龍如長編(参)

□饋還 -冒頭-
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ジングォン派との、いや。
近江連合とジングォン派との戦いが終わり、時間が経つのも早いものでもう一ヶ月。

たかが一ヶ月、されど一ヶ月。

荒れていた東城会も今は大吾が跡目となり、弥生と共に復興に奮闘している。
近江連合も色々とあったようだが、なんとか持ち直しを見せていると見受けられる。

その中で、凛生はまた事件が起こりうる前。
『嵐の前の静けさ』のような一つの出会いと、『終わりよければ全てよし』と言える一つの道を示す事になる。



とある小さなビルに入っている病院、少し前までスターダストの一輝が入院していた柄本医院。
彼はもうすっかり良くなり、退院している。

だが、それなのに凛生が此処を訪ねてきたのは理由がある。
中に入ってソファーに座っている柄本に、凛生は頭を下げた。

「おう、来たか」
「はい、"彼"はどうですか?」
「今は起きてると思うぜ」

凛生はその言葉を聞いて、すぐそこに設置してある患者用ベッドを遮るカーテンを開く。
そこいたのは以前、入院していた一輝ではなく、・・・郷田龍司だった。

「・・・またアンタか」
「ええ、気分はどうですか?」
「・・・答える義理はない」
「大分いいぜ、この分ならあと数日で退院できんだろ」
「本当ですか? ありがとうございます」
「・・・ちっ」

答えない龍司の代わりに、柄本が答える。
凛生はそれにお礼を言い、龍司は舌打ちをした。

どうして此処に彼がいるのかと言うと、あの後。
てっきり彼は死んだものだと思われていた、だが。

実は凛生が生きていた彼を保護していたのだ、誰にも気づかれないように。
四ノ原に連絡を取り、誰にも気づかれないように上手く柄本医院まで運んでもらった。

一輝が入院している間は、少し別の所で療養してもらっていたらしい。

落ち着いたら近江連合には、連絡を入れようとは思っていたが。

「どうやらあちらにも、腕が確かな情報屋がいるみたいですね」
「あ?」
「これが、私宛に届きました」

かさり、と懐から凛生が取り出したのは小さな茶色の封筒。
中身を取り出して、凛生は龍司に渡す。
その紙には大きく『破門』の文字が、綴られていた。

「・・・はっ。 まあ当然の結果っちゅーところやな」
「絶縁にされなかっただけ、マシだと思いますけどね」
「うっさいわ」

「なんでそないに詳しいねん」と、龍司は突っ込みながらその手紙を握り潰した。
震える手は破門にされたショックか、惨めな自分への苛立ちか。

「退院したらどうされますか?」
「知らんわ」
「まあ、まずはその腕をどうにかしないといけませんね」

そう言って凛生が向けた先は、龍司の右腕。
だが彼の右腕に、腕はなかった。

あの戦いの後、どうしても右腕だけは駄目だったらしい。
このまま繋げておけば他の部分も壊死してしまうため、切断したと柄本が言っていた。

「柄本先生、いい義手を作れる方との繋がりは?」
「ツテならあるぜ」
「義手なんぞいらん、・・・ごっつい銃とかやったらつけたってもええけどな」

まるで自暴自棄という風に、龍司は自嘲しながら吐き捨てる。
凛生はそれを静かに聞いて、柄本を見据えた。

「だ、そうですが」
「ああ、それに関してもツテはあるぜ」
「よかったですね」

凛生は柄本にそのツテの場所と名前を聞き、さらに彼は紹介状まで書いてくれた。
必要かどうかは分からなかったが、ないよりある方がいいに決まっているので、有難く受け取る。

言ってはあれだが、柄本医院も普通の病院とは少し異なる。
だからそのような危ないツテも、持っているのだろう。

なんだかんだでお世話になっているので、その事については目を瞑っている。
凛生は渡された紹介状を見てから、生気が見えない龍司をそっと盗み見た。


それから後日、龍司は無事に退院した。
凛生は彼を引き連れて、柄本から聞いた場所へと行く。

龍司が大人しく凛生について行ってるのは、行く宛がないというのもあるが、彼女が警察の人間だからだろう。
今の彼は別に捕まってもいいと思っているのだが、そう言うだけの覇気も暴れるだけの気力もないに近い。
だから、大人しく従っているのかもしれない。

黙々と歩き続けた先、そこはお世辞でも綺麗とは言い難い場所だった。
まるで裏の世界を覗かせるような地下へと降りると、一人の中年代だろう男がいた。

「連絡は受けてるぜ。 そこの厳(いか)つい兄ちゃんかい?」
「はい。 本人はごっつい銃をご所望のようです」
「ほお」

龍司の意見は聞かず、いや彼は言う気もないだろう。
二人は淡々と話を進め、龍司はなされるがまま男に連れられていく。

凛生は彼に明日に迎えに来ると言い残し、その場から消えた。
残された龍司は麻酔を打たれ意識を失くし、男は龍司の右腕に彼が望んでいた物を取り付けにかかった。



次の日、目が覚めてみると右腕に違和感が。
黒い義手のような、ガトリングガンを付けられていたのだ。

凛生が来るまでに、龍司は男から説明を淡々と聞く。
そして話を聞いて、変形した腕を見て、龍司はようやく我に返った。

瞬間、がちゃりと響くドアノブの音。
振り向けば、そこには凛生の姿があった。

「ご気分はいかがですか?」
「・・・最悪や」
「意外ですね、あなたが所望した物を付けられたというのに?」
「・・・・・・」

凛生の言葉に、龍司は押し黙るを得なかった。
答えない龍司を見て、凛生は小さな息を吐き出す。

「今、あなたの中にある感情はなんですか?」

それから、小さな問いを投げる。
龍司はリハビリが必要なおかげで、まだ動かない右腕を見つめて口を開く。

「自分がどんだけ阿呆やったかって、呆れとるところや。 ワシは、こないけったいなもん付けて誰を撃ちたかったんやろうな・・・」
「桐生さんでは?」
「・・・これを付ける前までは、そう思っとったかもな」

全ては自分が招いた愚行の結果、それがこのような形となって返ってきたに過ぎない。
自分の責任だというのに、桐生を恨むなどとんだ逆恨みだと龍司は呆れかえる。

「まあ、とりあえずはリハビリですね」
「いらんわ。 こないなもんすぐに取ったる」
「できねえぜ、一度つけちまったもんは外せねえ仕組みになってるからな」
「・・・!」

男がいやらしくニヤリと笑う、それに苛立ちがはしった。
だが凛生はそんな様子は置いておき、男に金を払う。
その札束は、目を疑うほどの厚さだった。

「どないしたんや、その金」
「ギャンブルで稼いだあぶく銭ですが」

凛生はしれっと答えると、龍司の腕を引いて柄本医院へと直行。
これから彼に、リハビリをしてもらうのだ。

凛生は再び柄本に龍司を預けると、数日後あたりにまた来ると言い残して消えた。

一体、彼女は自分に何をしたいのか。
龍司はその思考が読めずに、ただ困惑する。

しかしそれは柄本の声によって遮られ、渋々ながらもリハビリを開始したのだった。



付けられたそれの性能が良かったのか、はたまた柄本の指導が良かったのか。
龍司はほぼすぐに腕を動かせるようになった、まだ多少のぎこちなさはあるが、大して支障はない。

「随分と動かせるようになったみたいですね」
「!」

がちゃり、とドアノブが回る音に次いで聞こえた声。
龍司は反射的に声に振り返ると、そこには見慣れかけている彼女の姿。

「お世話になりました、柄本先生」
「気にすんな、俺は医者だ」
「ありがとうございます。 さて、行きますよ」

凛生は柄本に一礼すると、龍司を振り返る。
行くという言葉に、彼は疑問符を浮かべた。

「行くって、今度はどこにや」
「あなたはもう堅気でしょう? ですから働かないと」
「・・・・・・」
「私の行きつけの店が丁度、弟子を欲しがっていたんです。 なのでそこで働かせてもらいます」

凛生の言う事は最もだ、だが前科ありで元・極道である自分を雇ってくれる所など早々ないはず。
しかし自分では恥ずかしながらどうする事もできないので、凛生に大人しく従う他ない。

「・・・世話んなったな」
「おう、できればもうこんなことで世話になりに来るなよ」

最初は不本意だったが、それでも最後まで面倒を見てくれた柄本に龍司も頭を軽く下げた。
すると柄本は軽く笑いながら、皮肉ととれる言葉を吐いて見送ってくれた。


彼女について行く事、一時間弱は経っただろうか。
神室町とは少し離れた街に、二人は来ていた。

そして訪れたのは、一店のたこ焼き屋。

「・・・関西人やからって安易やないか?」
「違いますよ、たまたま行きつけで弟子が欲しいと言っていた店が此処だっただけです」

偶然ですよ、と凛生は言って店に近づく。
受け渡しの窓でたこ焼きを作っている老人に近い年齢になりかけている男に、声をかけた。

「親父さん、連れてきました」
「お? おう、凛生ちゃんじゃねえか。 ・・・んじゃあ、あそこにいるのが」
「ええ、お願いします」

親父さんと呼ばれた彼も理解したらしく、手招きで龍司を呼ぶ。
少しの間窓を閉めて、裏口へと通された。

「名前は?」
「・・・郷田龍司や」

龍司が名乗ると、彼は厳しい顔をする。
当たり前だろう、彼の名前は桐生ほどではないと言えども、知れ渡っている。

龍司は諦めたような顔をすると、同時。
頭に振ってきたのは、衝撃。

「バカ野郎!目上には敬語使いやがれ!」
「・・・!?」
「関西人だからって敬語ができねえとか抜かすんじゃねえぞ!?」
「親父さんそれは偏見です」

叩かれた、と理解するには時間がかからなかった。
次いで怒鳴られた事に関しても、龍司はぽかんと口を開きっぱなしだ。

「次にまたタメ使いやがったらもう一発だからな!」
「・・・嫌がらへんのか?」
「あ?」
「俺は元・極道や、んでもって前科もある・・・」

龍司が事態が呑み込めていないという感じで述べると、彼はため息を盛大に吐いた。
それかまた、龍司の頭を叩く。

「だからなんだってんだ。
 俺は弟子が欲しいだけで、その取った弟子がたまたまそうだっただけだろうが」
「・・・!」
「それにてめえはもう前科持ちでも極道でもなんでもねえ、俺の弟子だ。 文句あるか?」

そう言い切った彼を、龍司は見つめた。
拒絶されるのが当然であるはずなのに、彼は受け入れてくれたのだ。

「何かと上にいてわがままし放題の坊ちゃんかぶれなので、存分にしつけてあげてください」
「おう、しつけがいがありそうだな」
「親父さんは何事に関しても厳しいお方なので、精々がんばってくださいね?」

ぽん、と凛生は龍司の背中を軽く叩く。
あまりにも自然にやられた動作に、変に胸がこそばゆくなった。

「親っさん・・・」
「なんだ」
「よろしゅう頼んます・・・」
「おう、覚悟しとけよ。 早速、働いてもらうからな」

これを着ろと渡された龍司サイズの作業着、彼が身に纏っているものと同じものだ。
龍司は頷くと凛生を見る、それに気付いたのか凛生も見上げる形で龍司を見て、瞳がかち合った。

「では私はこれで。 ああ、でも食べにはちょくちょく来ますので煙たがらないでくださいね?」
「分かっとる・・・。 その、・・・おおきにな」
「そうですね。 お礼なら親父さんを超える腕前になったら貰いに来ます」

凛生がそう言うと、親父さんが気が早いと笑う。
まだまだ引退する気もないと、付け加えて。

「あ。あとこれを」

凛生はそう言って、龍司に一枚の紙を差し出す。
彼が受け取ったのを見て、頭を下げてから背を向けて歩き出した。

去っていく彼女の背中を見つめてから、龍司は着替えるために店へと入る。
ここから新しい人生という道が、変わった自分の冒頭が始まるのだ。

そして彼女に抱いた確かなこの想いは、感情は。
決して叶わぬものだろうと察し、大きくなる前に蓋をした。

かさり、と渡された紙を思い出す。
何かと思い開いてみれば、そこには一人の名前と連絡先が。

だが、龍司はすぐに閉じた。
『彼女』への連絡は、自分が本当の意味で一人前になってからだ。

それまで、これは封印しておこう。
龍司はそう心に決めて、『狭山薫』と綴られたその紙を、大事そうにしまってから、師匠の前へと向かうのだった。


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