龍如長編(参)

□饋還 -旅立-
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息を軽く吐くと、白く色がついてゆらりと消える。
なんだかタバコの煙のようだと思いながら、微笑んで花束を持ってきた狭山を見た。

狭山はこちらに近づき、少し前でピタリと歩みを止める。

「今日、発つのね?」
「ああ」
「そう・・・・・・、私もお別れを言いに来たわ」

狭山は話しながら再び歩みを進めると、目の前で止まる。
それから視線を寺田の墓へと移し、花束を置く。

桐生に振り返って「もうお墓参りは済んだの?」と聞き、桐生はそれに「ああ、もう済んだ」と返した。
狭山がここに来るまでの間、三人は既に墓前に報告すべき事を終えていたのだ。

「そう。 ・・・・・・それじゃあ、もう行くのね」
「ああ、明日の朝には沖縄へ発つ」
「でもまさか、あなたが『養護施設』をやるとは思ってもみなかったわ」
「昔、孤児だった俺に、風間の親っさんがしてくれたように、俺も子供たちの世話をしてみたいと思っていたんだ」
「あなたらしい選択ね。 でもどうして沖縄に?」
「ヒマワリと縁の深い養護施設があっただけだ」
「実は前の経営者が亡くなってしまってな、後から面倒をみれる人間がいなかったみたいで、私に連絡があったんだ」

凛生も桐生や遥と同じく、風間が面倒を見ていたヒマワリの出身。
彼女はヒマワリを出てからも時折、ヒマワリの様子を見にったり、連絡をしたりしていた。

なのでまず繋がりがある凛生に、相談がいったというところだ。

「誰かいい人はいないかと言われ、桐生さんに話を持ちかけたんだ」
「そうだったの」
「元極道の俺にできる仕事なんて限られてるからな。 丁度良い話だったんだ」
「このままじゃニートになるところでしたからね、いた!」
「お前はいつも変なところで一言余計だ」

ゴンッ、と桐生から頭を軽く叩かれる。
凛生は叩かれた頭を押さえながら、「事実なのに・・・」と小さく呟く。

もう一発いるか、と言わんばかりに桐生が軽く拳をあげると、凛生は身を反らして退避体勢に入った。
そんな二人のやり取りを見て、本当に仲の良い兄妹のようだと、小さく笑う。

「沖縄か・・・・・・、良い場所ね」
「ああ、海辺の近くだ。
 ・・・・・・お前も暇な時に凛生と一緒に遊びに来い」
「フッ、そうね。 ・・・・・・でも暫くはいけないわ」
「どうしてだ?」
「・・・もしかしてお前ももう行くのか?」
「え?」

狭山の言葉を理解した凛生の言葉に、桐生は小さく声をあげて彼女を見る。
行くというのは、どういう意味なのか。

「ええ。 私も明日、日本から発つの」
「え? 海外に行くのか?」
「アメリカよ。
 今度、警視庁に新設される部署の実地訓練があってね。 そこの教育係として上から誘いがあったの」
「それで薫と一緒に私にもその話があったのですが、・・・まあ蹴りました」
「ひどいわよね、せっかく一緒に仕事しようと思ってたのに蹴るなんて」
「その件について申し訳ないと思ってるが、興味がなかったんでな」
「ふふ、冗談よ。 あなたが引き受けるわけないわよね」

実のところ、まったく期待していなかったといえば嘘にはなるが、と狭山は心の中で付け足す。
しかし凛生の事を考えれば、あまり乗り気はなかっただろうと、なんとなく分かっていた。

彼女は、神室町という街が大好きなのだから。

「・・・・・・何の仕事だ?」
「言えばあなたはきっと止めると思うから。 話さないでおくわ」
「そうか・・・・・・、でもいいことだ。
 自分の信じた道を突き進むといい。 その方がお前らしい」
「そう言ってもらえると思った。 逆にあなたと別れるのはさみしいから断ったと言っても、きっとあなたは喜んでくれないでしょ」
「フッ・・・・・・、そうだな」

桐生の言葉に、狭山は嬉しそうな笑い声をあげながら言う。
桐生も狭山も、どちらも自分らしい言葉であると凛生は独りでに思う。

「でも、まだ私には警察官としてやり残したことがある。 だからアメリカに行って自分を試したいの」
「そうか・・・・・・」
「これから暫くは、お互いの道を歩みましょ。
 何年か経って、私の気持ちに踏ん切りがついたら、その時はあなたの所へ行くわ」
「分かった」

そう会話をする三人と、傍で見守る遥。
さらにその四人を遠巻きで見ているのは、須藤と伊達の二人。

伊達は桐生と狭山を見ながら、「結局、あの二人はくっつかなかったか」とこぼした。
須藤はそれに狭山には警察官としての夢があると返し、伊達に今回の昇進についてや警察が後手に回って何もできなかった背景を話す。

狭山はアメリカへ、須藤は四課から一課への復帰。
今回の事件に関わった人間は皆、自分が求めていたものへの昇進が許され、警察が起こした不祥事の口封じをしたのだ、と。

「本人の希望部署に転属させることで、不祥事をうやむやにするつもりなんでしょう」
「・・・つまり、榊も?」
「彼女は狭山くんと同じところからアメリカ行きの誘いがありました、ですが、蹴ったようです」
「蹴ったぁ?」
「それを聞いて私が一課に来ないかと誘ったのですが、・・・見事に振られました」
「なんだそりゃあ? じゃあ榊はどうなってんだ?」
「事件前と変わらず生活安全課所属ですよ、・・・ただ課長補佐にはなったみたいですがね」

しかし、だからと言っても、それは大した昇進とは言えない。
あくまでも須藤や狭山に比べれば、だが。

「榊の奴、生活安全課に思い入れでもあんのか・・・?」
「強いて言えば、一年前の事件後、自分を受け入れてくれた部署はあそこだけでしたからね。 だから恩義を感じているのかもしれません」

確かに、榊凛生という女は義理人情には篤い人間だ。
加えてとてつもない頑固者、だから須藤の言った理由だけで妙に納得してしまった。

金や権力に左右されない、それが榊凛生なのだ。

須藤の話を聞いてから「とは言え、良かったじゃねえか」とタバコをふかしながら返す。
けれど、須藤の顔は浮かない。

彼は心配なのだと告げる、今後の神室町が。
自分はまだ極道というものを信じていない、桐生が跡目でないのであれば、また荒れ果ててしまうのではないか、と。

伊達は須藤の心配に対して、「大丈夫だ」と言う。
桐生はちゃんと考えている、自分が神室町から去る前に、やるべき事はやっていくはずだ、と告げた。

「あいつは行ってんのかなぁ、親の墓参り・・・」

伊達が凛生を見ながら、小さく呟くように言う。
隣にいた須藤が聞き返したが、伊達はなんでもないと短く返した。


話もひと段落が付くと、あたりは沈黙が少しはしる。
漂う空気は、別れを告げていた。

「それじゃあそろそろ行く」
「ええ。 今日は、神室町にでも行くの?」
「ああ。 一輝やユウヤたちに、一言挨拶しないとな。 それに・・・・・・」
「それに?」
「どうしても一人、話をしておかないとならない奴がいるんだ」

桐生の言葉に、凛生はブルリと震えた体をさすった。
ここまで拒絶反応が体に染み付いてしまうとは、我ながら自分の危険信号に呆れたものである。

狭山も何かをすぐに感じ取ったらしく、「東城会のことね?」と桐生に問う。
桐生もそれに頷き、このままいけば大吾が跡目を継ぐ、けれど大吾はまだ若いだけあって、組をまとめるだけの力がない。

東城会を支えられる人間、桐生と同じく昔からの東城会を知っている人間が一人だけいる。

「けど、堂島大吾に彼を飼いならすだけの度量があるかしら?」
「薫、冷静に考えてみろ。 あの男が飼い慣らされるようなタマに見えるか?」
「フッ、そうね。 真島吾朗、要は彼が今の東城会に魅力を感じるか──、──それだけってことね?」
「そうだな」
「桐生がいない上に現状はとてつもなくガタガタだからな、難しいかもしれない・・・。 桐生さん、説得できますか?」
「やるしかねえんだ。 だから俺は今日、どうしても真島に会う。 そして奴を説得する」

訊くだけ愚問であるとは思うが、凛生はチラリと桐生を見て訊く。
桐生はそれに彼らしい言葉で返し、四人は歩き始める。

「殴り合うような展開にならないといいわね」
「ま、そればっかりは分からんがな」
「無理に全財産を賭けてもいいですよ」
「お前なあ・・・」

ほぼ100%、不可能に近いだろうと遠回しに言っている凛生の言葉に桐生が呆れた声を出す。
しかし否定できないのは、彼もその展開が繰り広げられるだろうと予測しているからかもしれない。

入口前で狭山は立ち止まり、桐生と凛生は振り返る。

「気をつけてね」
「ああ、お前もな」
「見送りには行けないが、頑張るんだぞ。 何かあったらいつでも連絡してこい、・・・友達なんだからな」
「ええ、そうさせてもらうわ」
「あ、ただし時差のことは忘れるなよ?」

狭山と凛生は軽く言葉を交わすと、お互いに小さく笑い合う。
そんな二人を見て、桐生も微笑ましく顔をゆるめた。

「じゃあ、行ってくる」

桐生がそう言うと、狭山に背を向けて歩き出す。
遥は狭山を振り返って、「バイバイ」と手を振ってから、桐生と凛生に小走りで駆け寄る。

桐生は足を痛めている凛生の歩調に合わせてか、いつもよりゆっくりだ。
途中、大丈夫なのかと心配されたが、凛生は大丈夫だと短く返す。

ただ、桐生と遥を見送った後にくるであろう、谷村の怒りの方が心配だと。
そっと心の中で付け加えて。


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