夜鳴き鳥ノ子守唄


□漂流T -逢着ノ曲-
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やはり、海の天候とは変わりやすいらしい。
ベルベットと話をし終えて少し経った頃、少しだけおさまっていた海がまた荒れだした。
それは先ほどの比ではないほどの勢いであったため、素人四人を乗せた船はあっという間に流され、どこかの陸に激突した。

肌寒さを感じた直後、視界には白が飛び込んでくる。
だが、体を強く打ったせいで意識が朦朧とし、世界はあっという間に黒へと染まった。



絶たれていた意識が、朦朧としながら緩やかに浮上してきた。
じわじわと体が冷たい雪の感覚を伝え始め、耳にはかすかに波の音が聞こえる。

「あれ・・・この人だけ・・・怪我、してない・・・?」

波の音と一緒に、聞き覚えのない子供のような声が入ってくる。
子供が一人でいるわけがない、ならば夢か幻か。

「・・・・・・聖隷!?」

ララがそう思った瞬間、ベルベットの驚きの声に意識をハッキリと取り戻した。
起き上がるとベルベットが白い服を来た少年を庇うように前に出ており、彼女たちの前には二体の業魔。

「・・・っ、加勢するぞ!」
「ララ!」
「坊や、下がって!」
「・・・!」

一瞬だけ見た少年の顔、おそらく人間年齢で言えば10歳そこらの容姿。
まだまだ幼さなを残す可愛らしい容姿、このくらいの子であれば好奇心に溢れ、瞳をキラキラさせているはずなのに。
彼の目は光がない、まるで意思を失っているように。

そして、その聖隷の顔はひどく。

(ライフィセットによく似ているわ・・・)

一瞬だけ、脳裏をよぎったベルベットの弟に似ていた。

けれど、今はそんな事を考えている場合ではない。
ララはすぐに顔を背けてベルベットを援護すべく、カードで弓を生成し、飛行系の業魔を狙う。
二人がかりでやれば、多少の苦労はしたもののなんなく倒せた。

ベルベットは左腕を変貌させ、倒した業魔を喰らい始める。
その様子をいつの間にか起きて見ていたマギルゥが「むは〜、業魔を喰らうとは! なんともエグイやつじゃのう〜」と、言葉を放った。

喰らい終えると、業魔の姿から元の人の姿へと戻る。
無論、奪ってしまった命は戻ってはこなかったけれど。

「すまん。
 武器があれば力になれたんだが」
「背負ってるでしょ」
「いや、號嵐(これ)は使えん。 話すと長くなるんだが──」
「さっきの子は?」
「気になるのは分かるが、ロクロウの話を聞いてやれ、ベルベット・・・」
「なんかこまいのが、ピューと逃げていったわ」

ベルベットがロクロウの話を切るように言い、あたりを見渡す。
ララもそれを真似するように首を振るが、あの少年の姿はどこにもなく、彼を見ていたらしいマギルゥが疑問に答えた。

「逃げていいわよ。 あんたたちも」
「まだ恩を返していない。 受けた恩は返すのが俺の信条だ」
「逃げるにしても、ここがどこか確かめんと。 儂らは哀れな遭難者じゃろ?」
「私はついて行かせてもらうぞ。
 ここを確かめるのもそうだが、王都ローグレスには私も用がある。 それには船がないことには、な?」
「・・・・・・。 ララには言ってない」
「はは、そうだな」

ベルベットの返しに軽く笑い、ララは大破してしまった船を振り返り、近寄る。
これでも船の修理も一応は行えるのだが、一目で無理だと分かるほど、船は悲惨な姿になっている。
流石にこの状態から直すのは専門家がいなければ難しいかも知れないが、調べる事くらいはできる。

(・・・あら? もしかしてこの船、竜骨が折れてないかしら・・・?)

船の修理は一応、やった事はある。
だが行ったのは小舟などが主であるし、これほどの大きな船の経験は甲板の穴などの修理くらいしかない。
なので経験上でモノを言えたわけではないのだが、ララはため息をひとつ吐いた。

「ララ! この先にあるヘラヴィーサっていう街に行くわよ!」
「! ヘラヴィーサが近くにあるということは、ここはノースガンド領のフィガル雪原あたりか。 よく分かったな?」
「たぶんさっきの子が落としていった地図があったから」
「なるほどな」
「お前は船を見ていたようだったが、直せるのか?」
「そう思ったのだが、あそこまで大破していると無理だ。
 それにおそらく竜骨という船の中心の骨組みが壊れている恐れがある、何にしても一度、専門家に見てもらう必要があるな」
「そう、なら行きましょう」

一同は地図を頼りに、白銀の雪が輝く草原を歩き出した。

無論、このあたりにも業魔はうろついている。
ロクロウは武器がないため戦えず、マギルゥは不明、現状で戦えるのはベルベットとララのみだ。

慣れない雪降る場所、戦えない二人を連れての戦闘はあまり利口とは言えない。
あまり業魔と遭遇しないように、あたりを警戒しながら歩く。

途中、マギルゥが「ベルベットは、さっきの坊と知り合いなのかえ? なにやら呼びかけておったろう?」と問いかけた。
ベルベットはそれに「ララ以外の聖隷の知り合いなんていないわ、もう」と、答える。
刹那、右手の中指に付けているリングを静かに見つめたのを、ララは見逃さなかった。

(・・・あの指輪、もしかしてシアリーズの?)

喰われる前に言っていた、『命を捧げることを枷にした誓約』とやらの物なのかもしれない。

それから、あの聖隷少年は変わっていたという話に変わる。
命令もしていないのに回復術で業魔を助けた事ももちろんだが、対魔士の傍を離れ、一人でうろついていた事もそうだ。
ついでに、羅針盤を持って行った事も。

(目は確かに他の対魔士に従っている聖隷と同じものだった、けれど・・・)

意思を封じられていても、もしかしたら完全にではないのかもしれない。
世界にいるほとんどの聖隷が意思を封じられているが、全ての聖隷がそうでないのも事実。
もしかしたら、まだ自分の意思で動いている聖隷だっているかもしれない、・・・シアリーズのように。

ヘラヴィーサへの道中、ロクロウは家のしがらみ関係で、マギルゥは身内のひどい裏切りにあってインチキ魔女だとしょっぴかれて監獄島にいたらしい。
どちらもベルベットと同じ3年ほどあの島にいたせいで、世界がどうなっているのか分からないと述べた。

ララはそんな彼らに現状の話を軽くする。
3年前の『降臨の日』の事や聖寮の存在意義、聖寮のおかげで街のほとんどが安全と引き換えに厳しい理に縛られている事などを。

余談だが、道中で困っていたねこにんの話を聞いて、時間があれば『ねこスピ』を集めて仲間を助ける約束をした。
あくまでも、ついでという話だが。

さらに雪道を進み、ようやくヘラヴィーサに入る門前まで着いた。
だが、そこには複数の対魔士が見張っている。

「対魔士がいる」
「まずいのー。 脱獄の噂は、まだ届いとらんはずじゃが」
「ああ、流石に時間が短すぎる。 おそらく別の何か、だろうな」
「俺たちの風体では入れてくれそうにないな」

岩陰に隠れながら、四人は小さく会話を交わす。
すると、すぐ傍に小さな影が映った。

「さっき・・・・・・ごめんなさい。
 これ・・・・・・盗むつもりじゃなかったけど」

小さな声で謝罪をしながら、先ほどの少年聖隷が後ろのポシェットから羅針盤を取り出して、地面に置いた。
置かれたそれを見て、ベルベットは「羅針盤・・・・・・」と小さく呟く。
少年聖隷はそれ以上は何も言わず、背を向けて走り去った。

「いいのか? あやつ対魔士の配下かもしれんぞ」
「あとを追うわよ」
「食後のデザートか?」
「・・・・・・必要なら」
「もしかしたらあの子の去った先に別の道があるかもしれないな」
「ふぎゃ!?」

余計な事を言うマギルゥにララは後頭部を押さえ、雪が積もった地面へと顔を押し潰して言う。
ジタバタもがくマギルゥを見ながら、ロクロウがこっそりと「余計なことを言うからだぞ」と呆れて言った。

とりあえず羅針盤を回収し、一同は少年聖隷の後を追いかける。
地下らしき所へ潜り、梯子(はしご)を登ってみれば、倉庫のような所に出た。

マギルゥは漂うにおいを嗅いでから、この倉庫にあるのは『炎石』だと言う。
別名『メルキオナイト』とも言い、ノースガンド領だけで採れる珍しい鉱物らしい。

硫黄と混ぜれば爆薬、油と合わせれば燃料になると言う。
もしそれが事実であれば、便利なのと同時に非常に危ない鉱物である。

そして見たところ、少年聖隷には逃げられてしまったが、結果的に街には入れた。
このまま船関係の組合を訪ねる事にする、船の修理も勿論だが、航海士も欲しいところ。
今回は運良く漂着したが、次もそういくとは絶対に言えない。

ロクロウは「武器も探そう。 そうすれば俺も助太刀できる」と、提案する。
ベルベットは背中の號嵐をまた突っ込むが、ロクロウは頑なに首を縦には振らなかった。

「今更じゃが、ララに武器を作ってもらえば良かったのではないかえ? 摩訶不思議な術で弓矢をパパーっと出せるのじゃ、できんこともなかろうて?」
「厳密に言うと、無理だな」
「何故じゃ〜!」
「カードを弓矢に簡単に形成できるように見えるのは、"慣れて"いるからだ。 それに、何も念じて変えているわけではない。
 このカードを弓矢を構成する物質に分解、変換し、再構築するという高度かつ繊細な過程が一瞬のうちに行わている。 早い話が私自身が、作りたい物の形から分子構造までを把握していなければできない」
「知らん物は作れん、ということか」
「ああ、監獄島で見たところお前は小刀やナイフを使うようだからな。 それの分子構造は生憎と知らない、役に立てなくてすまないな」
「いや、気にするな。 この街にも武器屋くらいあるだろう、そこに行けばいい話だ」

一通りの話を済ませると、人が見ていないのを確認して倉庫から出る。
外に出れば港の景色が広がり、街へと続く扉をくぐる。

ベルベットたちを見ても何も反応がない、平和な雰囲気を感じるヘラヴィーサ。
どうやらまだ、脱獄の噂は流れてはいないようだ。
ならば、今のうちに目的をさっさと済ませて出て行くのが最善。

しばらく街を歩いていると、船員が集まっている所を見つけた。
おそらくあそこがこの街の組合だろう、同時にロクロウが良さそうな武器屋を発見し、船大工の件は任せたと言って離脱してしまった。

「男って生き物は、オモチャを見るとガマンできんのじゃなあー」
「・・・・・・。 ほんと」
「・・・大丈夫だとは思うが、一応、変なことをしないか見張ってくる、任せていいか?」
「ええ、お願い」

マギルゥの言葉に暗く影を落とし、小さな声で呟くように同意するベルベット。
おそらくライフィセットの事を思い出しているのだろう、ララはそう察して頭をぽんぽんと撫でながら言う。
彼女が頷いたのを見て、ララもロクロウを追いかけて、傍を離れた。


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