに腰掛ける。
すると、携帯が震えた。

「・・・・・・あっ」

『察し』、という言葉が続きそうな声で凛生は声を上げると、頭を抱えて通話ボタンを押した。
彼は今日は仕事だ、だから既に久井から話は聞いているはず。

「もしもし・・・」
『今どこだ』
「・・・正義の家です」
『動くなよ』
「・・・はい」

不機嫌そのものの声で、谷村は簡単に要件を済ませて、電話を切った。
ものの三十秒ほどで終わった電話に凛生は息を吐く、そして項垂れる。

今回、自分は悪くないのに、と。
そんな事を思いながら待っていると、開けられた扉の音。

この部屋の主が帰ってきた事を悟り、凛生は身構える。
ワンルームへと続く扉が開かれれば、目の前にはご立腹な谷村がいた。

「・・・言っておくが今回のは私は悪くないぞ!? したがって私に当たるのは間違っている!!」
「じゃあ断れよ」
「拒否権なかったんだよ!課長から聞いているだろう!?」
「諦めるな、そこは頑張れよ課長補佐だろ!」
「無茶言うな!!」

掴みかかってきそうな勢いで言われつつ、身の潔白を叫ぶ。
もうほぼ決定事項だから、今さらここでああだこうだ言っても仕方がないのだが。

「・・・・・・はあ」
「・・・しょうがないじゃない」
「・・・分かってるよ。 俺も別に反対とかしたいわけじゃなくてな・・・」
「うん、普通だったらしないってことは分かってる。 ・・・そこは私のせいだから」
「ああ、いやそれもある、あるけど・・・」
「・・・?」

それだけではない、と言うような言い方に凛生は疑問を覚える。
まだ何か自分はしただろうか、と不安な顔で項垂れている谷村を覗き込んだ。

(う・・・、ふざけんなわざとかコラ・・・・・・)

サラリ、と今となっては肩甲骨ほどにまで伸びた赤い髪が肩から一房だけ落ちる。
その瞬間、甘い花のような匂いが谷村の嗅覚をくすぐった。

髪を伸ばし始めてから、凛生は随分と綺麗になったと思う。
これは彼女だからという贔屓を別にして、純粋にそう思っている。

髪が伸びてから改めて思った事は、凛生は本当に中性的な顔立ちであるという事だ。
髪が肩スレスレほどの頃は男か女か分からない、さらに格好のせいでどちらかと言うと男に見えた。

しかし伸ばしてからはどうだ、格好が同じでも、もう女にしか見えないではないか。
正直に言うとセミロングの時は可愛らしかった、そしてロングになると綺麗になった。

実は凛生はかなり卑怯な容姿を持っているのではないか、と思ってしまうほど。
だからこそ、自分以外の男が言い寄ってくるはずだと、苛立ちと予感が過ぎてしまう。

「正義・・・?」
「・・・!!」

何も言わなくなった谷村に不安を抱いたのか、凛生はそろりと近寄って、谷村の手に自分の手を重ねる。
女にしては少し硬いけれど、小さくて温かくて、やわらかい彼女の手。

(あああ、くそ! すげえ可愛い・・・!!)

谷村は内心は悶えていたが、顔には出さないように努める。

キャラじゃないのに、らしくないのに。
もうすっかり自分は榊凛生という女に骨抜き状態だ、冷めた恋愛ばかりを経験してきた自分が、ここまで彼氏馬鹿になろうとは。

今の自分を、凛生と出会う前の自分に見せたら、さぞかし引かれるだろう。
いや確実に引く、断言する。

「・・・正義?」
「(別に・・・、なんでもねえよ)うるせえよ可愛すぎだろ犯すぞコラ!!」
「!?」
「違った逆だ!!」
「何が!?」
「言うことと思うことが!!」
「いつもそんなこと思ってたのか変態!!」
「お前が悪いんだろ!?」
「理不尽!!」

・・・何やら訳のわからない方向に話が転嫁し、変な喧嘩が少し続いたそうな。
まあそれも程なくして終わり、話題を元へと戻す。

「で、一年だったか?」
「うん・・・」
「今のマンションどうしたんだよ」
「午前中に管理会社行って、事情を話して鍵を返してきた。 あとの処理は課長に任せてある」
「そ・・・」
「うん、正義の私物も別の宅配業者に頼んだから、少ししたら着くと思う」
「そ・・・」
「うん・・・」

ベッドを背もたれに、二人は隣に座って会話をする。
突然ではあったが、別にもう二度と会えなくなるわけではない。

しかし、なんとも微妙な空気だ。

「ちゃ、ちゃんと年末年始とか帰ってくるし、ゴールデンウィークだって帰ってくる! 電話も週一くらいでする!」
「おー」
「・・・聞いてる?」
「聞いてる聞いてる、ただ・・・」
「ただ・・・?」

綺麗になってしまった彼女を、見知らぬ地へと送り出す事に不安があるのだ。

無論、凛生が自分以外の男になど引っかかるわけがない。
これは自惚れなどではなく、確信であり、その逆も然り。

しかし、彼女に声をかけてこない男がいないなんて、絶対にない。
先ほども述べたが、それが非常に腹が立つのだ、心配などではなく、苛立ちが自分を襲う。

「凛生、あっちでも私服なのか?」
「え? うん、そう聞いてるけど・・・」
「じゃあなるべく男っぽい格好しろよ、ナンパ防止」
「・・・ん」
「・・・お、前より随分と物分り良くなったな」

前よりは、と言うのは。
まだ付き合う前、警察学校を卒業し、別々の部署へと配属が決まった時。

自分がいないから他の男に言い寄せられるなという言葉に対して、自分などに言い寄る男はいないと彼女は返した。
けれども今は自分の容姿に自覚があるのか、素直に返事をした。

「髪を伸ばしてから、その・・・き・・・綺麗って、いっぱい言われることが多くなったから・・・あの・・・」
「・・・そうか」

どうやらその言葉で、自分の容姿は少なくとも目立つという事を理解したのだろう、髪色とは別の意味で。

しかし彼女の言うように、凛生が綺麗と言われるたび、少し焦燥感が自分を襲うが、まあ大丈夫だろう。
自覚はしてくれているようだし、そのへんの男も相手になんてしないはずだ。
などと思いながら、谷村は凛生の髪を撫でる。

キチンと手入れも行き届いているようで、すごく滑らかだ。
撫でるたびにふわりと香るその花の匂いは、彼女が気に入ってるシャンプーのものだろう。

少し居心地のいい感じになったので、このまま彼女を頂こうと思った矢先、彼女のお腹が鳴った。

「・・・・・・」
「・・・・・・飯いくか」
「・・・・・・うん」

恥ずかしさからか、彼女の耳は赤い。
俯く凛生の手を引きながら、谷村は『故郷』へと足を伸ばした。

しかし時期は七月の半ば、初夏を少し過ぎた程度。
暑いのを不得手としている凛生に、この時期に沖縄へ行けとは、なんとも酷なものである。

「なー、凛生」
「ん・・・?」
「一年後、お前が帰ってきたら一緒に住むか」
「うん、・・・・・・うん!?」
「いいだろ。 付き合ってけっこう経つし、もうほぼ同棲してるようなもんだし」
「・・・うん」
「お前が休みでこっち帰って来たら、少しずつ決めてこうぜ」
「ん・・・」

そんな会話をしながら、少し暑い夏の夜空の下。
二人は亜細亜街へと向かった、どちらからともなく手を繋いで。

『故郷』へと着いて趙やメイファに事情を話すと、まあ当然ながらいい顔はされなかった。
しかし最後は無理しないで頑張れと言ってもらえたので、良しとしようと凛生はひっそりと息を吐いたのは誰も知らない。


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