夜鳴き鳥ノ子守唄


□漂流U -脅迫ノ声-
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エレノアという対魔士が完全に去ったのを一応、確認してから北の洞窟に向かう事にする。
ララはベルベットから貰ったリンゴを齧りながら歩いていると、ロクロウがベルベットを見て、「ひとつ聞いていいか?」と問いかける。
ベルベットは「好きにしなさい。 嫌なことは答えないけど」と、返した。

「さっきの話だがな。
 もしかして、お前、味を感じないのか?」

ララが持っているリンゴを一瞬だけ見やり、ロクロウは真剣な顔で訊いた。
その問いかけが耳に入ってきたララも、リンゴを齧る動作をやめる。

「・・・・・・ちゃんとわかるわよ、血の味だけはね」
「それ以外は?」
「なにも。 満腹感も感じないみたい、だからララにあげたのよ」

あの時の言葉は味が分からないから、という意味だけではなかったのか、とララは少しだけ顔を俯かせてリンゴを見つめる。
一口食べただけで満腹感など得られるはずはないが、おそらく『食べた感覚』を一切、感じなかったからベルベットはそう悟ったのだろう。

「みたいって、初めて食ったように」
「初めてよ。 業魔になってから普通の食べ物を食べたのなんて」
「じゃあ、今までなにを食ってたんだ?」
「わかるでしょ。 あの監獄にいたなら」
「! ・・・・・・すまん」
「気にしなくていいわ。
 あたしがそういう業魔ってだけだから」

気丈に言葉を放つも、彼女の顔はどこか暗い。
それもそうだろう、思いがけない事実が判明したのだ。
何よりもベルベットは料理が上手で、料理が大好きだったのだから、尚更だ。

ベルベットは、一瞬だけララを見た。

ふと、思い出したのだ。
彼女が定期的に来るようになるのが当たり前になりつつあった頃、「ベルベットの料理はあたたかくて美味しいな、大好きだ」と、言ってくれた事を。

その言葉がとても嬉しかった。
得意なキッシュを大好きだと言って、当時は顔は見えなかったが本当に美味しそうに食べてくれていたララを見るのが好きだった。

だが、昔と今では何もかもが違いすぎたのだ。

「レシピがあれば、料理自体はつくれるし、味なんかどうでもかまわないし」
「・・・・・・。 そうか」
「・・・・・・戦う力が維持できる。 それで十分よ」

料理に関しては人一倍、気を遣っていたベルベット。
昔の影も形もまったく感じさせない彼女の言葉は、ララの心を深く突き刺した。
だが、彼女の言葉を否定する権利はないし、同情などはもってのほかだ。

「・・・ベルベット、お前がそう言うのなら何も言わない。 ただ・・・」
「なに?」
「私はベルベットが料理している姿を見るのが好きだ、ベルベットの料理も大好きだ。 だから、たまにでいいから作ってもらっても構わないか?」
「・・・・・・いいわよ、たまになら。 昔のようにはいかないと思うけど」
「ふふ、ありがとう。 そうしたら味見役として一緒に料理してもいいな」

今の言葉を受け止めて、見守る。
自分は昔と変わらないように、ベルベットに接して、支えていくだけ。
それだけが今のララに許された、唯一のできると事だと自認している。

「ところでララはベルベットとやけに親しいようだが、昔から知り合いだったのか?」
「少なくともロクロウやマギルゥよりも付き合いはあるぞ」
「ほう? お前が監獄島に乗り込んできたのも、ベルベットを助けるためか?」
「いや、別の目的で乗り込んだ。
 そこにたまたまベルベットがいた、そして私は私自身のために彼女の願いを聞き入れてここにいるというわけだ」
「彼女・・・・・・、あの聖隷か」
「ああ。
 ・・・ 立ち話をしすぎたな、時間が惜しい。 早く行こう」
「そうね」

ロクロウの問いかけをララは軽く濁しながら流すと、北の洞窟へ向かうために歩き出す。
ベルベットもそれに続き、ロクロウもあまり気にしていない様子で歩き出した。

しばらくすれば北の洞窟、通称『ハドロウ沼窟』の入口が見える。
中に入ると白い雪景色から薄暗い闇へと、視界は色と風景を変えた。

洞窟の中にも業魔はおり、業魔を倒しながら奥へと進む。
すると、鼻をキツい臭いが刺激する。

「う・・・・・・なんの臭い?」
「・・・・・・油か?」
「・・・・・・そう言えば聞いたことがあるな。
 このあたりの洞窟は寒冷化が原因で自然現象が変化し、洞窟に油やタールといった燃料が自然に作られるようになった。 そのことからこのあたりの洞窟を洞窟と呼ばず、"沼窟"と呼んでいるらしい」
「そうなのか」
「嘘か本当かは分からないけどな。 どっちにしろここを飛び越えるのは無理だ、ほかの道を探そう」
「ええ」

膝を折って覗き込むと、到底とは言わないが、飛び越えるには危険すぎる。
三人は来た道を戻り、別の道を探すと、今度はヒビが入った大きな岩が行く手を塞ぐ道に突き当たった。

「・・・・・・この岩、壊せそうね」
「お前、強引だな・・・・・・」
「無茶でもないでしょ。
 ララは違うけど、お互い業魔なんだから」
「それもそうか」
「どちらにしろ道がつくれるならつくるべきだな」

ロクロウとララが同意すると、ベルベットは見事な足蹴りで岩を壊した。
綺麗に決まったようで、岩は塞ぐものから道へと姿を変える。

もう少し奥まで行くと、先程と同じ臭いが漂う。
今度は先程とは違い飛んで進んで行くのに丁度いい岩場があり、それを足場にして進む事にする。
その際、ロクロウは「臭いの正体はタールか。 気をつけろ、はまると底なしだぞ」と、ベルベットたちに忠告した。


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